“DXネイティブ”な組織作り目指して

従業員によるDXの自分ゴト化によって同社が目指したのは、上で「鉄則3」として触れた「チャレンジを推進する企業風土の醸成」だ。そして最終的には、全ての事業部がDXを「自走」で推進していける「DXネイティブ組織」への転換を実現し、ひいては出光興産全体を「DXネイティブカンパニー」へと進化させることを目標として掲げている。

同社はまた、このDXネイティブ組織を「自走型」と呼び、自走型に至る前の組織を「体感型」「共創型」の2つに分けて定義している。その上で、体感型から共創型へ、そして自走型へのステップアップを、DX部門(デジタル・ICT推進部)が支援していくスキームを図2のような形で描いている。

画像: 図2:DXネイティブ組織に向けたステップアップのイメージ

図2:DXネイティブ組織に向けたステップアップのイメージ

図2にある通り、体感型の組織とは、デジタル・ICT推進部が主導する試験的なプロジェクト(実施検証)を通じてDXの効果を体感し、DXへの理解を深める(=DXを自分ゴトとしてとらえる)段階にある組織を指す。また、共創型とは、デジタル・ICT推進部との共創によってDXを実践し、変革の風土を醸成する段階にある組織を意味している。

三枝氏によれば、デジタル・ICT推進部は既に、DXの有効性を各事業部に体感させる実施検証の活動を終え、現在(22年5月現在)は、各事業部とのDXの共創とスキル移管を推し進めているフェーズにあるという。

「現状では、事業部へのスキル移管が思うように進まず、デジタル・ICT推進部のメンバーが事業部との共創の場からなかなか抜けられないといった課題はありますが、それでも各事業部でのDXの取り組みは着実に前へ進んでいます。ですので、近い将来、さまざまな事業部でDXの自走が本格的に始まり、デジタル・ICT推進部が全社の変革を包括的に推進するトランスフォーメーションセンターとして機能できるようになると期待しています」(三枝氏)

DXの推進に不可欠な人材とは

先に触れた通り、出光興産のDXの取り組みで中心的な役割を担っているデジタル・ICT推進部が創設されたのは20年1月のことだ。この組織は、上述した「鉄則2. 経営者を支える優秀な人財の確保と育成」にのっとって創出された部署であり、その組織化に当たり、出光興産ではDXの推進に必須のスキルを以下4つの「D」に絞り込み、それぞれのスキルを持ったエキスパートを社内外から集めたという。

  1. Design:デザインシンキング/ビジネスデザイン
  2. Data science:データサイエンス
  3. Digital marketing:デジタルマーケティング
  4. Development:アジャイル開発/システムエンジニアリング

この組織化の根底にある考え方は、4つのDのスキルをそれぞれ持った優秀なメンバーでチームを組むことによって「顧客」「デジタル」「ビジネス」という3つの視点からビジネス変革を推進することが可能になるというものだ(図3)。

画像: 図3:DXチームのTo-Beモデル

図3:DXチームのTo-Beモデル

「例えば、DXに取り組む中では、AIなどの革新的なテクノロジーを使って何らかの新しい仕組みを作ろうというアイデアがよく生まれますが、そこにビジネスの視点や顧客の視点がなければ、顧客・ビジネスの課題解決、ないしは新たな価値創造につながるような仕組みは作れないはずです。ゆえに、DXを推進する上では、ITエンジニアやデータサイエンティストの視点だけで物事を進めるのではく、デザインシンキングやマーケティングの手法に沿いながら、顧客にとっての新しい価値とは何かを徹底的に探求していくことが必要とされます」(三枝氏)。

こうした考え方に沿って組織されたデジタル・ICT推進部のDXチームが最初に取り組んだ実施検証が、前述した「製油所における保全業務の改善」を目的にしたものだ。初めての取り組みながら、事業部の担当者にDXの効果の高さを体感させるほどの成果をあげたという。

三枝氏によれば、製油所の保全業務は保全コストの高止まりや従業員の労務負担の増大といった数々の課題を抱えており、その課題の多くが「SDM(Shut Down Maintenance:定期修理)」業務に集中していたという。

そこでDXチームでは、デザインシンキングのアプローチによって、SDM業務を巡る現場の困りごとを可視化し、その上でアジャイル開発(スクラム開発)手法に沿った100日のスプリントでSDM業務を効率化する新たなシステム「SDMくん」(Smart Digital Maintenance)を作り上げた。これにより、SDM業務の作業効率が大きく高まり、かつ、効果がデータで見える化され、継続的な改善に役立てられているという。言い換えれば、出光興産では、デザインシンキングとアジャイル開発によって、100日でDXの効果の高さを現場の担当者に体感させるシステムを作り上げたということだ。加えてDXチームは、アジャイル開発を通じて異なるスペシャリティを持った人員が一つのチームとして機能し、プロダクトを継続的に改善・改革していく組織風土の醸成にも貢献したという。

DXで失敗しないための心構え

総務省「情報通信白書 令和3年版」によると、21年の段階で日本の大手企業の4割強がDXに取り組んでいるという。ただし、その内実を見ると、全てのDXの取り組みが成果をあげているとはいえない状況も散見されている。果たして、出光興産のようにDXをしっかりと形にできている企業と、DXをなかなか前に進められない企業とでは、何がどう異なるのだろうか──。この問いかけに三枝氏はこう答える。

画像: DXにより進化を続ける、出光興産のサービスステーション

DXにより進化を続ける、出光興産のサービスステーション

「DXを巡る企業の課題はさまざまで一概にはいえませんが、DXの推進で苦労されている企業に共通した問題があるとすれば、それはおそらくAIやIoTといった流行のテクノロジーをどの程度使うかといった点にこだわりすぎていることではないでしょうか。DXで大切なのはビジネスの変革であって、デジタルテクノロジーを使うことではありません。ゆえに、まず優先すべきは顧客のニーズを満たし、市場での競争優位を確保するために既存の事業モデルの何をどう変えるかを決めることです。その変革にデジタルを活用することで、スピードや価値をさらに高めることができるのです」

たしかに、DXにおいてもデジタルテクノロジーやデータの活用は、ビジネス変革や価値創出のための手段にすぎない。そう考えれば、デジタル活用ありきでDXを推進しようとしないことが、失敗しないための鉄則といえるかもしれない。

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