本稿の要約を10秒で
- 世界のナレッジワーカーの5割近くがフルタイムのリモートワーク、ないしはハイブリッドワークを行っている。
- リモートワーク、あるいはハイブリッドワークへの移行でパフォーマンスが低下してしまう大きな要因の1つは非同期コミュニケーションがうまく行えていないことにある。
- 非同期コミュニケーションの効率性や効果を高めるうえでは、そのためのノウハウを知っておく必要がある。
非同期コミュニケーションが柔軟な働き方を支える
私の暮らす街は米国カンザス州にある。一方、アトラシアンのマーケティングチームでともに働く同僚の1人は、私の自宅から約300マイル離れたミズーリ州セントルイスに居を構えている。実のところ、私の同僚の中で、その人の自宅が私の自宅から最も近い。また、2人の住む場所はともに、最寄りのアトラシアンのオフィス(テキサス州オースティン)から500マイル以上離れている。
言うまでもなく、私たちのチームはフルタイムのリモートワーカーで構成された典型的な分散型のチームだ。働く時間もメンバー各人が柔軟に設定できる。例えば、このコラムを執筆しているいまの時刻は(米国中部標準時間で)午後6時46分だが、今日の午前中はプライベートのバーレッスンに時間を費やしていた。
このように働く場所と時間の自由度が高い分散型チームでは、リアルタイムに顔を合わせることなく協働作業を進めることが多くなる。要するに、分散型チームのコラボレーションとコミュニケーションは、多くの場合、非同期で行われるのである。
新型コロナウイルス感染症の世界的流行というパンデミックの発生以降、世界中の企業は優秀な人材を確保するためにリモートワークを標準的な働き方として取り入れてきた。調査会社のガートナーによれば、2023年の労働人口に占めるハイブリッドワーカーとフルタイムのリモートワーカーの占める割合は、米国の場合で71%に上り、全世界でも48%に達するという。
とはいえ、リモートワークが一般化してからそれほどの歳月は経過しておらず、ビジネスパーソンの多くが分散型チームで働くことに馴れていない。つまり、多くのビジネスパーソンが、ハイブリッドワーカーとしての“筋肉”を鍛えなければならない段階にあるといえるわけだ。
実際、アトラシアンとウェイクフィールド・リサーチ社が米国とオーストラリアのナレッジワーカー1,000人を対象に調査したところ、ナレッジワーカーの多くが、分散型チームへの移行によってチームパフォーマンスが落ちたと感じていることが明らかになった。ただし、その要因を分析すると、チームメンバーがリモートに分散したことが問題なのではなく、旧来からのツールや仕事上のルール(慣習)を変更していないことにパフォーマンス低下の要因があることが判明した(参考文書)。要するに、分散型チームへの移行後にパフォーマンスを落としたチームの多くが、同期コミュニケーションや同期(リアルタイム)コラボレーションを中心にした旧来型の働き方や慣習を継続させており、非同期コミュニケーションのツールを有効に活用できていなかったのである。
この結果からは、分散型チームのパフォーマンスを高めるうえでは、非同期コミュニケーションをいかに適切に、かつ有効に行えるかどうかが要点の1であることがわかる。
ナレッジワークのおよそ半分はコミュニケーション
改めて述べておくが、非同期コミュニケーションとはメールやチャットツールを通じた情報交換や意見交換など「リアルタイムのやり取りが行われないコミュニケーション」を指している。例えば、チャットツールの「Slack」を使ったテキストチャットでは、いくら手早くタイピングを行っても、電話やビデオ会議を使用した対話(同期コミュニケーション)のように、自分の意思やフィードバックを瞬時に相手に伝えることはできない。
それでも、非同期コミュニケーションが重宝されてきたのは、ビジネスパーソン(特にナレッジワーカー)による日々の仕事において、コミュニケーションが実に大きな割合を占めているからだ。ルーム社の2023年5月調査(英語)によれば、ナレッジワーカーは「1日平均3時間43分(=1日の労働時間の約半分)」をメールやチャットツール、ビデオ会議、電話などを使ったコミュニケーションに費やしているという。ゆえに、同期、非同期のコミュニケーションの効率性、有効性を高められれば、日々のナレッジワークのパフォーマンスを大幅に向上できる可能性がある。
では、何をどうすれば同期、非同期コミュニケーションの効率性、有効性を高められるのだろうか。以下、その点について少し深く掘り下げていきたい。
同期と非同期のコミュニケーションを適切に使い分ける
同期、非同期のコミュニケーションをより効率的で有効にするうえでまず大切なのは、両者を適切に使い分けることである。
繰り返すようだが、パンデミックの発生以降、ナレッジワーカーで構成されるチームの多くが、メンバーの働き方をフルタイムのリモートワーク、あるいは、ハイブリッドワークへと移行させた。ところが「ミーティングは対面で行う」という慣習を、チームのメンバーがリモートに分散した新しい世界にもそのまま持ち込み、結果として、ビデオ会議を使ったミーティングを頻繁に催すようになっている。
ただしこれは、コミュニケーションのベストプラクティスとは言いがたい。実際、企業の従業員の76%が、ビデオ会議を使ったミーティングは物理オフィスでのミーティングに比べて注意力が散漫になると報告している(英語)。
したがって、フルタイムのリモートワーク、ないしはハイブリッドワークを今後も継続するのであれば、ミーティングの頻度ややり方を見直すべきである。その際には、どういったタスクに同期コミュニケーションが適しているのか、あるいは、非同期コミュニケーションが適しているのかを見定めることが大切だ。それによって、同期、非同期コミュニケーションの効率性と効果を高めて、チームにおける共通理解と生産性の最大化につなげることが可能になる。
以下、同期か非同期かの判断を下すうえでの一助とすべく、一般的には同期コミュニケーションのほうが適していると思われているが、実のところ、非同期コミュニケーションを採用したほうが良い作業を3つ紹介しよう。
①ブレーンストーミング
ブレーンストーミングには同期コミュニケーションが適用されるのが一般的だ。ただし、関係者を集めたミーティングの場で行うと、場合によっては、話が発散したり、参加者の全員がアイデアの洪水に巻き込まれたり、人前で発言するのが苦手な人が発言の機会を奪われたりする。それに対し、チャットツールなどを使いながら非同期方式で行うことで、話の発散を防いだり、すべての関係者に等しく発言の機会を提供したりすることが可能になる。
例えば、チャットツールを使ったブレーンストーミングでは、参加者は自分のペースでアイデアを練ることができ、発言する前に内省の時間をより多く確保することができる。
また、ハーバード ビジネス レビュー誌によれば、女性や社会的なマイノリティはアイデア出しやブレーンストーミングの場に貢献する機会が総じて少なく、また、同期的な仕事の場で自分の意見を言った場合、より厳しく批判される傾向があるという(参考文書 (英語))。
それに対して、非同期コミュニケーションの場では、女性であれ、社会的なマイノリティであれ、組織・チーム内の誰もが、それぞれのペースで自分の意見を述べやすい。そのため、組織内・チーム内の全員の創造性が刺激され、かつ生かされるようになり、結果として集まったアイデアが多様性に富んだものとなる。そしてそれは、組織・チームで働くナレッジワーカーの誰もが望んでいることでもある。
②作業計画
ブレーンストーミングの次なるステップは、ブレーンストーミングによって生まれたアイデアを実現することである。それにはアイデアの実現に向けてどのような作業が必要になるかを割り出し、そのうえでチームでの作業計画を立てなければならない。このようなときに重宝するのが分散型チームのコラボレーションを支援したり、プロジェクトを管理したりするためのツール(例えば、アトラシアン製品のようなツール)である。こうしたツールを使うことで、チームのメンバーを1か所に集めて対面ミーティングを行わずとも、適切な作業計画が立てられるようになる。
また、近年のコミュニケーションツールやプロジェクト管理ツールは、分散型チームのコラボレーションを支援する優れた機能が実装されている。しかも、チャットツールなどを介した非同期コミュニケーションでは、メールよりもフランクに、かつ効率的に意見・情報がやり取りできる。加えて言えば、コミュニケーションツールの1つである「Slack」の場合、メッセージに優先順位を割り当てる仕組みはない。その結果、その場の切迫感に駆られて業務上の優先順位がないがしろにされることを防ぐことができる。
③進捗確認ミーティング
チームにおける仕事の進捗を確認するミーティングでも、同期コミュニケーションを適用するのが適切であると見なされている。
ただし、進捗確認ミーティングの主眼は、チームの仕事の調整・見直し(アラインメント)にある。実のところ、その目的を果たすうえでミーティングを行う必要は特になく、必要なのはステークホルダー全員に仕事の進捗・状況(=ステータス)を伝えるだけ(あるいは、進捗・状況を示す情報を共有するだけ)で良いのである。
アトラシアンのチームでは、組織・チーム内でのタスクのアラインメントのためにチームワークディレクトリ「Atlas」を使っている。Atlas を使うことで、組織・チームは、取り組んでいるプロジェクトとその目標を明確にし、同じ目標に取り組んでいる他のチームと連携しやすくなる。
世の中には、進捗確認ミーティングの代替として機能しうるコラボレーションツールが数多くある。これらのツールを使えば、進捗確認ミーティングを行わずとも、チームの仕事の見直し・調整を適宜行ったり、仕事の進捗・状況を関係者全員に伝えたりすることが可能になる。
いずれにせよ、進捗確認ミーティングというタスクをこなすうえでは、同期コミュニケーションは決して良い方法とは言えない。
同期コミュニケーションが本当に必要な場面とは?
アトラシアンでは現在、 「Work From Anywhere(Team Anywhere)」という指針を掲げている。これは同期ミーティングを完全に否定するものではなく、同期コミュニケーションを、可能な時にチームの全員が物理的に1つの場所に集まり、対面でコミュニケーションをとることにより「メンバー同士の絆(きずな)を深めて信頼関係を構築するうえで必要不可欠な活動」と位置づけている。
非同期コミュニケーションでもチーム内の信頼関係を構築することは可能だ。ただし、非同期のコミュニケーションだけに頼っていると、メンバー間の人間関係の構築に相当の苦労を強いられる。
ゆえにアトラシアンでは、チームの一体感を意図的に構築する取り組みとして、オンライン上でつながるだけではなく、同僚たちと直接会って、互いを深く知り合うことを奨励している。実際、人間同士の絆を深めるうえで、リアルな場で集い同期コミュニケーションを行うことに勝るものはない。したがって、もし可能であるならば、メンバー同士の強いつながりを育み、心理的安全性を高めるための術(すべ)として、同期コミュニケーションに一定の予算と時間を確保しておくことをお勧めしたい。その投資への見返りは決して小さくないはずである。