本稿の要約を10秒で
- アトラシアンではAIなどの革新テクノロジーの開発や展開に伴う社会的責任を果たすために「責任あるテクノロジー・ガバナンス」と「責任あるテクノロジー・レビュー」を実践している
- この取り組みの透明性を確保する目的で2023年に「No BS Guide to Responsible Tech Reviews(責任あるテクノロジー・レビューに関する入門ガイド)」を策定し、公開。本ガイドに記載されている「Responsible Technology Review Template(責任あるテクノロジー・レビュー・テンプレート)」をすべてのチームに導入し、活用している
- 本稿では、上記テンプレートを使い、アトラシアンがどのようにして「責任あるテクノロジー・レビュー」を実践しているのか、また、そこから何を学んできたのかについて紹介する
アトラシアンのテクノロジー・ガバナンスとは
アトラシアンのミッションは「あらゆるチームの可能性を解き放つ」ことだ。それを果たすうえで、AIをはじめとする革新的なテクノロジーが有効であり、こうした技術にはチームを強化し、組織により良い結果をもたらす力があると確信している。
ただし、革新的なテクノロジーがもたらすビジネスチャンスを生かそうすることには、その価値を十分に検討したうえで開発を行い、慎重に展開するという重大な責任を伴う。その責任を果たすために必要とされるのが「責任あるテクノロジー・ガバナンス」であり、「責任あるテクノロジー・レビュー」だ。
例えば今日、世界中のAI関係者は、AIに起因する課題に対処するための新たなガバナンスモデルの開発に取り組んでいる。アトラシアンは、そうした取り組みへの貢献を通じて、テクノロジー・ガバナンスに関する透明性を一層高めることに力を注いでいる。その取り組みの一環として、アトラシアンは2023年に「Our No BS Guide to Responsible Tech Reviews(責任あるテクノロジー・レビューに関する入門ガイド)」(以下、No BSガイド/英語版のみ)を発表した。これはら、アトラシアンの「責任あるテクノロジー原則」に則ったものだ。以下、アトラシアンがこの原則をどのように実践に移しているかについて解説したい。
テクノロジー・ガバナンスに対する協働的なアプローチ
今日、さまざまなIT企業から、革新的なAI ツールが数多くリリースされている。これらのツールを、従来からある規制の枠組みやその改革案、あるいは新たな基準などを跨いだかたちで適切に活用していくのはなかなか困難である。
アトラシアンには「あらゆるチームの可能性を解き放つ」という使命があり、そのミッションのもと、社内の各チームで成果を上げたプラクティスをオープンに共有する伝統がある。また、アトラシアンで働く全員の成果を共通のゴールのもとで一致させるべく、世界中で構築されているガードレールやプロセス、プラクティスをナビゲートし、組織横断のかたちで取り入れてきた。
前出のNo BSガイドは、そうした取り組みの延長線上にあるものといえる。アトラシアンでは「Responsible Technology Review Template(責任あるテクノロジー・レビュー・テンプレート/以下、RTRT/英語版のみ) 」を全社的に導入し、社内におけるテクノロジー・ガバナンスの強化と社外に対するガバナンスの透明性を確保する取り組みを推進してきた。No BSガイドには、その取り組みを通じて学んだ教訓がまとめられている。このガイドに沿いながら、アトラシアンではテクノロジー・ガバナンスについて、オープンで協力的、そして反復的なアプローチを採用している。
「責任あるテクノロジー・ガバナンス」のビジョン
強力なテクノロジー・ガバナンスの体制は、トップダウンとボトムアップの両面から構築される。このうちトップダウンについては「責任あるテクノロジー原則」を「北極星(揺るぎのない指針)」として掲げている。この原則は、アトラシアンで働く全員がテクノロジー・ガバナンスを実践するうえでの指針であり、アトラシアンの価値観に沿ったかたちでAIのような革新的テクノロジーの開発、展開、活用が行われることを保証するものだ。
また、アトラシアンの「責任あるテクノロジー原則」は、世界的な標準フレームワークに組み込まれた数多くの原則も積極的に取り入れており、それらの原則に沿うように設計されている。
とはいえ、本原則にはアトラシアン独自の考え方も反映されており、当社のミッションと価値観にもとづきながら、顧客や従業員を含むあらゆるステークホルダーへのコミットメントなど、アトラシアンならではの視点を加えている。
さらに本原則は、アトラシアンにおけるあらゆる業務の基底を成す以下のような原則が含まれている。
- ごまかしのないオープンなコミュニケーションを行う
- 信頼関係を築く
- 説明責任はチームにある
- すべての人に力を与える
- 可能性を解き放つ(不平等はない)
これらの原則を、テクノロジー・レビューのためのテンプレートであるRTRTを通じて社内のチームに適用した結果、テクノロジー・ガバナンスを強化するためにチームがどのように協力し合えばよいかが明確になった。また、テンプレートの活用を通じて、テクノロジー・ガバナンスとチームの目的とをどうリンクさせれば良いのか、ガバナンスの実践と反復をどのように推進すべきか、さらには、ガバナンスの取り組みにチームをどう巻き込んでいくかの方法を学んでいったのである。
実践から学んだ3つの教訓
では次に、アトラシアンがRTRTをどのようにチームに導入し、活用してきたかについて、もう少し詳しく見ていくことにしたい。
アトラシアンでは、RTRTを使ったテクノロジー・レビューの実践を通じて、さまざまな教訓を学んだ。なかでも、他者へのアドバイスともなりうる大きな教訓が次の3つだ。
教訓①テクノロジー・レビューではコラボレーションが基本
責任あるテクノロジー・レビューを行う際には、チーム内、チーム間、ステークホルダー間での「つながり」が重要になる。ここでいう「つながり」とは、通常の「つながり」とは別の意味も含まれている。それは「あらゆるチームの可能性を解き放つ」という会社のミッションをすべての価値観に転換し、またそれを「責任あるテクノロジー原則」に取り込み、各人の仕事に反映させることである。それによって、個人の仕事の価値が明確になる。
どのようにして実践したのか
アトラシアンのRTRTは、上述したアトラシアンのミッションに意図的に立ち返らせる設計になっている。つまり、RTRTは、自分たちのテクノロジーが、チームワークやコラボレーションの推進力にどう適合するかの説明を、アトラシアンの社員たちに求めるのである。その求めに応じるかたちで、自分たちのテクノロジーによって誰もがコラボレーションしやすくなり、かつ、そのための方法を明確に説明できると自信の獲得にもつながる。
教訓②「完璧さ」は進歩の「敵」
「責任あるテクノロジー」を世に送り出すに当たり、そのためのプロセスを洗練させ、詳細な機能を追加し、言葉選びにも完璧を期そうとすると、簡単に何カ月ものときを費やすことになる。
一方、テクノロジーをすばやくリリースして、機能追加や機能改善のプロセスを頻繁に反復することで、アトラシアンのチームは、地に足をつけて実際に走りながら、テクノロジーに対するフィードバックを収集し、テクノロジーに取り込んでいくことができるようになった。
どのようにして実践したのか
アトラシアンのRTRTは、「責任あるテクノロジー原則」に関連した一連の自由形式の質問として構成されている。
本テンプレートの最新版には、その質問の各カテゴリーに「なぜフォーカスしなければならないか」の理由を示す簡潔なステートメント(文章)が追加されている。
こられのステートメントを追加した理由は、多くの人が「責任あるテクノロジー」の概念に慣れていないことと、その概念が非常に広範で、かつ多少曖昧であることに気づいたからだ。
また、当該の質問をなぜするかの理由を明確にすることで、テクノロジーに対する要求事項を示すだけではなく、要求事項の背後にある「精神」も併せて明示することが可能になる。
さらにアトラシアンでは、RTRTとテクノロジー・レビューの実施方法を継続的に改善するために、時間をかけてフィードバックを収集して取り込む作業も行っている。
教訓③単なるプロセスではなく、実践のためのデザインを
RTRTを設計する際、アトラシアンは最良のテクノロジー・レビューとそのプロセスがどうあるべきかについて多くの考えを持っていた。ただし、そうした考えを意識的に脇に置き、チームの現状に合わせたテクノロジー・レビューを実践してもらうことを優先した。
また、アトラシアンでは、プロセスだけでなく、テンプレートのデザインや形式にもこだわった。好奇心やオープンマインドを刺激する要素を重視する一方で、「チェックボックス」にチェックをつけるだけの対応にチームを誘導しかねない要素を極力排除したのである。
どのようにして実践したのか
アトラシアンのRTRTでは、先に触れた「なぜ」を示すステートメントを一連の質問に付記して、本テンプレートの目的がテクノロジーの単純な「合否判定」を下すことではない点を明示にするなど、さまざまな方法を使って(テクノロジー・レビューで)優先すべき事項をテンプレートに反映させている。
例えば、テクノロジー・レビューを行う過程で、チームは信号機の「赤」「黄」「青」のシグナルを使用しながら自分たちの仕事の現状に対する「自信のレベル」を表現することができる。この手続きでは「高」「中」「低」といった単純なレベル分けではなく、例えば「良い感じ」「作業が必要」といった言葉も使用できる。これによってチームは、自分たちに追加的な対策が必要かどうかの定性的な感覚を養うことが可能になる。
また、アトラシアンでは、チームが一歩立ち止まって、自分たちの仕事と「責任あるテクノロジー原則」との整合性について見直し、それによって導き出した結論に対して説明責任を果たすための重要なメカニズムとしてRTRTを活用してきた。
ただし、かつてのテクノロジー・レビューのアプローチでは、RTRTを使ったテクノロジー・レビューの効果と、それに続くレビューにおけるリソースの集約度とのトレードオフの関係を意識的に調整する必要があった。
そこで今日では、テンプレートを使ったレビューの結果はすべて、アトラシアンの「Responsible Technology Working Group(責任あるテクノロジーに関するワーキンググループ)」のメンバーが手作業でレビューしている。このアプローチが長期的な拡張性に欠けていることは認識しているが、将来的なプロセスの改善に役立つ貴重なコンテキストは提供してくれている。
今後に向けたコミットメント
アトラシアンは「責任あるテクノロジー」に関する自分たちの仕事、意思決定、コミュニケーションの指針として「責任あるテクノロジー原則」と、その根底にあるプラクティスやプレイ、プロセスをこれからも活用することを約束する。
このコミットメントを保証すべく、アトラシアンでは今後も、テクノロジーを開発したり、テクノロジーに関する意思決定を下したりする際の標準的な慣行としてRTRTをすべてのチームに定着させていく。これは「責任あるテクノロジー原則」を、私たちの日常業務に統合するための中核の取り組みでもある。
また、アトラシアンにおける「責任あるテクノロジー・レビュー」は、AIの状況が変化するのに伴って、ほぼ間違いなく進化し続けることになる。つまり、AIの開発や展開、活用について、社内外のフィードバックを常に反映させるだけでなく、各国のステークホルダーや政府、組織が提示する新たな基準やフレームワークとも整合するよう、テンプレートやプラクティスの改変、反復を続けていくということだ。
私たちの進捗状況を皆さんと再度共有できることを楽しみにしている。