本稿の要約を10秒で
- 「フライホイール効果」とは、ビジネスにおける小さな勝利を時間の経過とともに蓄積させ、継続的にビジネスを成長させる好循環が生まれる効果を指す。
- フライホイール効果の考え方は、「ローイングマシン」やその他のデバイスに動力を供給する機械式フライホイールに基づいている。この考え方をビジネスモデル化したものを「フライホールモデル」と呼ぶ。
- フライホイールモデルのカギは「摩擦」を取り除くことにある。具体的には、顧客が自ら製品・サービスについて簡単に学び購入できるセルフサービス型の購入フローを確立し、ホイールの回転スピードを上げることを意味している。
- フライホイールモデルは、大量販売型のビジネスに適している。
フライホイール(Flywheel)とは?
「フライホイール(flywheel:はずみ車)」は、「ローイングマシン」やその他のデバイスに動力を供給する機械式フライホイールのことだ。そして、フライホイール効果とは、ビジネス上の小さな勝利の積み上げ・蓄積が、時間の経過とともに大きな力となり、最終的にはローイングマシンのフライホイールが生む力のように、持続的なビジネス成長が実現されることを意味する。また、そのビジネス効果をモデル化したものを「フライホールモデル」と呼ぶ。
フライホールモデルとは?
フライホイールモデルは、ジム・コリンズ氏のビジネス書「Good to Great」のコンセプトに基づいている。その中心を成す考え方を簡単に言えば「顧客が最高の営業マンである」ということだ。例えば、企業が顧客Aを幸せにすると、Aは友人・知人にそれを伝える。その過程で、企業が自社の製品・サービスを学び・購入するプロセスを簡素化することで、Aの知人・友人たちも、その製品・サービスを購入し、それによって得られた幸せを自分たちの知人・友人たちに伝える。こうして、製品・サービスの評判が人から人へと伝搬し、売り上げが伸びていくことになる(図1)。
上図にあるとおり、フライホイールモデルは次の3つの要素からなる好循環である。
1. 惹きつける(Attract)
この段階の施策では、見込み客の課題解決に役立つコンテンツを簡単に探せるようにして、そのコンテンツと製品・サービスを巧みにリンクさせることが重要となる。SEO対策やSNSマーケティング、ターゲティング広告・メール、イベントなどはすべてこれを実現するための手法と言える。また、惹きつける施策では、顧客の視線をコンテンツに強制的に向けさせるのではなく、自然に気づかせることが大切となる。
2. 信頼関係の構築(Engagement)
この段階では、自社の製品・サービスに関心を持った見込み客が、能動的にその製品・サービスについて学び、購入へと動く。施策としては、見込み客のナーチャリング(育成)キャンペーンや無料トライアル、セルフサービス型の購入フローが効力を発揮する。
3. 満足させる(Delight)
顧客の喜びを喚起するうえでは、製品・サービスを可能な限り簡単に使い始められるようにすることが重要となる。併せて、顧客が製品・サービスから、より多くの価値を引き出せるようにするドキュメントやナレッジベースを提供することも大切だ。そして、製品・サービスに対する顧客からのフィードバックを求め、そのフィードバックに基づいて行動するようにする。ここで企業が目指すべき目標は、顧客を単なる製品・サービスのユーザーから「ファン」に変えることである。ファンは、オンラインレビューやSNSを通じて、製品・サービスを友人・知人、さらには見知らぬ人にも勧めるようになるのである。
フライホイール効果を役立てる10の方策
上記の施策を展開するうえでの重要なポイントは、何事も「簡単」に行えるようにすることである。これは「摩擦」を可能な限り小さくすることを意味し、フライホイールモデルによってビジネスを成長させるためのカギでもある。
モーターやローイングマシンで使われる機械式フライホイールも、ホイールの摩擦が少なければ少ないほど、ホイールの回転スピードが速くなり、エネルギーの貯蔵と放出が効率的になる。それと同じことがフライホイールのビジネスモデルにも当てはまる。SEO対策やフリーミアムでの提供(=基本的な製品・サービスは無償で提供し、高度な機能や特別な機能は有償にする施策)、顧客体験の継続的な改善が、アトラシアンにおけるフライホイールで行っている施策の一部である。
【注意】
- アトラシアンではフライホイールモデルを活用したGTM(Go-To-Market)アプローチがうまく機能しているが、完璧ではない。常に改革・改善が必要とされる。
- フライホイールモデルは、特注型や非常に高価な製品・サービスには適していない。
- 顧客ライフサイクルのあらゆるフェーズにおいて物事を「簡単」にすることは非常に困難である。
以下ではフライホイール効果をビジネス成長に役立てる10の方策を指南する。
方策1: 購入プロセスをスムーズにする
顧客にとって良い製品・サービスは自ずと売れる。ゆえに、優れた製品・サービスを提供している企業にとって最も大切なことは、顧客が購入する「邪魔をしないこと」である。ここで言う「邪魔をしない」というのは、顧客が製品・サービスについて能動的に学び、購入するプロセスを可能な限り最適化することを指している。
それを実現するうえでは、製品・サービスに関する情報をすべてオープンにすることが基本となる。もちろん、製品・サービスの価格・料金もすべてオンライン上に明記し、そのうえでプロセスをAmazonのeコマースサイトで購入するのと同じぐらい簡単にすることが重要となる。
方策2: 価格の一貫性と競争力を保つ
顧客が製品・サービスを導入する際の「摩擦」を取り除きたいのであれば、エントリーレベルの価格は可能な限り低く設定する必要がある。
例えば、アトラシアン製品は数千人規模の組織をサポートする機能を有する一方、10人以下のチーム向けには無料で提供されている製品が多くある。製品を試すことに興味がある人なら誰でも無料で使えるというわけだ。
加えて重要なことは、製品・サービスの販促目的で無暗に期間限定の割引を行わないことである。なぜ、そうすべきかの理由は2つある。
理由の1つは、期間限定の特別価格販売(いわゆる、特売)は、定価で製品・サービスを購入しようとする人の意欲を減退させるからである。アパレル業界では、不良在庫を大量に抱え込むことを避けるために特売(セール)を毎年のように繰り返し、結果として多くの消費者がセールを待つようになり、商品が定価で売れなくなるといったジレンマがよく起きてきた。特売が内包するこうしたリスクは、アパレルに限らず、すべての製品・サービスに当てはまることなのである。
また2つ目の理由は、割引販売は収益減につながり、製品・サービスの作り手側に還元する利益の減少を招くからである
方策3: 顧客との直接的な対話の発生はバグと見なす
誤解を避けるために言っておくが、私は顧客との対話やミーティングを嫌っているわけではない。むしろ、顧客との対話をいつも望んでいるタイプの人間である。
ただし現実には、特定の顧客と1対1で対話した内容は、すべての人の製品やサービスの体験を良くするために使えるものではないはずだ。したがって、顧客が製品・サービスの購入を完結する過程で1対1でのやり取りが必要になったときには、必ずその理由を追求することが大切である。要するに、製品・サービスの購入時に、その顧客にとって足りない情報は何だったのか、なぜ購入を自己完結することができなかったのかを明らかにするのである。
製品・サービスの購入に関する質問が顧客から寄せられるのは、購入プロセスに「摩擦」がある証拠である。可能な限りすべてを取り除くことが、フライホイール効果を高めるうえでは重要となる。
方策4: 数多くの友人を作る(ビジネスパートナー編)
グローバルで顧客ベースを拡大しようとしているB2B企業にとって、各国における間接販売チャネルの開拓・整備・拡充は非常に重要なテーマとなる。
現地の実情を知るパートナーと協業することで、独力で各国の市場を切り拓く時間と労力を大きくセーブできる。また、パートナーは外資の企業が参入しづらいターゲット市場──例えば、現地政府や規制業界との取引も固有の専門知識を駆使して支援してくれる頼もしい存在でもある。ゆえに、アトラシアンでは早い段階から間接販売チャネルの開拓・維持・育成に積極的に投資し、今日では間接販売からの収益が全体の3分の1を占めるに至っている。
さらに、アトラシアンの場合、同業他社と提携して製品間での深い連携も実現している。例えば、コラボレーションツールである「Confluence」やプロジェクト管理ツールの「Jira Software」と、コミュニケーションツールのSlackやTeamsを連携することで、シームレスなチームワークが実現される。こうした製品連携のパートナーシップは、双方の製品の魅力を増し、それぞれの市場拡大に有効に機能している。
方策5: ビジネスのさらなる拡大に向けて多様な力を活用する
フライホイールに加える力の種類が多ければ多いほど、より多くの顧客を惹きつけることができる。例えば、B2Cビジネスを展開する企業であれば、スピンオフ製品やロイヤリティプログラム、インフルエンサーマーケティングなどを、フライホイールを促進力として活用している。新製品や既存製品の新バージョン、技術サービス、アドオンのエコシステムは、B2CとB2Bのいずれの企業のフライホイールの速力を増すうえでも有効だ。
とりわけ、エコシステムの構築は、それ自体がフライホイールとして機能するので非常に有益である。実際、製品にアドオンできるアプリケーションが多くなれば多くなるほど、より多くの顧客のニーズを充足できる可能性が高まる。また、購入した製品・サービスに1つでもアドオンを追加した顧客は、製品を継続して購入する(ないしは、サービスを継続する)可能性が、何も追加していない顧客に比べて圧倒的に高くなること──言い換えれば、顧客のLTV(生涯価値)が高くなることが、アトラシアンでの分析によって明らかになっている(図2)