本稿の要約を10秒で
- 退屈は、創造的思考の源であることが科学的に証明されている。理由は、退屈しているときは脳がリラックスしており、創造的思考を妨げるフィルタが少なくなるためだ。
- ITによって反復的なオフィスワークの自動化が進むなか、ナレッジワーカーには創造性の発揮がより強く求められている。
- チームリーダーは、自分自身とチームのために心身を休め、心を解き放つ必要がある。
創造性に富んだアイデアの源泉は「必死さ」よりも「退屈さ」にあり
皆さんは、斬新で創造性に富んだアイデアを生むためにもがき苦しんだ経験はないだろうか。私はそうした経験が多くある。そして、そのほとんどの努力が徒労に終わってきた。
ところが、ときとして不思議な現象に遭遇することがある。その現象とは、例えば、斬新なアイデアをひねり出そうと必死になっているときは一向に良いアイデアが浮かんでこないにもかかわらず、諦めて休息をとり、時間的にゆとりのある別の仕事に取り掛かったとたん、まるで津波のようにアイデアが押し寄せてくることである。
このように、クリエイティブなアイデアは「何もしていないとき」「脳がリラックスしているとき」に生まれることが多い。理由は、脳がリラックスしていると、注意力や記憶力、計画性を司る前頭葉が自動操縦され、思考のフィルタリングが少なくなるためであるようだ。こうした脳の状態は「ほろ酔い状態」に近いと言えるが、自分の肝臓と人生のことを考えれば、ほろ酔い状態を保つよりも「退屈」を受け入れるほうが賢明である。
なお、誤解を避けるために言っておくが、上記の脳の状態は、仕事に追われることを無意味だと感じ、強い倦怠感に襲われている状態では決してない。このような状態に陥ることは是が非でも避けるべきであり、放っておくと「燃え尽き症候群」にかかるおそれが強い。上で言っている「退屈さ」、あるいは「脳がリラックスしている状態」とは、イタリア人の言う「il dolce far niente(何もしないことの甘さ)」を意味すると考えていただきたい。
ということで、以下では私が「アンチパワーアワー」と銘銘したコンセプトを紹介したい。これは、脳を休ませたり、アイデアを探ったり、同業他社の動向を調べる以外に目的のない「暇な時間」を持とうという考え方である。
大ヒット作が証明する「退屈な時間」を脳に与える絶大な効果
書籍「Out of My Skull:The Psychology of Boredom」の共著者である心理学者のジョン・イーストウッド(John Eastwood)は、脳を休ませることの意義について次のように語っている。
「脳が休んでいるときには、空いたスペースを埋めるために創造性が発揮される。そのようなときにこそ、何か新しいものを発見する本当のチャンスがある」
私はこの教えに従ってベッドサイドのテーブルにいつも鉛筆とノートを置いている。
また、2013年に実施された、ある研究によって、少しの退屈を脳に与えることで、脳が「問題解決のための思考タスク(収束的思考タスク)」をこなす準備を始めることが明らかにされた。加えて、ブレインストーミングにおいては創造性が必要とされるが、2014年に行われた研究では、このような状況でも「退屈」の力が発揮されることが証明されている。
実際、児童小説「ハリー・ポッター」のアイデアも、著者であるJ.K.ローリング(J.K. Rowling)の退屈から生まれたものであるようだ。彼女は1990年、スマートフォンやソーシャルメディア、さらにはストリーミングビデオもない列車の中で4時間を過ごし、車窓から風景を眺める以外に何もすることがなかったという。そんなときに、ふとホームで見かけた少年からインスピレーションを得てハリー・ポッターの物語を想起したとのことだ。
彼女以外にもミステリー作家のアガサ・クリスティ(Agatha Cristie)からヒップホップミュージシャンで映画監督のクエストラブ(アミール・カーリブ・トンプソン:Ahmir Khalib Thompson)に至るまで、クリエイティブな活動で成功を手にしている人たちの多くは「退屈」をインスピレーションの源にしているようだ。さらに、ニューヨーク・シティ・バレエ団の有名振付師ジョージ・バランシン(George Balanchine)も、これまでに想起した最高のアイデアは洗濯中に偶然見つけたものだったと明かしている。
考えてはいけない。考えることは創造性の敵であり、自意識の過剰な働きでしかない。過剰な自意識が生んだものは、何もかもがダメだ
── レイ・ブラッドベリ(Ray Bradbury/米国を代表するSF作家)
生産性の追求により低下を続けるナレッジワーカーの創造性
今日は、経済情勢の先行きが不透明とされている。ゆえに、「退屈」を勧める本稿を読むナレッジワーカーの中には「どうしてこんなときに、仕事のアクセルから足を放さなければならないのか。そんなことをすれば大変なことになる」と思う方も少なくないだろう。ただし、経済の先行きが見通せない今だからこそ、ナレッジワーカーには本来的な役割である創造的思考がより強く求められていると言える。ところが「トーランステスト(Torrance Tests)」で計測されるナレッジワーカーの創造性は1990年代初頭から低迷し続けているという。
しかも今日では、ITの急速な進化によってオフィスワークに関係する反復作業(ルーチンワーク)のほとんどが自動化されている。その意味でも、人間ならではの好奇心や創造性を発揮することがナレッジワーカーの主たる仕事になっていると見なせる。
加えて言えば、ナレッジワーカーの間では上述した燃え尽き症候群や離職が横行し始めている。一方で、神経学上の研究によって脳を休ませることでストレスが減り、仕事に対するエンゲージメントと品質がともに向上することが証明されており、会議と会議との間に5分間の息抜きをするだけで、ストレスに関連する脳の活動が低下することも明らかにされている。さらに、従業員たちに探求の場を与えることで、「自分は大切にされている」というと印象を彼らに与え、信頼と能力を高める意欲を喚起することもできるという。
時間は私たちにとって最も貴重な資源であり、かつ、有限である。ゆえに、使い方の優先順位を賢くつけていかなければならない。にもかかわらず、生産性に執着し、一定の時間内により多くのモノを生産するようナレッジワーカーに強く求めるリーダーはいまだに多い。しかしながら、そのような生産性の追求は、ナレッジワーカーの創造性を阻害する行為でしかない。自分のチームや会社のためを思うなら、ナレッジワーカーたちの「ただ、ぼんやりとしている時間」を優先的に確保すべきなのである。
何もしない時間「アンチパワーアワー」がチームの創造力を刺激する
上述したとおり、ナレッジワーカーの創造性を高めるためには、適度の「退屈」を彼らに与えることが大切となる。そこでチームリーダーの方々にお勧めしたいのが「アンチパワーアワー」の導入となる。
具体的には、例えば、毎週1時間、チームのメンバーが何も生産しない時間を作るようにする。また、1日のうちに1時間以上、メンバーをすべての仕事からブロックしてしまうのも一手である。加えて、メールで済むような週1回のミーティングをすべて廃止にしたり、仕事の締め切りを1〜2日遅らせたり、チーム内で最も価値の低い反復作業を特定して自動化したり、排除したりするのも有効である。
このような取り組みを始めると、チームの周囲に不安を与えるかもしれない。ただし、そのようなことを気にしていては何事も起こせない。
また、自分の行動を少し変えるだけで、自分の脳に休息を与える時間を増やすこともできる。例えば、以下のような具合である。
・空港や駅の本屋で「ビジネス書」を購入する習慣を捨て去り、「小説」を買って読むようにする。小説を読むときには情報を詰め込もうとせず、物語に没頭する。
・散歩の際にはヘッドフォンでポッドキャストや音楽を聴いたりせず、周囲の景色や音、匂いを感じながら、脳を受動的に働かせるようにする。
・スマートフォンの管理者は自分であることを常に念頭に置く。そのうえで自分が「オフ」のときには仕事上の連絡は受け付けないようにし、仕事、ソーシャルメディア、ニュースなどのアプリもすべてオフにする。
・精神的なリセットを目的に、30分の会議を25分に、60分の会議を50分に設定するようにする。ただし、それによって会議を早く終わらせようとすると大抵の場合、失敗する。したがって、会議の終了時間ではなく開始時間のほうを、これまでの設定から5分、ないしは10分遅らせてセットするようにする。
なお、上記のような行動の変革をチーム全体に浸透させるうえでは、リーダーが自ら率先して規範を示し、それによってどのようなメリットを得ているかをメンバーに理解してもらうことが重要となる。したがって、自分が日々の時間をどのように過ごしているかをチーム全員で共有することが不可欠となる。ただし、自分と同じ時間の使い方をメンバーに強要したり、自分の時間の使い方がいかに有効かを声高に唱えたりするのは避けるべきである。
本稿の締めくくりとして、組織心理学者でベストセラー作家であるアダム・グラント(Adam Grant)の名言を以下に紹介しておく。
休息は時間の浪費ではなく“ウェルビーイング”への投資である。
リラックスは怠慢の現れではなく、エネルギーの源である。
タイムブレークは“遮(さえぎ)り”ではなく、集中を取り戻すための機会である。
そして遊びは、軽薄な行為ではなく創造性への道筋である。
さあ、外出しよう。何もしないために。