Slackチャンネルが沈黙したとき……
新型コロナウイルス感染症の影響により、米国ではリモートワークを働き方の標準として選択している(あるいは、オフィスへの出勤を厳しく制限している)企業は2021年2月の段階でも依然として多い。また、リモートワークを支持する従業員の多さから、コロナ終息後もリモートワーク中心の働き方を継続させようとする会社も多くあるようだ。
このような状況下では、メンバー全員がリモートで働くチーム(以下、リモートチームと呼ぶ)も多いはずである。
そうしたリモートチームにおいて、Slackなどのチャットツールで活発なコミュニケーションが行われ、チームの仕事が勢いよく前進しているようであれば、それはメンバーのエンゲージメント(チームや会社への貢献意欲)が良好に保たれているサインである。それに対して、チームのSlackチャンネルが全体的に“沈黙”し、タスクを終わらせるのが困難になってきているなら、それはメンバーのエンゲージメントレベルが低下している兆候と見なせる。
チームや会社に対するメンバーのエンゲージメントレベルが、チームのパフォーマンスに大きく影響することは、さまざまな調査ですでに証明されている。
例えば、米国Gallup(ギャラップ)の調べによると、メンバーのエンゲージメントレベルが高いチームは、エンゲージメントに欠けるチームと比較して収益性が23%高く、生産性が18%高いという。
一方で、従業員エンゲージメントを維持・向上させるのは簡単なことではなく、同じGallupの調査によると、ビジネスパーソンの過半数(53%)は、会社の仕事に対する貢献意欲は特に持っていないという。要するに、従業員の多くは──仮に現状の仕事に不満を感じていないとしても──仕事に対して全力を尽くしたり、長期にわたってコミットしたりすることを約束してはいないということである。
リモートチームのエンゲージメントを維持する5つのアイデア
では、リモートチームのエンゲージメントを維持するには、何をどうすればよいのだろうか──。
この問いに対するシンプルな答えはなく、”オンライン飲み会”や“オンラインティータイム”を催せば、それだけでメンバーのエンゲージメントが維持できるほど人の心は単純にできていない。とはいえ、方策がないわけではない。
ということで以下にリモートチームにおいてメンバーのエンゲージメントを維持するアイデアを5つ紹介したい。
アイデア1: 組織の文化と価値観を身体に染み込ませる
あなたのチームのメンバーは、会社のコアバリューに共感し、情熱を抱いているだろうか。また、そもそも会社のコアバリューを理解しているだろうか。
コアバリューは従業員エンゲージメントの土台を成すものであり、コアバリューへの共感・理解がないところにエンゲージメントは生まれない。
ただし、会社のコアバリューに共感して自分の毎日の仕事に適用できているとするビジネスパーソンは意外と少なく、前出のGallupによる調査によれば、全体の23%でしかないという。となれば、あなたのチームのメンバーが、会社のコアバリューに共感していない、あるいは理解が足りてない可能性は大いにある。そこで以下の3点が行われているかどうかを点検することをお勧めしたい。
- コアバリューを明確に定義し、共有する
コアバリューは関係社外秘の情報ではなく、全てをオープンにすべき情報である。したがって、コアバリューを明確に定義したうえで、Webサイトや情報共有ツールを使い社内外で共有することが重要となる。
アトラシアンでは自社サイトを使いコアバリューを広く社外に公開しているのと併せて、コラボレーションツール「Confluence」を用いて社内で共有している。
加えて、コアバリューについてチーム内で率直に話し合う機会を定期的に設けている。これは、会社のコアバリューがすべてのプロジェクト、あるいはチームのメンバーの仕事の底流にあるかどうかを確認するための作業である。 - リーダーが模範を示す
チームのリーダーは自ら模範を示すことが大切だ。例えば、会社のコアバリューに「ワークライフバランスを重視する」という項目が含まれているにもかかわらず、リーダーが週末や夜間に仕事のメールを送受しているようでは、チームのメンバーはコアバリューをうわべだけの規範と見なすようになる。ゆえに、リーダーは自らの行動によって、チームの全員がコアバリューに則って仕事をするよう導くことが大切である。 - コアバリューと相反する状況を看過しない
チーム内にコアバリューに反するような状況が生まれたら、即座に対処しなければならない。例えば、自社のコアバリューの一つに「他者を尊重する」という項目があるならば、チーム内のいじめや偏見、差別的な態度、あるいは他者を中傷するようなうわさ話を認めてはならない。
以上の3点を実践することで、チームリーダーは自社のコアバリューが、対外的な体裁を整えるというマーケティング戦略の一環として作られたものではなく、会社の信念であることを示すことが可能になる。
アイデア2: チームメンバーの貢献を承認する
Gallupの調査によると、ビジネスパーソンの69%は自身の努力が会社に認められていると感じたら、働く意欲が増すとしているという。その一方で、ビジネスパーソンの65%は仕事に対する自分の貢献が会社や周囲に認められていないと感じているようだ。
したがって、「報酬」の力を過小評価せず、チームメンバーの貢献に対してはボーナスやちょっとした感謝の印(たとえば、コーヒー券やチャットでの賛辞など)によって必ず報(むく)いることが重要であり、それによってチームに貢献しようとするメンバーの意欲を維持・向上することができる。
同様に、同僚の評価・承認もチームの各人の貢献意欲を刺激する。そのため、アトラシアンでは、同僚の貢献に対して他の同僚たちが感謝の印(しるし)をリモートから簡単に送れる仕組みを導入している。ここでいう感謝の印とは「ギフトカード」「プレゼント」のような小さな報酬を指している。
もっとも、Gallupの調査によれば、ビジネスパーソンの28%が、自分のチームのリーダーによる賞賛が、最も有意義で記憶に残る承認であるとしているという。ゆえに、チームのリーダーはメンバー各人の貢献・成果としっかりと把握しておくことが重要となる。
そのための有効な手段の一つは、リーダーとメンバーとの1対1(1 on 1)ミーティングだ。アトラシアンでは週1回の頻度でそれを行い、ミーティング時にはリーダーからメンバーに次のような質問をすることを推奨している。
- 今週における優先事項は何か?
- それはどのような作業なのか?
- 現在の気分(心の状態)はどうか?
これらの質問は、メンバーが抱えている懸念や突き当たっている障害を特定して対処するうえでも有効と言える。なお、どういった種類の報酬がメンバーの働く意欲を喚起するかがわからない場合には、本人に聞くのが最も有効で手っ取り早い方法と言える。また、それをメンバーに聞くことで、自分が大切にされているとの印象を与えることも可能になる。
アイデア3: チームメンバーの目標と会社の目標とをリンクさせる
Gallupの調査によると、ビジネスパーソンの半数は、会社が自分に何を期待しているかがわかっていないという。ただし、メンバーのエンゲージメントを高めるうえでは、各人のチームへの貢献が会社全体の目標達成や成功にどのようにリンクするかを明確に示すこと、ないしは、可視化することが重要となる。
そのためには、会社全体の目標の達成や成功に結びつけるかたちで、メンバー各人の目標を定めることが必要とされる。というのも、メンバー各人の目標達成が会社の目標達成・成功にどうリンクするかが明確でないと、各人が会社における自分の存在意義をつかむことができず、自分を機械の「歯車(はぐるま)」のような存在に感じてしまうリスクが高まるからである。そのようなことでは、チームのエンゲージメントレベルを高めること──すなわち、会社・チームへの貢献意欲を維持・向上させることは困難といえる。また、チームのメンバーに会社における各人の存在意義を示すうえでは、平凡な作業に思えるような仕事も、それが会社の成功にどうリンクするかを説明することも忘れてはならない。
なお、チームのメンバーに、会社における各人の存在意義を示す方法は数多くある。以下の3つはその代表例と言えるものだ。
- メンバーが担っている作業、ないしはプロジェクトと、会社の目標達成・成功とを明確に関係づける。それができない場合は、当該の作業・プロジェクトがそもそも必要なのかどうかを検討する。
- チームの全員が各人の仕事が最終的に誰の役に立っているのかを確認できるよう、会社や会社の製品・サービスに対する顧客の声・事例をメンバー全員と共有する。
- チーム横断、ないしは組織横断のプロジェクトをより多く立ち上げて、メンバー全員が他部門・他チームのビジネスの状況を把握し、組織における各人の能力の活かしどころを理解できるようにする。
いずれにせよ、この取り組みで大切なのは、チームの全員に対して、自分は大きなゴールをともに追求する共同体(=会社)の一部であると実感させることだ。そしてそれは、チームリーダーの責務なのである。
アイデア4: チームメンバーの心の状態をトラッキングする
企業における従業員の定着率や離職率、そして会社に対するエンゲージメントのレベルは、従業員の心の状態と密接に連動しているのが一般的である。したがってもし、チームのメンバーの心の状態に憂慮すべき傾向が見られたときには、彼らに何が起きているのかを点検し、自分にできることを検討して即座に実行に移すことが重要である。
チームメンバーの心の状態を点検することは、メンバーのエンゲージメントレベルを点検することと同義と言えるが、そのための有効な手法の一つは「仕事に対する満足度」「ワークライフバランス」「福利厚生」などに関する社内調査を実施することである。アトラシアンでは現在、「バイタルサイン」と呼ばれる社内年次調査を実施し、その結果を、従業員エンゲージメントを促進するための要素を洗い出すために使用している。
この調査には、次のような設問項目が含まれている。
- あなたのマネージャーは、仕事に対する、あなたのニーズを理解し、ニーズを満たすうえで必要なスキルの開発・獲得をサポートしているか?
- 今のチームへの帰属意識を持っているか?
- リスクを取ることに心理的な安全性を感じているか?
- 自分に会社が何を期待しているかを明確に理解しているか?
- 会社のエグゼクティブシップチームは、あなたの働く意欲を高める将来ビジョンを示せているか?
- あなたは、健全なワークライフバランスを維持できているか?
上記のような質問に対する従業員からの回答を受け取った際には、課題を整理して課題解決に向けた行動を即座にとることが必須である。
そうしなければ、従業員たちは、アンケートに答え、自分の抱えている課題を会社に伝えたにもかかわらず、会社から無視されていると感じるようになり、かえって欲求不満を募らせて会社やチームから離脱しようと考え始めるおそれが強まる。ところが残念なことに、Gallupの調査によるとビジネスパーソンの21.4%は、従業員アンケートの結果に対して雇用主やマネージャーは何もしようとしていないと見ているようだ。
また、従業員アンケートの集計結果は組織内でオープンに共有して、会社としての情報の透明性と説明責任を果たすことも従業員からの信頼性を確保するうえで大切である。その観点からアトラシアンでは、バイタルサインの結果を、Confluenceを使って全従業員と共有している。そのうえで各チームのリーダーが、Web会議を主催してチームとともに調査結果を確認し、質問に答え、懸念事項に対処している。
アイデア5: 一貫性を保つ
従業員エンゲージメントを高める施策は、会社のビジネスが好調なときに積極的に展開され、ビジネスが不調になり、危機に直面するとほとんど展開されなくなるのが一般的である。ただし本来的には、ビジネスの好調・不調とは関係なく、一貫性のあるエンゲージメントの施策を展開し続けることが大切であり、特に今回のコロナ禍のような事態の発生によって会社が混乱状態に陥ったときには、従業員エンゲージメントを中心にしながら対処の方策を打つことが望ましいと言える。
最近のGallupの調査によると、従業員エンゲージメント向上に熱心に取り組んできた企業は、2008年から2009年にかけてのリーマンショック不況のときよりも、今回のコロナ禍による打撃からの回復が総じて早まっているという。
したがって、チームが直面しているビジネス上の課題がどうあれ、エンゲージメントの維持・向上を優先課題とする姿勢を保つことが重要であり、それが将来的なチーム・会社の成長・発展につながっていくと考えるべきである。
従業員エンゲージメントは「バズワード」ではなく、企業経営の基礎を成すものだ。従業員のエンゲージメントレベルを高く保つことで「離職率の低下(定着率の向上)」や「生産性の向上」「欠勤の減少」といった経営効果へとつながっていく。さらに言えば、エンゲージメントを高める施策は、チームの状態を良好に保てるだけではなく、メンバーの楽しみや幸福感を生む施策でもある。ゆえに施策を展開する側の心の状態も良好に保てるという副次的な効果も期待できるのである。