アトラシアン本社の情報サイト『WORK LIFE』から新着コラム。メインライターのサラ・ゴフ・デュポン(Sarah Goff-Dupont)が、新しいソフトウェアを開発するうえでの留意点について説く。

Point Aの仕組み

イノベーションラボのように現業から切り離された場所で、能力ある人材を官僚的な形式主義の制約から解放し、それぞれの創造性を自由に発揮させる──。これは表面的にはすばらしい取り組みに思えるが、自由ばかりを追求し、構造的な制約がなさすぎる点は、イノベーションラボが失敗する典型的な要因となっている。

もちろん、イノベーティブなアイデアを育むうえでは制約は少ないに越したことはない。だが一方で、新規プロダクトのプロジェクトチームには「進むべき道を大きく踏み外してしまうのではないか」といった不安がつきまとう。チームがそうした不安を感じることなく、成果の獲得に集中できるようにするには、チームをマネージする人が「ガードレール」を敷くことが必要とされる。また、会社としては、実行不可能なアイデアにリソースが浪費されるリスクも最小限に抑えなければならない。それには定期的なチェックポイントを設けることが必須となる。

こうした観点から、Point Aでは新規プロダクトの開発から市場投入までのプロセスをいくつかのフェーズに分け、それぞれにチェックポイントを設けている。

エグゼクティブスポンサーの獲得と選抜委員会への売り込み

最初のフェーズでは、優れたアイデアを持った人が、そのアイデアに関心を抱いた1〜2名とともにプロジェクトチームを組み、自分たちのアイデアをプロダクトとして概念化する作業が行われる。また、その作業を進める過程でプロジェクトチームは、選考プロセスを勝ち抜く支援をしてくれるスポンサーを会社の経営幹部の中から探し当てなければならない(エグゼクティブスポンサー)。その際、チームは以下の3点を自問し、明確な解答を用意しておく必要がある。

  1. 自分たちが製品化しようとしているプロダクト(が生むソリューション)は、会社における戦略上の優先事項のどれかと一致しているか?
  2. そのプロダクトは発売から5年〜7年後に1億ドルのビジネスに成長するか?
  3. プロダクトの主戦場はどの市場であり、どう勝つのか?

こうしてプロダクトのコンセプトを固めたのちには、Point Aの選抜委員会を通じて、会社の主だったメンバーに対して自分たちのアイデアを売り込む準備をする。

画像: イノベーティブなソフトウェアを内製する手引き── 海の向こうからオピニオン その44

選抜委員会は共同CEOやプロダクトマネジメントのリーダーをはじめ、エンジニアリング、PR、マーケティング、さらにはオペレーションといった各分野を担うリーダーたちで構成され、プロダクトのコンセプトを評価する。その評価の基準となるのは「当該プロダクトが解決しようとする課題は、本当に解決する価値があるのか」「当該プロダクトとターゲット市場の適合性はどうなのか」「当該プロダクトと自社のビジネス戦略との適合性をどうなのか」といった点である。

「Point Aの選抜委員会は、ビジネスに大きな影響を与える可能性のあるアイデアを選り抜くためのもので、これによってアイデアの選考基準を高く保つことが可能になります。また、このパネルはR&Dチームのリーダーたちが、新規ソフトウェアの機能について外部調達によって実現したほうが良いのか、それとも内製したほうが良いかの分析を行ううえでも有用です」(ゴールドスミス)。

ちなみに、選抜委員会からのフィードバックは2週間以内に行うことになっており、次のフェーズへの資金が提供されるかどうかや、プロジェクト遂行の承認をとりつけるうえで対処すべき事柄が伝えられることになる。

開発フェーズ

選抜委員会への売り込みに成功すると、開発フェーズに入る。この開発フェーズでは、最初に3〜6名のメンバーが割り当てられる。Point Aのためにメンバーが抜けたチームは、契約スタッフや社内の異動プログラムによって補填される。Point Aの、とあるチームの場合、プロジェクトの立ち上げ初期のメンバーはプロジェクトチームのリーダーが自ら声をかけたが、それ以外のメンバーは社内公募で選ばれている。

Point Aの開発チームは顧客と協力しながら3カ月をかけてプロトタイプを完成させ、プロジェクトのアイデアが実行可能であることを証明する。この間、開発チームはエグゼクティブスポンサーとも定期的にミーティングを行い、フィードバックに基づいてコードの修正も重ねる。

このようにしてプロトタイプを完成させた開発チームの次のミッションは選抜委員会にプロトタイプを提示し、開発作業を本格的に始動させる承認をとりつけることだ。このマイルストーンを通過することで、開発チームはチームを拡大させて、プロダクトを実際に構築する作業に着手できることになる。通常は、開発の本格始動から6カ月以内にプロダクトをリリースすることを目標としている。

また、開発が本格的に始まった段階で、顧客にもプロダクトづくりに参加してもらう。顧客はプロダクトの早期アクセスプログラムに参加し、使用感に関するフィードバックをプロダクトマネージャーに提示する。このプロセスを通じて開発チームは、顧客の声をプロダクトの最終調整に反映させることが可能になる。

失敗から学ぶ

先に触れたとおり、35件に上る新規プロダクトのプロジェクトがPoint Aプログラムの下で走っており、うち9つの新規プロダクトが市場投入に向けた資金提供をすでに受けている。また、9つの新規プロダクトのうち「Team Central」と「Jira Work Management」は、ベータプログラムによる顧客の試用が始まっている(2021年4月上旬時点。Jira Work Managementは4月末に製品として正式発表)。

もっとも、プロジェクトが最終段階に進んだとしても、脇道にそれる可能性があることを基本姿勢として認識しておく必要があるとフリードマンは指摘し、次のように続ける。

「いまの時代は何事も不確実であり、構想段階では有望に思えた新規プロダクトが、世の中の変化によって無価値化するようなことがいつでも起こりえます。また、プロダクトの開発で競争相手に先を越されて、瞬く間にターゲット市場を奪われることも間々あります。新規プロダクトのプロジェクトを推進する際には、そのような事態も想定しておく必要があります」

また、場合によっては社内の他のチームに先を越される可能性もある。例えば、アトラシアンにおけるチームワークプラットフォームのプロダクトマネージャーのトップで、Point Aプロジェクトの立ち上げメンバーでもあるスティーン・アンダーソン(Steen Andersson)は、それに近い経験をした。

「当時、スプレッドシートのようにTrelloのカードを表示する「リストビュー」の機能の開発が進んでいたのですが、私のチームはそれを知らずに同様のコンセプトを持つ新しい製品を売り込んでいました。私たちはPoint Aプログラムの初期の段階で選考を進んだチームだったので、このコンセプトが有効であること証明し、それ自体はうまく行きましたが、既にTrelloでも同様の機能を開発していたことを知ったときは、チームは全員がっかりしました。」

全従業員がイノベーターになれる意義

Point Aプログラムの機能は、イノベーションラボが提供する機能と似たところがある。ただし、Point Aプログラムの基底にある考え方はイノベーションラボのそれとはまったく異なり、イノベーションラボのモデルから脱却することが、Point Aプログラムが目指す1つでもあると、ゴールドスミスは強調する。

イノベーションラボの考え方は、イノベーションに特化した部門を組織し、その組織にイノベーション専任の人材を集めて、新しい何かを創出させるというものだ。ゴールドスミスによれば、この考え方は2つの問題を内包しているという。

問題の1つは、イノベーションラボに配属されていない多くの従業員が、イノベーションを自分とは無関係な業務と見なし、イノベーションを自ら引き起こそうとする意欲や、そのことに対する興味・関心を抱かなくなることだ。これにより、イノベーションラボ以外の部門で働く社内の誰かが優れたアイデアを思いついたとしても、そのプロダクト化を上申しようとは考えなくなるおそれがある。一方のPoint Aプログラムは、アイデアを発掘するプロセスとなるよう設計されてり、良質なアイデアが会社の中で埋もれてしまうリスクを回避することが可能になると、ゴールドスミスは指摘する。

また、問題の2つ目は、イノベーションラボのような専門の組織には拡張性がない点だ。つまり、イノベーションラボの設置は、イノベーションを生み出す能力に自ら制限をかけることと同じであるとも言える。

「理想は、社内のどこからでも変革のうねりが巻き起こるような、スケーラブルで分散型のイノベーションを可能にすることです。もちろん、Point Aプログラムを提供したからといって、社内の全員がプロダクトのイノベーションに参加できる能力を自動的に持てるようになるわけではありません。また、そのための方法を生み出すのもかなり困難と言えるでしょう。ただし、全従業員がイノベーターとして活躍できるような組織を目指すことが、企業の成長となります」(ゴールドスミス)。

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