本稿の要約を10秒で
- 過去数十年間、若い世代のEQは低下し続けており、それが職場に負の影響を及ぼすリスクが膨らんでいる。
- EQは、チームにおける仕事の効果とパフォーマンス、そして良好な人間関係の構築と密接に関係する。
- 自分や他者のEQが低下傾向にあることを認識し、改善に努めることで、EQ低下による負の影響を、仕事と私生活の両面で和らげることができる。
低下を続ける西洋社会のEQ
アトラシアンでは一貫して「働き方の未来」を志向し、その実践に力を注いできた。そうした活動を表面的にとらえると、アトラシアンが志向している未来の働き方は、単に「非同期コラボレーション」や「リモートファーストの人材雇用」「週4日労働」などを取り入れた働き方のように見えるかもしれない。
ただし、物事はそれほど単純ではない。職場での働き方はさまざまな要素が複雑に絡まり合いながら成り立っている。また、第二次世界大戦によって米国における女性の社会進出が一挙に進んだことや、新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)の流行によってリモートワークが急速に普及したように、社会を揺るがす歴史的な出来事も、人々の働き方のトレンドやライフスタイルをさまざまに変化させるといえる。
そうした歴史的な出来事と同様に「人の変化」もまた、私たちの働き方や職場環境のあり方(あるいはその未来)に影響を及ぼすものだ。そうした「人の変化」として、チーム・組織を率いるリーダーの方々にぜひ注目していただきたいのは、「若い世代のEQが低下傾向にある」という問題だ。
EQは、かねてから個人がより良い仕事をするうえでも、チームの健康状態を適切に保つうえでも重要な人の能力とされてきた。そのため、私はアトラシアンに勤務する以前、この知性に関する学術研究にチームで取り組んでいた。
それを通じて突き止めたことの一つは、若者たち(少なくとも、私たちが調査対象にした西洋社会の若者たち)のEQ(のレベルを表す指標)が過去数十年間、低下し続けているという事実だ。私たちはそれを「College students in the western world are becoming less emotionally intelligent(EQを低下させている西洋社会の大学生)」と題した論文にまとめ、『Journal of Personality』誌を通じて発表している。
また、私たちの調査研究のみならず、パーソナリティに関するさまざまな研究が、若者たちのEQの低下を示唆している。例えば、ある研究によると、米国の大学生は過去数十年の間に「外向性」を向上させる一方で、「神経症」に陥りやすくなっているという。同様に、米国における大学生の「自尊心」「自己主張」「ナルシシズム」が、過去数十年の間に強まっていることを示す調査データもある。
研究者たちによれば、こうした若者たちの変化は、西洋社会が「個人主義的」で物欲が強く、「競争に勝つこと」ばかりを重視する社会へと変容してきたことの現れであるという。要するに、若い世代のパーソナリティの変化は、社会的な価値観の変化に起因したもので、ある意味で「しかたのないこと」、ないしは「自然な成り行き」であるというわけだ。
とはいえ、こうした若者たちの変化──すなわち、世代が若くなればなるほどEQが低くなるというのは、私たちの今後の幸せにとっても、そしてチームの生産性という観点からも決して歓迎すべきことではない。果たして、個人とチーム・組織は、この問題にどう立ち向かえばよいのだろうか。以下、その疑問を解き明かしてみたい。
若者たちの変化の実態
ここで改めてEQについて説明すると、その一般的な定義は以下のとおりである。
EQ:自分や他者の気持ち(感情)を観察によって理解・識別し、それをもとに思考・行動する能力のこと。
上記の論文をまとめた私の研究チームは、この能力を「ウェルビーイング(=精神的な健全性、幸福感)」「自制心」「感情性(=他人の感情を察知し共感する能力)」「社会性」という性格特性の集合体としてとらえ、それにもとづいて調査研究を進めた。具体的には、過去20年における1万7,000人に及ぶ大学生(米国、英国、オーストラリア、カナダの大学生)のデータを収集して分析したのである。結果として、学生たちの「ウェルビーイング」「自制心」「感情性」が過去20年間、一貫して、かつ著しく低下し続けていることが判明したのである。
繰り返すようだが、これは実に残念な変化であり、組織・チームを率いるリーダーにとって警戒すべき現象といえる。
EQの低下を引き起こした要因
若者たちのEQを低下させた要因としては、先に触れたとおり、西洋社会がますます個人主義的になっていることが挙げられる。
またそれに加えて、テクノロジーの発展と普及も、若者たちのEQに負の影響を与えている可能性がある。
例えば、私の研究チームが調査対象にした4カ国はいずれもIT先進国であり、過去数十年間、若者たちがテクノロジーを使う頻度と時間は増大の一途をたどってきた。とりわけ、2000年以降のインターネットやモバイル通信の急速な発達と普及により、若い世代を中心に対面を通じた人との交流をオンラインコミュニケーションに置き換える動きが活発化した。そのことが、EQの発育に必須とされる「対面を通じたコミュニケーション」、あるいは「対面を通じた人間関係構築」の機会を減らし、彼らのEQを鈍らせてきた(あるいは、EQにダメージを与え続けてきた)と考えられるのである。