アーキテクチャのデザイン

中林氏によれば、DXの成功にはDXを支えるシステムのアーキテクチャを適切にデザインすることも不可欠だという。

「アーキテクチャとはシステム全体の構造図、あるいは設計図に当たるものです。それがないままにDXの施策をシステム化していくと、データとシステムが“スパゲッティ”のように複雑に入り組んだ状態になり、新システムを展開するスピードは鈍り、かつ、システム運用管理や保守にかかるコストが膨れ上がっていきます。

そこで当社では『レガシーシステムは再構築してモダナイズする』『データ・ドリブン経営の実現に向けて機械学習のオペレーションが実行できる環境を整える』『ベンダー依存からの脱却を目指し、システムの内製化を促進する』といった前提にもとづきながら、システム全体の構造を、ITサービスを提供していくための領域と、データ・ドリブン経営を実現するための領域の2つの区画に大きく分けてデザインしています」(中林氏)。

また、こうしてデザインしたアーキテクチャにもとづいて、サービスの開発、運用をしっかりと回していくために、同社ではアトラシアンのプロジェクト管理ツール「Jira Software」を採用して開発やCI(継続的インテグレーション)/CD(継続的デプロイ)の標準化も推し進めている。ちなみに、Jira Softwareはアジャイル開発を推進する各国のチームの間で広く普及している製品だが、ヤマト運輸でもフロントエンド系システムのUI/UXの開発にアジャイル手法を採用しており、22年1月の時点ですでに10数のスクラムチームが組織されているようだ。

さらに同社では、アーキテクチャに対する経営層の理解を促進し、投資を引き出すための一策として、アーキテクチャに関する基本方針を都市計画になぞらえて説明したと、中林氏は言う(図1)。

画像: 図1:ヤマト運輸の「アーキテクチャ基本方針」

図1:ヤマト運輸の「アーキテクチャ基本方針」

「ITの専門家ではない人が、ITシステムのアーキテクチャを理解するのは簡単なことではありません。ゆえに、IT企業ではない事業会社において、アーキテクチャの方針に対する理解と投資を得るには、アーキテクチャに則(のっと)って物事を進めることの意義を、一般のビジネスパーソンが理解しやすい言葉で説明しなければなりません。その施策を展開するうえで、アーキテクチャの方針を、都市計画としてイメージしてもらうことが最も有効だと考えました」(中林氏)

組織づくりと人材確保・育成の戦略

先に触れた通り、ヤマト運輸では経営戦略としてDXを推進することを基本としている。そのため、DXの推進チームを既存事業から切り離された「出島」に置くのではなく、経営トップの直下(社長室内)に配置し、既存事業との連続性をもった変革を推進していく方針を採用した。

この方針のもとでチームビルディングを始動させた同社はまず、ヤマトホールディングスとヤマト運輸にそれぞれ存在していたDXチームを1つにまとめ上げ、40人ほどのチームを組織した。そのうえで、チームに足りていない人材を外部から採用することに力を注いだと、中林氏は振り返る。

「当時のDXチームで特に足りていなかった人材は、クラウドファーストの発想でITサービスを実装したり、そのためのアーキテクチャ、あるいは環境をデザインしたりする能力を持った人材です。外部からはそうした人材をはじめ、データ分析やデータマネジメントのスペシャリストを中心に採用を推し進めました。現在は、ITサービスの環境づくりを推進するチームと、データ分析の専任チーム(データサイエンティストのチーム)、さらには、各所に分散したソースからデータを集めてデータレイクを形成し、統一的なデータモデルの中でデータを一元管理するデータマネジメントの専門チームを組織しています」(中林氏)。

もっとも、過去数年来、DXを推進するIT人材(デジタル人材)が日本全体で足りておらず、採用の難度は高まり続けているとされている。そのため、ヤマト運輸がDXのチームづくりのために外部人材の採用に乗り出した当初は、なかなか人が集められず、苦戦を強いられたという。

画像: 図2:DXプロジェクトを訴求するヤマト運輸のオウンドメディア「YDX(Yamato Digital Transformation Project)」

図2:DXプロジェクトを訴求するヤマト運輸のオウンドメディア「YDX(Yamato Digital Transformation Project)」

ただし、DXプロジェクトに関するオウンドメディア「YDX(Yamato Digital Transformation Project)」(図2)を立ち上げ、同メディアを通じてDXの取り組みに関する情報を積極的に発信し、かつ、採用したい人材のジョブディスクリプションを明確に示すようにしたことで、状況は大きく好転し、いまでは多くの人材が集まり始めているようだ。

「優秀なITエンジニアやデータサイエンティストにとって、IT企業やコンサルティングファームで自分の能力を生かそうとすることは正しい選択の1つですが、事業会社で働くことには、自分が取り組んだことの最終的な成果に直(じか)に触れられる、あるいは事業上のゴールの達成に向けて最後まで責任をもって取り組めるという、IT企業やコンサルティングファームでは味わえない醍醐味があります。

そこにやりがいや魅力を感じ、事業会社で自分の能力を生かしたいと考えるITエンジニア、データサイエンティストは相当数います。そうした層に当社のDXプロジェクトがフックし始めています」(中林氏)

ヤマト運輸では、デジタル人材を外部から採用するのと並行して、デジタル人材を社内で育成することにも力を注いでいる。具体的には、ヤマトグループの経営層を含む全社員のデジタルリテラシーの底上げと、デジタル人材の早期育成を図る目的で教育プログラム「Yamato Digital Academy(ヤマトデジタルアカデミー/YDA)」を21年度からスタートさせている(図3)。

画像: 図3:「Yamato Digital Academy」の概要

図3:「Yamato Digital Academy」の概要

「DXやデータ・ドリブン経営は、当社の経営層や事業全体を巻き込んだ取り組みです。そのため、DXチームだけがスキルアップしても機能せず、組織全体のデジタルリテラシーの底上げが必要です。その観点からYDAを立ち上げました。YDAによる育成の主なターゲットはIT部門に所属する社員や経営層、そして現場でデジタルツールやデータを駆使して業務を展開するビジネスユニットのリーダーやエリアマネージャーたちです」(中林氏)

中林氏によれば、YDAでは3年間で1000人程度の受講を計画しているという。現場でのデータ活用に興味を抱き、YDAのカリキュラムに積極的に参加しようとする社員も少なくなく、なかには、カリキュラムへの参加を経てDXチームの一員として活躍することになった社員もいるという。

画像2: 【設計図のデザインがカギ】
ヤマト運輸に学ぶDXを成功に導く要点 収益増につながるデータ活用とは

「この社員はYDAで学ぶ以前から、データ・ドリブンに興味を抱き、独学で開発言語も学んでいました。現在はデータ分析チームで、データサイエンティストの“卵”として働いています。現場のことをよく知っているため、非常に優れたアウトプットを出してくれています」(中林氏)。

経営戦略と一体化した取り組みとして始まったヤマト運輸のDX/データ・ドリブン経営。その試みは、現場のオペレーションと文化を着実に、かつ早いペースで変革し、収益増につながる成果を生み続けているようだ。

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