MGVsワイナリーは、山梨県にある半導体製造会社が2017年春に立ち上げたワイナリーだ。半導体製造とワイン生産──。一見、無関係に思える両者だが、“ものづくり”に賭ける思いには共通するものが多いという。とはいえ、半導体しか作ったことのない企業がワイン造りに挑むのは、常識的にはあり得ないような話だ。その挑戦をいかに成功への軌道に乗せたのか。MGVsワイナリー代表取締役の松坂浩志氏と、アートディレクションを手掛けたエムテド代表取締役の田子學氏に話を聞いた。

緩やかに変化する事業で長期的な人材育成を

2017年4月、山梨県甲州市勝沼町に新しいワイナリー「マグヴィスワイナリー(MGVsワイナリー)」が誕生した。代表の松坂浩志氏は、半導体ダイシング加工や裏面加工を手掛ける塩山製作所の代表取締役社長でもある。

画像: 山梨・勝沼町にあるMGVsワイナリー。半導体関連会社が立ち上げた異色のワイナリーなのだ

山梨・勝沼町にあるMGVsワイナリー。半導体関連会社が立ち上げた異色のワイナリーなのだ

同氏の実家は、明治時代から続くブドウ農家で、松坂氏も委託でワインを造るほどのワイン好きだ。それがワイン事業への進出を決めた理由の一つだが、理由はそれだけではない。地域での人材育成に対する思いが、ワイナリー立ち上げの大きな動機付けになったという。

1998年に塩山製作所の社長に就任した松坂氏は、就任以来、半導体事業の変化の激しさを目の当たりに、苦しめられてもきた。

「半導体事業は変化のサイクルが非常に短くなっています。かつては15年周期でしたが、今日では5年周期。変化の周期がこれだけ短くなると、長期的な視点に立って人材を育成することが難しくなります。育成によって蓄えた技術力がすぐに陳腐化する恐れがあるからです。とはいえ、半導体業界のトレンドに追随しなければ、人を雇用し続けることすらできなくなり、ライフサイクルが短いと知りながらも、新しい技術をどんどん吸収しなければなりません。経営トップとして、そうした状況に問題意識を持っていましたし、地域の人材を長期的に育成するという点でも半導体事業に限界を感じていたのです」

こうして同氏は、トレンドの変化がより緩やかで、獲得した技術や育成した人材の力が無駄にならないような事業を探し始めた。その結果として行き着いたのが、自分が愛好するワインの事業だった。

「この結論に至ったのは2015年ごろのことで、ワイン事業への進出を決意すると同時に、山梨にある半導体工場の大部分をワイナリーにして、半導体事業についてはコアの部分だけを日本に残す方針を固めました」と、松坂氏は振り返る。

画像: MGVsワイナリーの松坂浩志代表

MGVsワイナリーの松坂浩志代表

工場の遺伝子がブランディングに新鮮味を与える

こうしてワイン造りに乗り出した松坂氏だったが、当然、塩山製作所にはワイン造りに必要な機材はそろっていない。また、自社ブランドの商品を販売するに際しては、ブランディングや商標など、半導体事業とは異なるジャンルの知恵も必要になっていた。

そこで同氏は、ワイナリーのアートディレクション担当として株式会社エムテドの代表取締役でアートディレクター/デザイナーの田子學氏に声を掛けた。田子氏は松坂氏が語る「地域に根差した長期成長戦略」の考えに共感し、参画を決めたのだという。

田子氏が共感した「地域に根差した長期成長戦略」とは、ワイン造りに関して徹底してローカル性にこだわり、それを差別化の源泉として、世界と戦い、長期的な成長を成し遂げるというものだ。この戦略の下、MGVsワイナリーでは、使うブドウを勝沼で古くから栽培されてきた日本固有品種に限定し、所有する畑もすべて山梨県内に置いている。

「そんなMGVsワイナリーのブランドを考えるにあたり大切にしたのは、気軽に誰でも楽しめるイメージ作りであり、空間の演出です。日本の一般的なワイナリーは、どことなくハードルが高く、かつ、入った途端に何かを買わなければならないような雰囲気がありますが、そうではなく、MGVsワイナリーに訪れたすべての人にワイナリーという空間自体を楽しんでもらい、かつ、興味を持ってもらいたいと考えました」(田子氏)

田子氏がこだわったことはもう一つある。それは、半導体工場としての歴史、あるいは遺伝子(DNA)をMGVsワイナリーのブランディングに生かすことだ。

例えば、MGVsワイナリーのラベルデザインはアルファベットと数字の組み合わせで商品名を表しているが、この発想は半導体製造のロット番号からきている。具体的には、最初の「K」と「B」はぶどうの品種(Kが甲州、BがマスカットベリーA)を示し、次の1桁目の数字がブドウの収穫地を、そして、2桁目は仕込み・原料処理方法を、そして3桁目は製造方法を表しているという。

「こうすることで、ラベルを一目見ただけで、ブドウの種類や産地、造り方が分かります。これにより、ワインを買う側は、自分が美味しいと感じたワインの産地や製法を知ることができ、勉強になるでしょうし、ワインを味わうときの楽しみも広がるはずです。こうしたネーミングの合理性は、これまでのワインのラベルにはなかったもので、MGVsワイナリーが工業系の思想を持った半導体製造工場だったからこそ生まれたものです」(田子氏)

田子氏は、ワイナリーの内装や庭にも、半導体工場のなごりを意図的に配置している。ワイナリーの床や什器には、半導体製造工場で使われていたアルミの床材やパイプ類を再利用し、ワイナリーの外にあるタンクも、半導体製造で使っていたものなのだという。

画像: エムテドの田子學代表

エムテドの田子學代表

異業種への参入で生まれた相乗効果

半導体工場としての歴史は、MGVsワイナリーのブランディングだけに生かされているわけではない。松坂氏によれば、ワイン造りも、半導体製造も、“ものづくり”のベースの部分は「ほとんど同じ」で、温度コントロールや配管設備のメンテナンスなど、半導体の生産管理/品質管理で培ってきた経験・知見はそのままワイン造りにも生かせるという。

実際、MGVsワイナリーにおいて、ワイン造りに直接かかわっているメンバーは8人だが、そのうち、外部から招聘したのは、醸造責任者と栽培ディレクターの2人だけ。それ以外の人員は、すべて塩山製作所の従業員で構成されている。

言うまでもなく、塩山製作所からのスタッフは全員が、ワイン造りの未経験者である。それぞれが、実地経験を通じてワイン造りのイロハを吸収する一方で、半導体製造で培ってきた技術者としての力が生きる場面も多くあったという。

例えば、塩山製作所でマイコンの回路を作っていた醸造担当者は、かつての経験を生かして温度コントローラーなどのマイコンを自作した。今では、ワイン造り用のコントローラーが欲しいという会社からの相談窓口も担当しているという。

また、松坂氏自身も、エンジニアとしての力量を生かしてワイナリーの立ち上げに貢献している。

「ワイナリーには、テイスティングサーバを設置したほうがいいのですが、購入すると1台で500万円もするので、私自身は導入を具申することにためらいがありました。ところが、社長が自らテイスティングサーバを自作して問題をあっさりと解決してしまったのです。このときには、エンジニアのすご味を感じました。他のワイナリーでは考えられないことです」(田子氏)

さらにMGVsワイナリーでは、大学・企業と組んだ鮮度保持フィルムの共同研究をはじめ、複数の企業・団体との共同研究も進めている。

「こうした動きによって、ワイン事業の中でもマイコンを利用した装置製作の依頼も増え始めています。つまり、ワイン事業と半導体事業との間に、予想外の相乗効果が生まれているわけです。また、半導体業界では当たり前のようにやっていたことが、ワイン造りにおいては斬新との話もよく聞きます。業界の中にいるとなかなか気付かないのですが、外に飛び出して、異なる角度から自分たちの業界をとらえると、まだまだ伸びしろがあることに気付かされますね」(松坂氏)

今後の展望について松阪氏は、「勝沼の土地を、いかに後世に引き継いでいくかが重要です」と語る。

「日本には、経済成長のために自然を破壊してきた歴史があります。こうしたやり方を見直し、根本から変えることで、景観はもちろん、土地も浄化できるでしょう。その上で後世にしっかりと引き継いでいく──。それが我々の役割だと思っています」(松坂氏)

画像: ワイナリー外観

ワイナリー外観

松坂氏が、こうした考えに至った背景には、フランス産コニャックを醸造する、あるオーナーの息子からの影響が大きいという。

「彼から、こう言われました。『コニャックは50年熟成させるもの。だから自分は、祖父が仕込んだコニャックを販売し、孫のために仕込みをしています』と。この言葉には大変感銘を受け、ワインの事業も勝沼の土地も、世代をつないで守っていかなければならないと教えられました」(松坂氏)

産地の育成のためには、ワイナリー全体のレベルアップが欠かせない。その一環として、勝沼では大手ワイナリーが研究成果をすべて公開しており、それぞれが栽培や醸造などに生かしているという。

「私たちも含めて、ワイン造りに携わる全員がいろいろなことを考えています。ワイナリーや企業、教育機関が、チームを組んで共同研究ができる枠組みが今以上にできるようになればいいですね」と、松坂氏は期待を込めて語った。

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