DX・IXは中小の企業を利する!?

IXの実現に向けた動きはすでに始まっており、例えば、デジタル化(スマート化)によってソフトウェアによるコントロールが可能となった工場がレイヤー化され、第4次産業革命が目指した「万能工場」として個社を超えて共有されるようなことがすでに起きているという。こうした中では、企業が垂直統合(=縦割り)の発想で、それぞれ独自のシステムを作り、顧客の課題を解決するという考え方から、社会・産業の中に存在する共通レイヤーを土台にしながら、自社の価値を提供するのに必要なコンポーネントを選り抜き、足りないものだけを作り自社で活用するのと併せて社会・産業全体で共有させるという発想への展開が必要であると本書では訴える。また、それこそがIX時代の白地図に、自らの存在を書き込むことであるという。

この考え方を本書では、レイヤー構造を成す書店の書棚から自分に必要な本を選び、かつ、書棚にない本について自ら作り、書棚に並べるような取り組みであると表現している。

もちろん、企業の中には足りない本を自ら作成したり、新たなレイヤーを築き、エコシステムを形成したりする体力がないところも多いはずである。ただし、本書によればすでに書棚には各社がビジネスを展開するのに必要なプロダクト(クラウドサービスとして提供されるコンポーネント)が揃いつつあるという。よって、そう遠くない将来には、誰もが事業をオンライン化して他者と連携するためのデータ、アルゴリズム、コンピューティングリソースのすべてをクラウドから調達できるようになるとしている。そうなれば、多くのシステム資産を抱えている大手よりも、中堅・中小企業のほうがスピード感をもってIX時代での地歩を固められる可能性があると本書では訴えている。

ビジネスパーソンに向けた応援的挑戦状

本書の特徴は、各章のテーマごとに具体的な事例が示され、上述した抽象化の威力やレイヤー構造、IXの白地図などを丁寧に説明している点にある。紹介されている事例には、GAFAやマイクロソフト、アリババ、ネットフリックスといったデジタル時代の覇者の話もあれば、有名レストランの抽象化・レイヤー化の取り組みや夏目漱石の文学論、さらには日本企業が両利きの経営によってIX時代を見越したようなDXを実現した例などが含まれている。

これらの事例によって本書の記述のわかりやすさは間違いなく増している。おそらく、オブジェクト指向プログラミングやアジャイル、マイクロサービス、ソフトウェアアーキテクチャについて一定の知識のある方なら、本書のほとんどの記述を直感的に理解し、システムに関する説明の多くを読み飛ばしても、著者の主張を正しく把握できるはずである。

ただし、ソフトウェアやシステムの構造に対する知識がない場合には、本書の記述を理解し、DX・IXの実現に向けて何をすべきかを具体的にイメージすることはできないかもしれない。たたし、それは「ソフトウェアやITに対する理解がなければ、これからのDX・IX時代を理解し、生き抜くのは難しい」というメッセージを伝えるため著者の仕掛けなのかもしれない。実際、本書最後の解説の中で冨山氏も「本書は、全てのビジネスパーソンへの応援的挑戦状」であり、「あなたとあなたの会社にそのため(=DX時代を生き残るための)知的戦闘能力があるか否か問うている」と指摘している。要するに、本書は、あらゆる物事がソフトウェア化される世界において、これからの事業戦略を描くために「何を理解できなければならないかを知る」「自分が知らないことを知る」ための一冊であるということだ。

ちなみに多くの有識者も、これからの企業経営にはソフトウェアに対する理解が不可欠であるとし、またDXを志向する有名企業の経営者は、ソフトウェアの原理をつかむために自らプログラミングを学び始めたとされている。近未来の産業が、本当に本書が指摘するとおりの構造になるかどうかはわからない。だが、少なくとも、筆者が記述したような構造へと産業のあり方が向かい始めているのは間違いなく、そこで地歩を築けている企業が、市場での強さを発揮しているのも現実である。本書を読み、これからの企業戦略を描くうえで自分や自分の会社に足りていないものを確認してみてはいかがだろうか。

著者:西山圭太、冨山和彦・解説
出版社:文藝春秋
出版年月日:2021/3/31

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