「KPI」とは
KPIは、OKRが登場するはるか以前から存在する業績評価の指標であり、特定の目標に対するチーム、ないしは個人の業績を定量的に評価するために使われてきた。基本的には、チーム・個人が目標に対してどのようなパフォーマンスを見せているかを示す指標がKPIであり、KPIを使った評価によってチーム・個人が望ましい成果に向かって前進していないこと(あるいは前進のペースが遅いこと)が判明した場合、戦略・戦術、あるいは目標の見直しが求められることになる。
KPIの設定時には「測定可能な成果(KPIターゲットと呼ばれる)」や「(成果を上げる)タイムフレーム」などのコンテキストを追加しておくことが大切であり、そうしなければ、KPIの有用性は制限される。それゆえに、KPIとOKRとを組み合わせて使用している組織・チームは多い(詳細は後述)。
KPIの設定例
OKRの場合と同様に、チームレベル、部門レベルで設定されるKPIは、全社レベルで設定されるKPIにひもづくかたちになる。つまり、全社的なKPIを構成する要素は、特定の部門やチームにまで及ぶ可能性があるということだ。例えば、以下のようなKPIと、それに対応する目標が、各部門のチームに対して設定されることになる。
【営業チームのKPI】
- KPI:平均契約額
- 目標:平均契約額を月額250ドルから月額350ドルへと引き上げる
【マーケティングチームのKPI】
- KPI:コンバージョン率
- 目標:コンバージョン率を30%向上させる
【カスタマーサービスチームのKPI】
- KPI:チケット(顧客からの問い合わせチケット)の平均解決時間
- 目標:チケットの平均解決時間をこれまでの2分の1にする
【オペレーションチームのKPI】
- KPI:材料(直接材/間接材)の購入費
- 目標:材料の購入費を5%削減する
OKRについては、個人レベルでうまく機能しないことがある。そのような場合、KPIとOKRとの併用は、チームが目標を軌道修正し、その目標を達成するためにメンバー同士で協力していく有効な手法となる。例えば、KPIを使うことで、営業チームの個々のメンバーは、それぞれの個人的な目標として「第2四半期までに高額契約を○○件販売する」といった具体的なゴールを設定することができる。
OKRとKPIの効果的な併用法
組織の中には、目標設定や業績評価のフレームワークを一つに絞り込むことに強いこだわりを持つところがある。例えば、GoogleはOKRに固執していることで有名だ。
それに対して、アトラシアンを含む多くの企業はOKRとKPIを併用している。また、前出のドーア氏が組織するメディア「What Matters」でも、OKRとKPIは補完し合うことができると指摘している。
OKRは、目標の達成に必要な方向性とコンテキストを提供するものです。私たちは、これを『魂のこもったKPI』と呼びたい。そして、KPIは、目標達成に向けた進捗を確認する有効な手段です。KPIは測定が可能であることから、OKRにおける優れた“主要な成果(Key Results)”になりえます。要するに、OKRとKPIは競合するものではなく、補完し合うものといえるのです
── ダニエル・ヒューズ(Danielle Hughes)氏、 『What Matters』より
KPIによる業績評価は、すでに実施している施策の進捗や効果を計測するためのシンプルなプロセスでもある。例えば、過去6カ月間にわたってソーシャルメディア施策を展開したものの、その効果が不明確なことがある。そのような場合、KPIは施策のパフォーマンスが基準レベルに達しているかどうかを測定するのに役に立つ。
一方、新製品の発売や新戦略の試行を計画している場合には、KPIよりもOKRを使ったほうが適切といえる。というのも、こうした新しい試みは、大胆で野心的な目標が設定されるのが通常であり、その点で、野心的な目標を設定することを前提にするOKRとの親和性が高いからである。しかも、OKRの根底には、野心的な目標を設定して追い求めることで、たとえ目標に到達できなかったとしても、組織・チームの成長につながるとの考え方も流れている。その意味でも、新しい試みの目標設定や業績評価には適したフレームワークといえる。
ちなみに、ロックグループ、U2のボノ氏が共同創設者となっているNPO団体ONEでもOKRを活用している。その理由についてボノ氏は、ドーア氏が2019年のTed Talkの中で「OKRは失敗してもクビにならない、リスクテイクをおそれない相互信頼の環境を築くための一手」としていたからだと説明している。
もちろん、OKRが有効に機能しない領域もある。それは、個人の目標設定だ。実際、チームのメンバーにそれぞれのOKRを考えるよう求めると、タスク指向のOKR(ないしは、主要な成果)が設定されがちになる。その結果、それぞれの活動が目標達成に向けて成果を上げているか否かが測定しにくくなるのである。
例えば、あるマーケティング担当者は「ランディングページのコンバージョン率を12%増加させる」という目標に対して「コピーのバリエーションを10個作り、A/Bテストを行う」という成果を設定するかもしれない。ここでの問題は、その主要な成果が、タスクにフォーカスを当てたものであり、当該のタスクと目標達成との関係性が不明確であることだ。つまり、設定された成果の何%を達成すると、目標達成の確度がどの程度上がるかがわからず、効果の測定ができないということである。
しかも、上記のような成果も含めて、OKRに設定される主要な成果は一人の働きによって実現されるものではないことが多い。ゆえに、その成果を個人の評価に使う正当性が担保できないという問題もある。
アトラシアンにおけるOKR、KPIの活用術
アトラシアンのチームは、常にイノベーティブであることが求められ、自分たちにとって最適な方法と手段を用いて野心的な目標を設定することが奨励されている。そのため、アトラシアンにおけるすべてのチームがOKRを活用している。チームレベルでのOKRの設定手順を以下のとおりだ。
- 手順1 - 事前準備:チームミーティングの時間を設定し、OKRの設定に必要な情報を共有する。リモートワークが主体のチームの場合は、タスク管理ツール「Trello」のボード、ないしはコラボレーションツール「Confluence」 をセットアップし、ミーティング中に全員が使用できるようにする。
- 手順2 - 目標の設定:「次の四半期において、お客さまに提供できる最高の価値は自分たちのどこにあるのか」と自問し、チームの目標についてブレーンストーミングを行う。
- 手順3 - 主要な成果の設定:ブレーンストーミングを通じて設定、選択した目標(3つ程度)に対応する主要な成果を設定する。
- 手順4 - OKRの管理責任者を決める:トラッキングを担当するチームメンバーを1人任命します。
- 手順5 - 精査:設定した目標と主要な成果が十分に挑戦的であり、かつ「0」から「1」までのスケールで採点(計測)できることを確認する。
ちなみに、アトラシアンではチームレベルのOKRを設定する前に、会社レベルのOKRを設定し、それを全チームに落とし込む(カスケードダウンする)という方式を採用している。全社レベルのOKRを設定するのは簡単な作業ではないが、これにより、社内のすべてのチームの力を、会社にとって最も重要な命題の遂行に集中させることが可能になる。
また、アトラシアンの場合、各チームにおける主要な成果のトラッキング(=進捗の確認)を、「Confluence」や チームワークディレクトリーの「Atlas」 のような社内の誰でも閲覧できる場所で行うことを原則としている(図2)。
このようにして、すべてのチームに互いの目標を理解させたり、それぞれの目標設定とトラッキングのプロセスに全社員を参加させたりすることで、会社全体が同じ方向を向き、目標達成に向けた相互協力の態勢を整えることが可能になる。