石油元売りの大手で、日本のエネルギー産業を代表する一社である出光興産では現在、2020年1月に創設した「デジタル変革室(22年7月1日よりデジタル・ICT推進部。以下同)」が中心となり、全社を挙げてDXに取り組んでいる。その活動が評価され、21年には経済産業省と東京証券取引所が展開する「デジタルトランスフォーメーション銘柄2021」にも選ばれた。そうした同社の執行役員として、CDO(Chief Digital Officer)の任に当たる三枝幸夫氏にDXを成功に導くための要点を伺った。
3つの“共創”を軸にデジタルテクノロジーによるビジネス変革を推進
出光興産におけるDXの取り組みは20年に本格的なスタートを切った。世界的にカーボンニュートラルへの取り組みが急務とされる昨今、石油・石油化学製品の製造・販売といった出光興産の基盤事業は大きな影響を受ける。そこで同社では、低炭素エネルギーの安定供給に加え、「社会課題の解決に貢献する」ことを2030年ビジョンに掲げ、20年度からの3カ年計画(中期経営計画)において「デジタル変革(DX)の加速」を基本方針の一つに設定した。その取り組みの根底には、創業時からの経営の原点である「人間尊重」の考え方が流れており、人を中心に据えたDXとして「HCX(Human Centered X〈trans〉formation)」というコンセプトの下、次の3つの「共創」を軸に推進している。
- Digital for Idemitsu:従業員との共創で新しい働き方を創造する
- Digital for Customer:顧客との共創で顧客に対する新たな価値を創出する
- Digital for Ecosystem:ビジネスパートナーとの共創で新事業を創出する
この基本コンセプトの下、同社はデジタルテクノロジーを用いた「既存ビジネスの深化」と「業態変革・新規ビジネスモデルの創出」の2点に力を注いでいる。
このうち既存ビジネスの深化とは、燃料油事業の効率化や競争力の維持・強化、安全・安定操業の継続などを主眼にした取り組みを指す。その一環として既に「AIを活用した配船計画の策定」や、「製油所における保全業務の改善」などが進められている。
一方のデジタルテクノロジーによる業態変革・新規ビジネスモデルの創出については、その具体的な取り組みとして、全国約6200カ所のエネルギー供給拠点「サービスステーション(SS)」を活用した「スマートよろずや」構想が推進されている(図1)。
この構想は、デジタル(デジタルテクノロジー、データ)の活用とパートナー企業との共創・連携を通じて、SSを従来の給油とカーケアサービスだけを提供する拠点から、地域住民の豊かで快適な暮らしと移動に貢献する多彩なサービスの提供拠点として新時代の「よろずや」に進化・変革させる取り組みである。
出光興産では30年に向けたビジョンとして「責任ある変革者」を掲げ、そのビジョンの下で「カーボンニュートラル・循環型社会へのエネルギー・マテリアルトランジション」「高齢化社会を見据えた次世代モビリティ&コミュニティサービスの創出」「社会課題の解決を可能にする先進マテリアルの開発」への事業ポートフォリオ転換を推し進めている。スマートよろずや構想は、「次世代モビリティ&コミュニティ」の領域における取り組みの一環として展開されているDXプロジェクトでもある。構想に沿った施策として、同社は21年4月に超小型EV車の開発、シェアリングサービス、さらにはMaaS(Mobility as a Service)プラットフォームの構築などを手掛ける出光タジマEV社を設立したほか、22年2月にはスマートスキャン社と資本業務提携し、スマートスキャン社のスマート脳ドックの仕組みを活用した移動式健診サービスの共同展開も始動させている。
DXを成果につなげる3つの鉄則
上記の通り出光興産のDXは、理念や事業戦略と密接に結び付きながら、着実な進展を見せている。その背景には、DXで成果をあげる上での「鉄則」に従って物事を進めてきたことがあると、三枝氏は明かす。
同氏は、ブリヂストンのCDOとして実績を上げ、出光興産におけるデジタル・ICT推進部(旧・デジタル変革室)の創設を機に、そのトップとして招聘(しょうへい)された人物である。同氏のいう鉄則とは、ブリヂストン時代の同氏の経験も踏まえて導き出されたものであり、大きく以下の3つに分かれている。
- 鉄則1. 社内外への本気の意思表示
- 鉄則2. 経営者を支える優秀な人財の確保と育成
- 鉄則3. チャレンジを推進する企業風土の醸成
このうち「鉄則1」は、DXに本気で取り組む経営の姿勢を従業員やパートナー企業を含む全てのステークホルダーに示すことを意味している。
「ここでのポイントは、経営の意思や本気度を明示することと併せて、自社が推進しようとしているDXとはどのようなものであり、それがなぜ必要かをステークホルダーに理解してもらうことです。それと同じく、従業員各人にDXを他人ゴトではなく自分ゴトとして認識してもらうことも重要です」と三枝氏は指摘し、こう振り返る。
「DXは一過性のプロジェクトではなく、企業のあらゆるステークホルダーとともに推進すべきビジネス変革の長期的な取り組みといえます。それを推進する上で大切なのは、全ての従業員にDXは自分にとって有益であり、かつ、自ら率先して推進すべき取り組みであると認識してもらうことです。それに向けた第一歩として、まずは『共創』という言葉を使いながら『DXは、従業員が自分たちの仕事のやり方やビジネスのあり方を自ら変革して新しい価値を創造していく活動である』と明確に定義しました。その上でDX推進に対する経営の強いコミットメントを『中期経営計画』などのメディアを使って訴求したわけです。のちにも、当社のイントラネットや社内セミナーを通じて、DX推進の意義とベネフィットの社内啓発に取り組みました」