アテンションマネジメントが必要とされる理由
次の二つの質問に、Yes(はい)またはNo(いいえ)で回答するなら、どうなるだろうか。
- やるべきことを、全て覚えておく自信が持てなくなっていませんか?」
- 小さな用事が脳裏に浮かんだ時、何をしていても、その小さな用事を忘れてしまわないよう、反射的にかたづけようとしますか?
私の回答はいずれも「Yes」である。
私は小さな用事を忘れてしまうことを極度に恐れるタイプの人間だ。それゆえに、例えば、「買い物リストに“ナッツ”を追加する」という些細な用事が脳裏に浮かぶと、大切な仕事を中断しても、そちらの用事を先に済まそうとする。同様に「娘のKindleに約束した本を送信する」など、小さな用事を思い出すたびに、それを済ますことに夢中になってしまう(実際、今日も3回ほど大事な仕事を中断して小さな用事を済ませた)。
こうした性分の方は、私だけではないはずである(きっと)。実際、現代人は、こうした「集中力散漫」とも言えるような行動を取るのが“くせ”になりやすい。
なぜならば、私たちの日々の生活は、何かをしている最中に何かに邪魔をされること、あるいは中断させられることが非常に多いからだ。例えば、仕事中にチャットの通知が来たり、テレワーク中に家族やルームメイトが周りをうろうろしたり、社会への不安を増幅させるようなニュースが目に入ってきたり、ネットで話題になっている出来事が気になったり...といった具合である。
このような中では、特定の時間において何に集中すべきかを強く意識して行動しないと、仕事において意味のある成果を上げることが難しくなる。
ここで、「そうした問題はタイムマネジメントをしっかりと行えば解決できるのではないか」と考える方もいるだろう。ただし、タイムマネジメントだけでは問題の抜本解決には至らない。というのも、カレンダーに記されたスケジュールの“テトリス”は、脳の機能の使い道を一つに縛る拘束力がないからである。言い換えれば、タイムマネジメントには、一つのモノゴトに集中するための精神面でのプラクティスが欠落しているのである。
そのプラクティスが「アテンションマネジメント」と呼ばれる、モノゴトへの集中をマネージする手法だ。これを使うことで、重要性の低い用事を意図的に脇に追いやり、より重要性の高い仕事に集中できるようになる。
このように言うと、アテンションマネジメントは、仕事の邪魔になる些事・雑事を排除するための手法に聞こえるかもしれないが、実はそうではない。作家でコーチングを手掛けるマウラ・トーマス(Maura Thomas)氏によれば、アテンションマネジメントにおけるテーマは、より重要性の高い仕事に集中するために、些事・雑事をどう排除するかではなく、それにどう対応すべきかを決めることであるという(下図参照)。
個人レベルのアテンションマネジメントの戦術には、自分の「TO-DOリスト(やるべきことのリスト)」を精査したり、仕事に集中しやすい環境を築いたり、「マルチタスク」をやめることが挙げられる。
では、こうしたアテンションマネジメントの戦術は、チームレベルの戦術へとスケールさせることは可能なのだろうか。また、組織レベルの行動原則として、アテンションマネジメントを取り入れることはできるのだろうか──。その答えは「YES」である。チームも、会社組織も、個人とほぼ同じアプローチによって、アテンションマネジメントを行い、チーム、あるいは組織全体の集中力を向上させることができるのである。
チームレベルのアテンションマネジメントがなぜ大切なのか
米国ペンシルバニア大学の研究者らによると、「創造的思考」と「問題解決」には、「想像力」と同じレベルで「集中力」が必要とされるという。というのも、斬新で有用なソリューションを生み出すには、創造的な思考が不可欠だが、その創造的な思考には、自らの想像力をしっかりと制御する作業が含まれているからだという。
この点について、同大学のある研究者は次のような説明を加えている。
「人の想像力は、問題の解決策(=ソリューション)をさまざまに生み出す原動力だが、想像力によって生み出したアイデアを実際に機能させるには、その実効性を入念に評価したうえで、必要な修正を施さなければならない」
そして、アイデアの評価と修正を行うには、集中して問題に取り組まなければならない。これを言い換えれば、ハイリスクな問題に取り組んだり、世の中に大きなインパクトを与えるソリューションを開発したりする際には、ほかのことに気を散らしてはならないというわけだ。
したがって、先ほど述べた、私の悪しき行動パターン──つまりは「大事な仕事の最中でも、脳裏に浮かんだ雑事・些事を反射的に処理しようとするような行動パターン」が、チーム全体に蔓延(まんえん)してしまう事態は避けなければならないのである。
また、大事な仕事に対するチームの集中を崩壊させるもう一つの因子として、難度の高い取り組みを無意識のうちに避けようとする人の厄介な習性がある。そして、この習性は、日々の仕事の忙しさを口実に、難度の高い取り組みを先送りにしようとする人の行動となってよく現れる。
例えば、ある会社(仮にZ社とする)が、ビジネススピードの向上を目的に、仕事の進め方をアジャイル型へとシフトさせる決断を下し、同社の経理部門も会社の決定に従ってアジャイル型への移行に着手したとしよう。
ご存知の方も多いと思うが、経理部門の仕事の進め方は伝統的に「ウォーターフォール型」であり、財務分析や保険数理、会計といった各領域のスペシャリストからスペシャリストへと作業が順番に(シーケンシャルに)流れていく。これをアジャイル型にシフトさせるというのは、異なる専門性を持ったスペシャリストたちがチーム(スクラムのようなチーム)を組み、密接にコミュニケーションを取りながら、それぞれが並行して仕事を進めつつ、一つの成果物をスピーディに作り上げていくようにすることを意味している。
このような働き方の転換はそう簡単に成しえるものではなく、かつ経理部門の定常業務は、会社の事業運営に不可欠な基幹業務であり、些細なミスや遅延は許されない。そこで、Z社の経理部門では安全策をとり、定常業務を従来型のスタイルのまま進める一方で、アジャイル型で作業を行う特別チームを編成して、そのチームに定常業務以外のプロジェクトを担わせることにした。このプロジェクト自体の重要性はさほど高くなく、成果物を出す期限にも相応の余裕があった。
そうした中で、部門の会計担当A氏は、いつものように財務レポートの作成業務に追われ、アジャイルチームに属していた同僚B氏の助力を欲しがっていた。一方のB氏は、アジャイルのプロジェクトに取りかかっていたものの、アジャイル型で仕事を進めることに難しさを強く感じていた。
このとき、A氏が財務レポート作成の助力をB氏に要請したとしたら、どうだろうか。おそらく、B氏はアジャイル型へのシフトという困難な作業を後回しにして、A氏の要請に喜んでこたえようとするはずである。理由は、先に触れたとおり、人は本能的に難度の高い取り組みを避けようとし、それを避けるための口実を無意識のうちに探しているからである。
そして、このようなことが、経理部門だけではなく、Z社のあらゆる部門で数週間にわたって繰り返されるとすれば、Z社の“アジャイル化”の試みは確実に後ろ倒しになる。その遅れが、結果として市場でのZ社の競争力を弱めることにつながるかもしれない。
アテンションマネジメントは、会社組織全体がこのような状況に陥るのを防ぐ手法と言える。また当然のことながら、何らかのプロジェクトを手がけるチームの集中力を高めるうえでも、アテンションマネジメントは効果的だ。
プロジェクトチームには、期日どおりにプロジェクトを完遂するというミッションがある。そのミッションを確実に遂行するには、アテンションマネジメントの手法を取り入れ、ミッションの遂行を阻む他チームからの要請(助力要請など)を切り捨てたり、要請への対応を後回しにしたりすることが必要になるのである。
もちろん、同じ会社の同僚たちの頼みを断るというのは感情的にはなかなか難しいことだ。だが、アテンションマネジメントによって自らを律すれば、それは決して不可能なことではない。