DXを解き明かす

本書は、「DX(デジタルトランスフォーメーション)」の本質を解き明かし、日本企業がデジタル時代をどう生き抜くべきかを提示した一冊である。

著者の西山圭太氏は、東京大学法学部から経済産業省(旧通商産業省)に進み、産業革新機構専務執行役員、経済産業省大臣官房審議官、商務情報政策局長などの要職を歴任してきた人だ。日本を代表するビジョナリーとされ、2020年に退官し、現在(本書執筆時点)は東京大学未来ビジョン研究センターで客員教授を務めている。

この経歴からも察せられるとおり、著者は日本の企業、産業、社会のDXを推進する立場にあった人だ。本書では、その職務を通じて得てきた知見・知識などを活用しながら、デジタル時代とはどのような時代であり、日本の企業、あるいは経営者が、その時代にどう立ち向かうべきかが以下の章立ての中で具体的に語られている。

  • 第1章:デジタル時代の歩き方
  • 第2章:抽象化の破壊力──上がってから下がる
  • 第3章:レイヤーがコンピュータと人間の距離を縮める
  • 第4章:デジタル化の白地図を描く
  • 第5章:本屋にない本を探す
  • 第6章:第4次産業革命 とは「万能工場」をつくることだ
  • 第7章:アーキテクチャを武器にする
  • 第8章:政府はサンドイッチのようになる
  • 第9章:トランスフォーメーションの時代

もっとも、上記の章タイトルを見ても、おそらく本書でどのような論が展開されているかはつかめないはずである。

本書の論の主眼を本書にある記述を参考に表現すると「DXに取り組む企業経営者やビジネスパーソンに向けて、デジタル時代における自身の立ち位置を確認し、自分なりの道筋を判断するための白地図を提示する」といったことになる。

また、本書では、デジタル化が社会にもたらす最も大きな変化として、デジタルによる産業構造の決定的な変化──すなわち「IX(インダストリートランスフォーメーション)」を掲げ、今日の日本企業にとってDXに成功してIX時代に勝ち抜くことが重要であり、かつ、IX時代を勝ち抜くことはIXの地図の一部になって地図を描き換えることにほかならないとする。ゆえに、企業規模の大小とは関係なく、自分もIXの地図のどこかに位置取りをし、地図を描き換えようとする意識を持つことがIX時代には決定的に重要であると主張する。

こうした考え方の下、第1章では日本企業、ないしは経営者がデジタル時代をどうとらえ、行動すべきかについて論じ、第2章から第4章ではデジタル時代(IX時代)の白地図はどのようなものかを、第5章から第8章 では「白地図に自らを書き込み、 地図を描き換える」とはどういったことなのかをそれぞれ説いている。そして、第9章では全体の記述を振り返り、「あとがき」ののちに日本共創プラットフォーム代表取締役社長の冨山和彦氏による本書の解説が展開されている。

産業はデジタル化され、ミルフィーユ化される

第1章の記述によると、DXは「システムから経営へ」「経営からシステムへ」の2軸でとらえる必要があるという。つまり、企業のシステムのあり方や技術の話だけに着目して経営そのものの改革に踏み込まないのは真のDXとは呼べないが、一方でAI(人工知能)を含むデジタル技術の発展やシステムの変化について理解しないまま、経営論や組織・風土論だけを語っても意味を成さないというわけだ。

このうち、デジタル化のシステムをとらえるうえでポイントとなるのは、抽象化と多層化(本書では「ミルフィーユ化」とも呼ぶ)である。

先に示した章立てからもわかるとおり、本書では第2章で抽象化について取り上げている。本書によれば、抽象化とは「単純な仕掛けをつくると何にでも使える」といった考え方に基づくもので、この考え方がコンピュータの発展と普及の土台となり、今日のデジタル化の根底にあるという。

例えば、単一構造のインテル製プロセッサが、あらゆる計算に対応できる汎用計算機(=万能計算機)となり、爆発的に普及したのも機能の抽象化・一般化によるもので、インテル製プロセッサの普及は“抽象化の破壊力”を示す一例であるとする。

また、今日のソフトウェアは、抽象化・一般化され、さまざまな用途のアプリケーションから共通して利用できるOS、ミドルウェアなどのレイヤーが重なり合って構成されているという。デジタル化の本質は、こうしたレイヤーが幾重にも重なり、2進法を使った計算機でしかないコンピュータが、人のさまざまな課題を解決するソリューションとして機能できるようなることであると本書は指摘する。レイヤーとは、データ転換の機能を提供するコンポーネントの集まりであり、レイヤー構造とはデータを変換するステップの重なりだ。そのレイヤー構造を通じて、人の課題解決にデータを役立てるのがデジタル化であり、レイヤーが増えれば増えるほど、解決可能な領域が増えていくというわけである。

多層を成すレイヤーは大きく計算処理を司る一群と、その上位にあるデータ解析を司る一群、そしてUI/UXなどの層から成り、それらがネットワークを通じて社会・産業で共有され、さまざま課題を解決できるようなることがIXにつながっていくのだという。

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