アトラシアンには、働き方改革のエキスパートが多くいる。その一人が、ワーク フューチャリストのドム・プライス(Dom Price)だ。彼は企業組織のリーダーに向けて、変革のためのメッセージをコラム形式で発信し続けている。この連載では、そのエッセンスをお伝えしていく。

生産性に代わる指標

以上のとおり、生産性はナレッジワーカーのパフォーマンスを測る指標として適切なものではない。

では、生産性に代わるものとして、どのような指標を用いていけばよいのだろうか。また、ナレッジワーカーの従業員の価値をどのように評価していくべきなのだろうか。さらに、チームや企業の文化が意義あるものへと醸成されたことを、何を基準に測るべきなのだろうか。そして、自分たちの価値判断の基準を「効率(EFFICIENCY)」から「効果(EFFETIVENESS)」(下図参照)へとシフトさせるには、どうすればよいのだろうか。

画像: 生産性に代わる指標

以下、生産性よりも適切にナレッジワーカーのパフォーマンスを評価し、高めるためのアイデアを紹介する。

「アウトプット」ではなく「成果」を重視する

ナレッジワーカーのパフォーマンスを正しく評価する方法の1つは、労働の単純なアウトプットではなく、労働の結果として自社の顧客やビジネスに、どのようなプラスの効果をもたらしたかの「成果」を重視することである。

ゆえに例えば、IT管理者に対して「今四半期中に10個のロードバランサーを設置すること」といった指示を出すのは適切ではなく、代わりに「今四半期中にWebサイトのパフォーマンスを10%改善すること」といった指示を出すのが適切となる。また、マーケティング担当者に対しては「自社のサイトで5本の新規ブログ記事を公開すること」といった指示を出す代わりに「Webトラフィックを5%増やすこと」という指示を出すのが正解となる。

このように「アウトプット重視」から「成果重視」へとシフトする利点の1つは、ナレッジワーカーの労働と顧客やビジネス上の利益との結びつきが強まることだ。またそれだけではなく、成果目標を達成する方法・道筋が自由に選べるようになる点も大きなメリットと言える。上述した例で言えば、Webサイトのパフォーマンスやトラフィックを増進する方法は、ロードバランサーを設置したり、ブログを投稿したりする以外にも数多くある。そうした数ある選択肢の中から適切な方法を選り抜かせたり、自分なりの手法を考案させたりすることで、ナレッジワーカーの創造性を引き出すことができるのである。

TIPS

ナレッジワーカーのパフォーマンス評価をアウトプット重視から成果重視へと切り替える有効な手法の1つは、アトラシアンでも採用している人事評価フレームワーク「OKR(Objectives and Key Results)」を使うことである。次の四半期に向けた従業員の目標設定時にOKRを試されてはいかがだろうか。

成果重視のもう1つの利点は、成果目標の追求が、自分の仕事に対するオーナーシップマインドの発揚につながることだ。実のところ、アウトプット重視の考え方の中で仕事をしているナレッジワーカーは、自分の仕事に対するオーナーシップが芽生えにくい。そのため、例えば、自分の手掛けたソフトウェア製品が出荷されても、そこには仕事の1つが終えられたという思いしかなく、製品の成功は祈りつつも、意識はすでに次の仕事に移り、出荷された製品については何も考えなくなる。

それとは対照的に、成果重視でソフトウェア開発に携わったエンジニアは、そのソフトウェアに対するオーナーシップを持つようになり、製品が出荷されたのちも製品に対する顧客のフィードバックを能動的に収集し、自分の設定した成果が達成されるまで製品の改善を幾度も繰り返そうとする。実際、著名なMAツール「HubSpot」の幹部やコミュニケーションプラットフォーム「Twilio」の幹部によれば、成果重視のパフォーマンス評価によって、すべての従業員が起業家のように考え始めるという。

当社のすべてのチームは3つの要素によって定義されています。1つは、チームの『顧客』であり、もう1つはその顧客にサービスを提供するうえでの『使命』、残る1つが、自分たちが良い仕事をしているかどうかを示す指標です。
– Twilio、ジェフ・ローソンCEO

成果を上げるまでの途中経過にも注意を払う

私はチームコーチの仕事の中で、多くのチームに対して、アトラシアンの「Team Playbook」にある「目標、シグナル、測定(Goals, Signals, and Measures)」と呼ばれる演習を行った経験がある。

この演習は、設定した「目標(成果)」について、その達成に向けて正しい道のりを進んでいるかどうかを示す「シグナル」と、目標が達成されたことを確認するための手段を決定する演習である。成果は最終的に確認できる指標であるがゆえに、成果目標の達成に向けてチームが有効に機能しているかどうかを適宜点検する必要がある。そのための手段が「シグナル」をつかむことだ。そして、シグナルをつかみ、パフォーマンスの維持・向上に活かしていくための方法にも、いくつかのアイデアがある。以下に、それらも紹介しておきたい。

マイルストーンを設定する

成果目標を達成するまでの時間に着目することは悪いことではない。例えば、チームの成果目標として「今年度内にカスタマーサポートへの問い合わせを30%削減する」という目標を立てた場合、その目標が計画より早く達成されれば、当然、チームの士気は上がる。その逆に、目標達成が遅れている場合、それを知らせるシグナルはチームに早急なる問題解決を求めるものであり、その求めに応じて対策を検討することで革新的なアイデアが生まれることも少なくない。また、マイルストーンを設定する際には、そこに到達したかどうかを点検するための指標も併せて設定しておくことが重要である。これにより、成果目標の進捗状況を的確に関係者に伝えられるようになる。

フィードバックループを形成する

ナレッジワーカーが成果目標を達成するうえでは、シグナルを使って、顧客との間でフィードバックループを形成することも重要である。

例えば、社内のITチームにとっての顧客は自社の社員と言えるが、何か特別なプロジェクトにかかわるために、社員のサポートのために使っていた多くの時間を削減したい場合がある。このニーズを満たすための一手として、社員によるITトラブルの自己解決を可能にするナレッジベースを提供するという施策がある。この施策の成果目標を達成するうえでは、ナレッジベースのコンテンツに対する社員たちのアクセス頻度やヘルプデスクチケットの発行頻度を施策が有効に機能しているかどうかをシグナルとして使い、顧客(社員)とのフィードバックループを形成することが有効となる。

当然のことながら、こうしたフィードバックループはITチーム以外でもさまざまに形成でき、また形成することが必要とされる。例えば、Webメディアのパブリッシャーは、SNS上で自社のコンテンツが共有される頻度を、オーディエンスとのつながりの強さを測るシグナルとして使い、フィードバックループを形成しているかもしれない。

また、財務チームは、予測値と実績値との差分をシグナルとして用い、予測モデルを改善するためのフィードバックループを形成することができる。加えて言えば、社内のどのチームも、自分たちの顧客と直接対話し、フィードバックを得ることができる。顧客と直接対話し、自分の仕事に対するフィードバックを得るのはなかなか勇気のいる作業だが、それによって形成されたフィードバックループは成果目標を達成するうえできわめて有効である。

継続的改善を追求する

シグナルを使った状況確認という意味では、「改善」に対する計測も有効である。一般的に「改善の計測」とは、成長・退行の度合いを調べることを意味している。

例えば、「提供しているITサービスの停止時間は経過とともに減少しているか」「顧客の母数が増大する中で、新規顧客の獲得率は安定しているか」など、物事の改善を示す数値を調べて算出する。そして、その数値が上向きである場合には、担当者のパフォーマンスも改善していることになる。また、改善を定性的に追求していくうえでは、チーム内で定期的に仕事に対する振り返りのミーティングを行い、各人が学んだ教訓をチームで共有しながら、仕事の改善に活かしていく手法が有効である。

従業員の健康と幸せを追求する

人の健康や幸せは生産性の高さによってもたらされるものではなく、健康で幸福であるがゆえに、人は生産的、かつ効果的でいられる。言い換えれば、従業員の健康と幸福は、組織・チームのパフォーマンスを維持・向上させるための必須の要素であるわけだ。

では、従業員の心身の健康状態や幸福度といったシグナルは、どのようにして測り、点検すればよいのだろうか。基本的な方法の1つは、各人の働き方のチェックである。例えば、チームのメンバーが予定外の有給休暇をとる日数を調べ上げ、誰かの日数が突出して多いのであれば、そのメンバーは「燃え尽き症候群」にかかっているか、他の個人的な問題に突き当たっている可能性が高い。その逆に、週に40時間以上働き続けているメンバーも、何らかの問題に突き当たっている可能性が大きい。よっていずれの場合でも、チームのリーダーは、当該メンバーとの1対1(1on1)のミーティングを通じて、彼らがどのような種類のサポートを必要としているかを聞き出すことが大切である。

仮にあなたがチームのリーダーであり、本稿を読んで「脱・生産性」を決意したとするならば、生産性の代わりに、どのようなパフォーマンス評価の指標を採用するだろうか。いずれにしろ、生産性という数値化が可能な指標を完全に捨て去る必要はない。必要なのは、もっと意味のある指標であり、パフォーマンス管理の手法なのである。

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