本稿の要約を10秒で
- AIは私たちの日常生活の中に自然に溶け込んでいる。
- AIには仕事を大幅に効率化し、コラボレーションを合理化する可能性がある。
- その可能性に対する理解を深めるために、ChatGPTの開発元であるOpenAIのリーダーとアトラシアンのAIエキスパートに、企業におけるAI活用の現状や活用の好例などを尋ね、そのポイントをまとめた。
- AI活用を成功へと導くうえではスモールスタートで活用を始めることが重要である。
日常に溶け込むAI
AIは私たちの日常生活に自然に溶け込んでいる。1997年に当時のチェスの世界チャンピオンに勝利したIBMのAIシステム「ディープブルー(Deep Blue)」(参考文書(英語))のような偉業で注目を集めたり、ネットフリックスのレコメンデーションエンジンに力を与えたりと、AIの影響力はデジタル社会の舞台裏を支えるアルゴリズムから、私たちの日常的なコミュニケーションの中心で活躍するプレーヤーへと広がっている。
AIは私たちの仕事にも大きな変革のうねりを巻き起こしつつある。
例えば、ソフトウェアエンジニアリングチームのリーダーたちは近い将来、生成AIの活用によってソフトウェア開発の生産性を大幅に高められると期待している。実際、開発におけるルーチンワークを生成 AIに代行させることができれば、開発者はビジネスロジックやアーキテクチャ、メンターシップといったコアの領域に集中できるようになる。
アトラシアンが築こうとしている開発のフローについてはこちらを参照されたい。
AIによって仕事が変化するのはソフトウェアエンジニアリングのチームだけではない。
マーケティングチームは、営業担当者と顧客との対話からマーケティング上のテーマをAIで自動的に収集・集約できるようになるはずだ。また、複数のプロジェクトをマネージするプログラムマネージャーは、 AI と自動化とを組み合わせ、タイムラインの設定や各プロジェクトのロードマップの設定を効率化できる。さらに、チームリーダーは、成すべきことがぎっしりと書かれたページのサマリーをAIで自動生成し、エグゼクティブリーダーと共有することが可能になる。
こうした変革をより深く理解するために、アトラシアンのアジャイル& DevOps チームは 2 人の AI エキスパートによる対談を催した。
この対談に臨んだ1人は、アトラシアンで AI活用の陣頭指揮を執るグループプロダクトマネージャー、ステイシー・ロウ(Stacey Law)(参考文書(英語))だ。もう1人は、「ChatGPT」の開発元であり、生成 AI のパイオニアとして知られる OpenAI のリーダー、コリン・ジャービス(Colin Jarvis)氏(参考文書(英語))である。両者はともに、先端技術の開発とデータモデルの活用において数十年の経験を有している。
アトラシアンWORK LIFE編集部では今回、ジャービス氏とロウに対して大きく以下の3つの質問を投じた。
- 企業においてAIはどのように活用されているのか?
- AIは組織内の個人やチームにどのような影響を及ぼしているのか?
- 今後、AIによってどのような変化が引き起こされると予想するか?
以下、これらの問いに対する2人の答えから、5つの重要なポイントを抽出して紹介する。
ポイント①
企業の経営層はAIを人間の代替ではなく
スキルアップに活用したいと考えている
ジャービス氏とロウはともに、企業の経営層とAIの活用方法についてよく意見を交わしている。それを通じて明確になった1つは、経営層の多くがAIを従業員の代替ではなく、スキルアップの道具として活用しようとしていることだ。
ジャービス氏とロウによれば、経営層は従業員が組織を離れ、貴重な知識を持っていくことを恐れているという。それと同時に彼らは、あらゆるレベルの従業員のスキルアップを急務と感じている。ゆえに、多くの経営層は、AIを貴重な知識を獲得して労働力を強化するためのツールととらえ、その有効活用を図っているのだ。
ここで、ジャービス氏とロウの話をもとに従業員のスキルアップに役立つAIの活用例をいくつか紹介しよう。
- 検索で使う用語や用語の定義を改善し、AIが洞察や知識をより迅速に従業員に提供できるようにする。
- AIを使い、メモをもとに特定の書式やプロジェクト用のページを自動生成するといった作業例を従業員に示す。
- AIを使い文章を改善したり、語調を調整したりする。
- AIを活用し、JQL(※1)やSQLといったテクニカルな問い合わせ言語ではなく、自然言語を情報の検索に使えるようにする。
※1 JQL:「JIRA Query Language」の略称。アトラシアンのアジャイルプロジェクト管理ツール「Jira」で特定の課題を検索するために使われる問い合わせ言語(参考文書)。
ポイント②
生成AIは人間の能力を補強する
ChatGPTに代表される「生成AI」は比較的新しいAIの技術だ。それでも多くの企業がそれを導入し、活用している。
ジャービス氏とロウによれば、彼らがこれまで見てきた生成AI活用の好例は、生成AIが人間をサポートし、能力を補強することで、彼らが行ってきた作業の品質と生産性をともに高めることだという。
実際、優れた生成AIには、調査やマーケティングキャンペーン、カスタマーサポートなど、さまざまな仕事をより効率的、かつ効果的にする可能性がある。
そうした可能性を最大限に生かした生成AI活用の好例として、ジャービス氏は、ある企業(仮にA社と呼ぶ)が、カスタマーサービス担当者(以下、エージェント)の顧客対応を支援する「AI副操縦士 」を開発したケースを挙げる。
このAIアプリケーションは、PC画面上の小さなウィンドウとして提供される仕組みだ。エージェントが対応している顧客の関連情報をすばやく収集して表示したり、「次善の策 」を提案したりする機能を備え、エージェントはそれらの機能を自身のワークフローに簡単に組み込むことができる。この仕組みのおかげで、A社は次のようなメリットを手にしたという。
- エージェントたちは顧客をより適切にサポートできるようになり、顧客をイラつかせたり、イラだった顧客に対応したりするストレスが減った。結果として、エージェントたちの働く満足度は大幅に向上した。
- エージェントから適切な情報をすばやく入手できるようになったことで、顧客満足度が向上した。
- エージェントの処理能力が向上したことで、カスタマーサービスのサービスコストが24%低減された。
ポイント③
AI はコラボレーションを合理化する可能性を秘めている
AI には、チーム内、あるいはチーム間のコラボレーションを変革できる可能性も大きくある。例えば、ある企業(仮にB社と呼ぶ)では、 生成AI を活用してマーケティング要旨ジェネレーターを開発した。
これは、マーケターがマーケティングのビジョンを入力すると、ジェネレーターがビジョンにもとづく一連の質問を行い、マーケターがそれに回答することでマーケティング要旨が自動生成される仕組みだ。
この仕組みは、マーケティングキャンペーン用のアイデアや素材を自動生成する機能も備えている。いうまでもなく、アイデアや素材の生成はコンピューター(AI)が行うので、そこに時間的な制約はなく、任意のタイミングでいつでもアイデアや素材を生成させられる。また、アイデアや素材を作らせるコストはゼロに近い。加えて、生成されたアイデアをもとに別のアイデアを想起したり、修正したり、破棄したりすることも自由に行える。
こうした生成AIの活用は、マーケティングチームのクリエイティブプロセスを合理化するうえ大きな効力を発揮するものといえるだろう。
さらにロウは今回、コラボレーションの合理化に向けたAI活用の方法について、エキサイティングなアイデアを披露した。それは、以下に示す4つのステップから成るコラボレーション(プロダクト開発チームにおけるコラボレーション)のアイデアだ。
ステップ① アトラシアンのデジタルワークスペース「Confluence」(参考文書)のようなツールを使い、新規プロダクトに関するブレインストーミングやアイデア出しを行う。
ステップ② AIを使ってアイデアを整理し、プロダクト要件を記した文書を生成する。
ステップ③ AIを使い、文書化したプロダクト要件を、例えば、Jiraの「ストーリー(=エンドユーザーに届けたいプロダクトの価値を機能・作業単位でまとめたもの)」と「受け入れ基準」へと変換する。
ステップ④ AIを使い、その情報をプレゼンテーション資料へとすばやく変換する。
プロダクト開発チームは、上記の各ステップでAIが作成したものを評価して修正・改善することができる。AIはそのプロセスを強化し、迅速化する役割も担える。
さらに、組織を跨いだコラボレーションを強化するうえでは、AIを「翻訳者」として使うのも有効だ。これはあまり知られていないが、AIは、特定の分野、ないしは機能によって作成された文書を、別分野、あるいは別機能の言語に翻訳する能力が非常に高い。
その能力を生かせば、高度で難解な技術文書を、技術の専門家ではないマーケティングや営業の担当者でも理解できるようなシンプルでわかりやすい文書に翻訳することが可能となる。これにより、組織を跨いだ情報の共有とコラボレーションが効率化されることになる。
ポイント④
小規模でシンプルなユースケースは
大きなインパクトを持ちうる
「ワークフローにAIを取り入れる」という文言を聞いて「大がかりな変革」をイメージする人は多い。ただし、先に触れたAI副操縦士の例のように、組織・チームに大きなプラスのインパクトをもたらすAIアプリケーションは、比較的シンプルなものであることが多い。
また、あるAIのエキスパートは、実効性の高いAIの使い方として「会議やタスクのサマリー作成に使う」というシンプルなユースケースを挙げている。
さらに、会議を含む組織・チーム内のコミュニケーション内容やチーム内タスクに関する情報をセルフで確認できる仕組みとして生成AIを活用すれば、組織・チームのメンバーは、他のメンバーに対して幾度もフォローアップの質問をしたり、別のタイムゾーンにいるチームメイトの返答を待ったりする必要がなくなる。
こうした回答入手のセルフサービス化や情報のサマリー作成の自動化によって、組織の従業員各人が節約できる時間は1日当たり数分程度でしかないだろう。ただし、組織内の全員が1日数分の節約ができれば、節約の総和はかなりの時間になるはずだ。さらに、それを1年間で換算すれば組織全体で節約できる時間は相当の長さになる。つまり、AIによるシンプルで小さな変革は、大きな成果につながりうるということだ。
エキスパートが説くAI活用のコツは「小さく始めて大きく育てる」
ジャービス氏とロウはともに、AIの活用を考えている個人や組織に対して「とにかく始めてみることが大切」とアドバイスする。また両者は、AI活用の構想を練るうえでは、次の質問への答えを見い出す必要があると説いている。
- AIなしではありえないこととは何か?
- AIが登場する以前から可能だったが、非常に困難だったことは何か。なぜAIは、困難なことを簡単にできるのか?
例えば、以前は、長時間の動画を短いクリップに編集するのに何時間もかかっていた。しかし、AIが支援するビデオ編集では、専門家でなくとも、わずか数クリックでさまざまなクリップとキャプションが生成できる。
ジャービス氏とロウは、企業で働くすべてのチームに対して、このような大きく大胆なアイデアを検討しながら、可能な限り小さなテストから始めるようアドバイスしている。そのテストを重ねて経験を積み上げ、学び、反復し、改善する。そして、それらのテストで成果を上げられた際には、一挙に規模を拡大して実行するのが成功への近道であるというわけだ。
AIを巡っては、いまだに多くの懸念がある。ただし、アトラシアンではAIの将来を楽観的にとらえており、この技術は最終的に私たちのワークライフをより良いものに変えてくれると信じている。AIは間違いなく仕事をより簡単にし、チームの創造性と生産性を高め、プロセスを合理化し、コラボレーションを改善してくれるはずである。果たして、AIによって次に何が起こるのか──それが楽しみでならない。