「Asahi Kasei DX Vision 2030」の達成に向けて、デジタル変革を推進中の旭化成グループ。その取り組みが評価され、経済産業省が東京証券取引所、情報処理推進機構(IPA)と共同で実施する「DX銘柄」に、2021年から3年連続で選定されている。ターニングポイントとなったのは2021年から実施している4つの施策で、それをリードするのが2020年7月に日本IBMから旭化成にジョインした久世 和資氏だ。歴史ある日本の製造業にアジャイルの発想を持ち込んだ久世氏に、旭化成のデジタル共創戦略について伺った。

旭化成株式会社
取締役 副社長執行役員
研究開発・DX統括
久世 和資 氏

1987年、筑波大学大学院工学研究科コンピュータサイエンス修了。日本IBM株式会社に入社し、東京基礎研究所にてプログラミング言語やソフトウェアエンジニアリングの研究領域をリード。2005年に日本IBM執行役員となり、東京基礎研究所所長、システム開発研究所長、サービスイノベーション研究所長、未来価値創造事業部長などを経て、2017年より最高技術責任者(CTO)。2020年7月、執行役員エグゼクティブ・フェローとして旭化成株式会社に入社。21年4月、専務執行役員 兼 デジタル共創本部長。24年4月より現職。工学博士。

デジタルの力で組織間の壁を超えていく

──早くからデジタル戦略に取り組んでいる旭化成さんですが、2020年に入社されたときの印象はいかがでしたか。

正直、かなり進んでいて驚きました。旭化成のDXへの取り組みは2015年頃から始まっています。きっかけとなったのは、マテリアルズ・インフォマティクス(MI)です。これはAIや機械学習により素材の研究・開発を効率化する手法で、米国では当時すでに成果も出始めていました。そこで旭化成も専門チームを立ち上げ、MIの研究開発と人材育成に着手。また、生産・製造系の取り組みとして、IoTの活用や工場情報管理プラットフォーム開発もスタートしています。

高機能・高品質なプロダクトを作り続けてきた日本の製造業は、ITやデジタルに対する意識が低い傾向にありました。創業100年を超える旭化成も例外ではなく、その現場にDXを根付かせるのは、相当大変なことだったと思います。だから、まずは推進役のリーダーたちが研究所や工場に密着し、小さなDXチームをつくるところから始めたそうです。そこで生まれた成功事例を他のチームや部門にも広げることで、多くの現場にデジタル活用の機運が醸成されていったのです。

──すでに現場のデジタル化が進むなかにジョインして課題に感じたことは何ですか

第一に、情報発信がされていないこと。現場でこれだけ素晴らしいことをやっているのに、そのことが社外はもとより、社内でも、ほとんど知られていなかったのです。また、この取り組みを全社にスケールさせていくには、社内体制の整備や強力なデジタル人材の育成も必要だと感じました。

全社に浸透を図る上での課題となった1つが組織間の壁です。旭化成は、マテリアル、住宅、ヘルスケアの3事業を柱としています。この3事業間の壁に加えて、各事業の中でも事業本部、さらにその下の事業部と細分化し、組織内の情報やデータはなかなか外に出てこない。内部で囲い込んでしまうようなところがありました。この縦割りの企業風土を変えていかないと、全社のデジタル変革は進まないと考えました。

──それらの課題解決に向けた取り組みを教えてください。

私たちがやろうとしているのは、デジタルの力で壁を壊し、乗り越え、進んでいくこと。これを実現するために、まず全社デジタル変革の内容を4つのフェーズに分けたロードマップを作成しました。以前からの取り組みを現場へ導入する「デジタル導入期」とし、それを横展開する「デジタル展開期」(2020年度~)を経て、「デジタル創造期」(2022年度~)、「デジタルノーマル期」(2024年度~)へとつなげるものです。2024年度はちょうど最後のフェーズに入る年で、現在まさに“全従業員がデジタル活用のマインドセットで働く”アジャイルな組織を目指している真っ最中です。

全員参加型DXのエンジンとなる4つの施策

──全社に向けたデジタル変革が大きく動き出したのは、2020年度からの「デジタル展開期」ですね。ここではどのような施策を実施されたのでしょう。

DXを会社全体に広げる要は「人」「データ」「組織風土」です。そこで、これらの変革を軸とした4つの施策を講じました。1つは「デジタル共創本部」の設置です。また2021年1月には、共創を根付かせるための拠点としてデジタル共創ラボ「CoCo-CAFE」をオープンさせました。5月には「Asahi Kasei DX Vision 2030」を策定しています。さらに6月からは、グループ全社員のDX教育として「旭化成DX Open Badgeプログラム」(以下、オープンバッジ)の運用を開始しました。

「デジタル共創本部」は、グループ全体でDXを加速させることを目的に、2021年4月に設立した新組織です。これまで複数に分散していた研究開発本部のDX組織、生産技術本部のDX組織およびIT統括部を一堂に集めることで、人材や機能を集約しました。また、CX変革推進センターと「Asahi Kasei Garage」推進部の2つの新チームも加わり、当社のデジタル共創戦略の中心役を担っています。

「Asahi Kasei Garage」とはデザイン思考とアジャイル開発のアプローチを取り入れて新たな価値創出や課題解決を図る、事業部横断の活動プログラムです。もとはIBM社の「IBM Garage」を適用したアジャイル開発の手法ですが、旭化成ではさまざまな事業領域における製品やサービス、価値共創に活用しています。

──その共創の場となるのが「CoCo-CAFE」ですね。

画像1: 旭化成のデジタル共創戦略にみる、アジャイル経営への挑戦と製造業DX

はい。マーケティング、R&D、生産技術各部門のデジタル人材が集結するラボとして、また社内外との交流により共創を生み出すためのオープンスペースとして「CoCo-CAFE」を開設しました。実際にここで働く若手プロジェクトメンバーが主導してプランニングし、家具やレイアウト、ネーミングも彼らのアイデアから生まれたものです。「CoCo-CAFE」の名称には、Communication & Concentration - Creative, Agile, Flexible, and Evolvingの意味が込められています。

──ここでもアジャイルを意識されているのですね。

私自身、前職のIBMでアジャイル開発に携わっていた経験から、製造業にもアジャイルの発想が必要だと感じていました。経営のアジャイル化を進めるためにも、まずは現場のDX推進が重要だと考えたのです。それには、DX人材の育成が先決です。そこでスタートさせたのが、オープンバッジプログラムです。

オープンバッジは、全員参加型のデジタル変革を推進するために開講したDX教育プログラムです。国内外4万人の全従業員を「デジタル活用人材」として育て、さらにその中から2500人を「デジタルプロフェッショナル人材」にすることを目標に、5段階のレベルに分けて認定しています。

全社員が受講することを推奨しており、そのために最初は社長や会長から受講してもらいました。とはいえ、やらされ感のある強制的なプログラムでは意味がないので、社員が自主的に学びたくなるようカリキュラムにこだわっています。教材もすべて各部門の責任者が作り、現場で実践できる内容を心がけました。現在までにレベル1のバッジ取得者数は2万7938人(2023年11月時点)で、全社員の約67割が受講した計算になります。

──そうした取り組みの先に目指すビジョンとして、「Asahi Kasei DX Vision 2030」を発表されています。策定の経緯を教えていただけますか。

「Asahi Kasei DX Vision 2030」は、旭化成グループがDXで進むべき方向性を明らかにするために、2021年5月に完成しました。その取り組みは、2020年12月の「DXビジョン検討合宿」から始まっています。この合宿には、副社長以下役員から経営企画、人事、広報、事業部、マーケティング、デジタル部門のリーダーが参加。その後も、現場の若手を含めたミーティングやワークショップを何度も重ねてきました。そうして最終的に完成したのが「私たち旭化成はデジタルの力で境界を越えてつながり、“すこやかなくらし”と“笑顔のあふれる地球の未来”を共に創ります」というビジョンです。

総勢200名近くの社員を巻き込んで進めてきたので、その想いやアイデアをまとめるのは大変でした。一方で、多様なメンバーを集めることで組織を横断するネットワークも生まれました。全員参加型のDXを進めるにあたって、このプロセスは重要な役割を果たしたと思っています。

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