ヤマト運輸執行役員の中林紀彦氏

ヤマト運輸では現在、ヤマトホールディングスが2020年1月に打ち出した経営構造改革プラン「YAMATO NEXT100」のもと「データ・ドリブン経営への転換」をテーマにしたデジタルトランスフォーメーション(DX)の取り組みを推し進めている。その取り組みは早くも同社の業績にプラスの効果をもたらしつつあるという。

ヤマトグループのDX/データ・ドリブン経営を主導するヤマト運輸執行役員の中林紀彦氏にDXを成功させるための要点について話を聞く。

ヤマト運輸が進めるDX戦略とは

ヤマトホールディングスの決算報告によれば、ヤマト運輸を中核とするヤマトグループの2021年度通期(21年3月期)の営業収益(売上高)は前年度比6.7%増の1兆6959億円を記録し、営業利益については前年度108.9%増の921億円に達したという。

この背景には、コロナ禍の影響によって物販系eコマース(EC)市場が拡大したことなどが挙げられる(*1)。ただし、理由はそれだけではない。ヤマトグループの21年度通期の決算報告(*2)によると、ヤマト運輸が20年1月に本格的に始動させているDX/データ・ドリブン経営の取り組みによって「業務量予測に基づく経営資源の最適配置とコストの適正化」が進みつつあるという。

DXは中長期的な取り組みであり、本格始動から1年程度のタイミングでその成果が決算報告の中で具体的に言及されることはあまりない。とりわけ、ヤマト運輸のような大手企業のDXは、構想は語られても、実質的な成果がなかなか目に見えてこないのが一般的だ。

果たして、ヤマト運輸のDX戦略は他と何が違うのだろうか。その疑問を解き明かすヒントは、ヤマト運輸がDX成功の要点として掲げる以下の3つのポイントにある。

  1. 経営戦略とDXとの密接なリンケージ
  2. アーキテクチャのデザイン
  3. 組織づくりと人材確保・育成の戦略

以下、これらの要点に沿って、ヤマト運輸のDXの取り組みについて見ていく。

*1 参考:経済産業省「令和2年度産業経済研究委託事業(電子商取引に関する市場調査)」2020年における日本の物販系B2C EC市場規模は対前年21.71%アップの12兆2333億円に

*2 参考:ヤマトホールディングス「ヤマトグループ連結決算概要<2021年3月 通期>

経営戦略とDXとの密接なリンケージ

DXの取り組みは、そもそも経営変革、あるいはビジネス変革の試みだ。そう考えれば、DXの施策は経営戦略に密接にリンクしていて当然といえるが「必ずしもそうなっていない点に問題がある」と、中林紀彦氏は指摘し、次のように続ける。

「今日、多くの企業がDXに取り組んでいますが、その中でよく見受けられる間違いは、DXを目的化してしまうことです。これと同様の問題は、クラウドやビッグデータ、IoT、AIの活用においても見られてきたのですが、これらのテクノロジーと同じく、DXは経営課題を解決するための手段に過ぎず、経営に貢献できて初めて意味を成すものです。ゆえに、DXを推進するうえでは、事業課題からテクノロジーとデータをどう活用するかの方針・計画に落とし込むことが大切です」

こうした考えから、ヤマト運輸では、経営戦略上のビジネス課題を起点に、その解決に向けて、どのようなデータ、テクノロジーをどう活用していくかの方針を、ファイナンシャルプランや人材・組織戦略を含めて詳細に定めていったという。

その結果として、同社では「データ・ドリブン経営への転換」に欠かせないデータ戦略を次の5つに絞り込み、推進している。

  • 需要予測の精緻化と、意思決定の迅速化
  • アカウントマネジメント強化に向けた顧客データの完全な統合
  • 流動のリアルタイム把握によるサービスレベルの向上
  • 稼働の見える化、原価の見える化によるリソース配置の最適化・高度化
  • 最先端テクノロジーを取り入れたデジタル・プラットフォーム(データ基盤)「Yamato Digital Platform(YDP)」 の構築と基幹システムの刷新

同社ではまた、DXをデジタルの世界で完結した取り組みとして推進するのではなく、デジタルとフィジカル(物理的なオペレーション)の融合によって成果を生む施策として推進することにもこだわった。そうすることが、ヤマト運輸のようなエスタブリッシュカンパニーがDXを推進する本来的な意義だと考えたからだ。

こうした考え方にもとづくかたちで進められているDX施策(データ戦略)の1つが、先に触れた「業務量予測に基づく経営資源の最適配置とコストの適正化」である。この施策は、AIで割り出した荷物量の予測にもとづいて、全国約3600カ所(論理数は約6400カ所)に散在する営業所の業務量を算出し、人の配置や配車の適切な計画を3カ月先まで日別に策定するというものだ。

業務量を割り出さなければならない拠点数が多く、かつ、予測対象の時間軸も3カ月先までと長いことから、予測の精度を上げる難度はすこぶる高い。そのため、この取り組みは試行錯誤の段階にあると中林氏は言う。

加えて、取り組みを始動させた直後にコロナ禍が始まった関係から、コロナ以前のデータで構築したAIの予測モデルがあまり参考にならなくなるといった問題にも突き当たったようだ。しかし、コロナ禍の長期化で学習によって精度を高める「教師データ」の蓄積も進み「ウィズコロナ環境下でのAIの予測精度もかなり高まっています」と中林氏は語り、次のような説明を加える。

「現在は、10数カ所の営業所を束ねるエリアマネージャーに対してAIによる予測を月1回の頻度で伝えて人員配置や配車のプランニングに生かしてもらっています。今後は、こうしたマネージャーの現場の経験と勘にAI予測をうまく組み合わせて、オペレーションの最適化を図っていく手法を確立していきます。

また、現場のオペレーションにデータ・ドリブンの考え方を取り込むことで、経験の浅いマネージャーでも、人員配置や配車を適正化できる可能性が広がります。これにより、営業所の統廃合や増強に対して、より柔軟に対応できる体制が実現できると見込んでいます」

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