アトラシアンには、働き方改革のエキスパートが多くいる。その一人が、ワーク フューチャリストのドム・プライス(Dom Price)だ。彼は企業組織のリーダーに向けて、変革のためのメッセージをコラム形式で発信し続けている。この連載では、そのエッセンスをお伝えしていく。

「ビジネスではコラボ、学校では不正行為」の不思議

ここに、同じ職場で働く2人のスタッフがいるとする。この2人が、仕事の中で協力して問題の解決に当たるとき、私たちはそれを「コラボレーション」と呼ぶ。ところが、学校の子どもたちが、試験問題を解くときに同じことをすると「不正行為」と非難される。

「試験だから、当たり前だ」と言う方がいらっしゃるかもしれない。だが、本当にそうだろうか。子どもたちの将来にとって、独力で試験の点数を上げることに、どれほどの価値があるのだろうか。

たとえば、「世界経済フォーラム2018」のレポートによれば、将来的に必要とされる仕事上のスキルは10のスキルに集約できるという。その中の3つはコラボレーションに関係するもので、1つは「複雑な問題を解決するスキル」、もう1つは「人に影響を与えられるスキル」、残る1つは「アイデア創出のスキル」である。

世界経済フォーラムのレポートでいう「将来」とは、2022年から2025年ごろの近未来を指している。とすれば、この近未来に新社会人になる若者たちは、現在の中学生か高校生である。その将来ある子どもたちに、コラボレーションによって問題を解決することを禁じること自体が誤りであるように思える。

チームスポーツとしての問題解決

いくつかの例外はあるが、現代社会では、仕事上の問題を独力で解決しようとするのは避けたほうが無難だ。今日の組織が直面している問題は極めて複雑だからである。だからこそ、およそ90%の企業が、あらゆる問題をコラボレーションによって解決しようとしている。

したがって、自分の子どもがアインシュタイン級の大天才でない限り、問題への答えを一人で考えさせずに、他者との協力によって答えを出させるようにすることが大切である。また、このようにしてコラボレーションそのものに関するスキルを、中学校、あるいは高校のうちから鍛え上げることで、米国大学で新入生たちを震え上がらせているグループプロジェクト”も、それほど恐ろしいものではなくなるはずである。

もっとも、米国の中学・高校の教育にも一筋の光明が見える。それは、科学の教育が「STEM(科学・技術・工学・数学)教育」に置き換えられようとしている点だ。

伝統的な科学の教育は、個々人が科学の法則を習得することに力点が置かれていた。だが、STEM教育では、生徒たちがチームで課題に取り組むことが奨励されている。ときには、課題解決に教師の助けを借りるのも“アリ”だという。そんなことは、私が学んでいた頃には、絶対にありえなかったことである。

他者への影響力を身に付けるには

コラボレーションとは、決して“コンセンサス”作りを意味するものではない(コンセンサスが自然に生まれたのであれば、それはそれで良いことだが)。コラボレーションの場では、大抵の場合、グループ内で個々人のアイデアがぶつかり合う。その中で、もし自分のアイデアがベストだという確信があれば、それを周囲に認めさせ、反対意見を持つ人間を自分のアイデアにコミットさせるスキルが必要とされる。それが、世界経済フォーラムのレポートでいうところの「人に影響を与えられるスキル」であり、コラボレーションの中でリーダーシップを発揮するための能力と見なすこともできる。

このリーダーシップが発揮できるかどうかは、会社での職位よりも個々人の行動によって左右される。したがって、組織階層においては最下位層の地位にあるとしても、説得力のある方法で、自分のアイデアを訴求できることが望ましい。

もちろん、何に対して魅力を感じるか、どんな言葉に感銘を受けるかは人によってさまざまである。したがって、人を説得する際には、相手のことを理解し、どうすれば、その人の心にリーチできるかを知っておく必要がある。

このような、「人の感情に関するインテリジェンス」は簡単に獲得できるものではなく、それには相応の時間がかかる。ただし、子どもたちには時間があり、見知らぬ誰かと遊んだり、一緒に仕事をしたりするチャンスが多くある。そのチャンスを有効に活用することができれば、コラボレーションの中で人を説得する能力や、人と協調して問題を解決する能力を磨いていけるはずである。そして理想を言えば、子どもの創造性や柔軟な発想力、そして交渉力を高めるために、異なる視点やバックグランド、経験を持った人と接する機会を多く持たせるべきである。

大切なのは親たちの柔軟性

単純な問題への答えはすでに出ている。明白な答えを出すためのソリューションは、もはや時代遅れと言っていい。だからこそ、新しく、独創的なアイデアの価値がますます高くなっており、それを生むためには、幅広く、多様な人生経験と、それによって培われた柔軟な発想、視点が求められている。

ところが、米国には大学のブランド名にこだわる親たちが相当数いて、そうした親たちは、こぞって子どもたちを画一的な教育のレールの上に乗せて走らせようとしている。それが残念でならない。

子どもたちの可能性を伸ばしたい、成長の機会を与えたいと思うのであれば、親たちはもっと柔軟であるべきだ。実際、子どもたちが、社会人になるころには、特定分野の深い知識よりも、新しいアイデアを生むのに必要な、物事に対する広範な経験・知識のほうが大切になる。ゆえに、子どもたちが、さまざまな物事に興味・関心を持ち、それらの探索を進めるのは、将来を見据えた正しい行為と言える。ところが、今日の米国社会では、それがまるで悪い行為のように言われることが間々ある。理由は、自分の子どもがレールから外れることを恐れる親たちが、探索を遮ろうとするからである。

子どもの将来を思えば、そんなことはあってはならない。コンピュータがこれだけ発達しているのだから、「数学の成績なんてどうでもいい。それよりも学ぶべきことはたくさんある」といった柔軟な考え方で、子どもの成長を助けるべきではないだろうか。事実、世界経済フォーラムのレポートは、『近未来の雇用主は、学校での数学の成績なんて気にとめない』ということを示唆しているのである。


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