アクティブリスニングはなぜ難しいのか?
前述したようなベネフィットがあるにもかかわらず、アクティブリスニングの文化が定着している組織は少ない。理由は、先にも触れたとおり、アクティブリスニングの実践には相応の努力が必要とされるからだ。
その努力がどのようなものかをイメージしていただくために、アクティブリスニングを阻むいくつかの障壁を以下に示しておきたい。
- 気を散らす物事が多すぎる
同僚・上司・部下・取引先・顧客などから間断なく送られてくるメールやチャットメッセージをはじめ、子供の世話、ペットの世話、植物の世話、パートナーとの約束事など、現代に生きる私たちは気を配らなければ事柄、あるいは雑事がきわめて多い。それらの物事が人の話への集中力を低下させる大きな要因となっている。 - 個人的な感情、意見
私たち人間は、人との会話の中に自分の感情や意見を本能的に持ち込もうとする。ただし、そうすると、話し手の視点を理解することが難しくなる。また、本来は相手の話を聞いて理解すべき時間を、自分の意見をまとめることに費やしてしまうこともある。 - 集中力の限界
ある調査によると、人が集中力を維持できる時間はわずかに8秒であるという(参考文書 (英語))。8秒というのは短すぎるように思えるが、仮に、この調査結果が人の集中力に対する過小評価であったとしても、私たちが物事に集中できる時間が極めて短いのは間違いないようだ。したがって、もし、あなたの話し相手が自分の考えや物事を人に簡潔に伝えるのが苦手である場合、その人の話への関心を100%維持し、アクティブリスニングの状態を保つのは非常に難しいと言わざるをえない。 - 問題解決へのこだわり
私たち人間は、「課題」よりも「解決策」のほうを好む傾向がある。ゆえに、対話する相手が、何らかのトラブルを抱えており、その話を打ち明けられたとき、反射的に問題解決に向けたアドバイスや答えを出そうとしがちになる。
もちろん、この反応は善意によるものであり、決して悪いことではない。ただし、その反応はアクティブリスニングの妨げになるものだ。それを抑え込まないと、相手の話を聞く目的が、相手の抱える問題の本質を理解することから、問題解決の可能性を探ることへとすり替わってしまうことになる。
アクティブリスニングの3つの「A」
アクティブリスニングを構成する三大要素は以下の3つの「A」であるとされている。
- Attitude(態度):建設的でオープンマインドな姿勢で会話に臨む
- Attention(注意):話し相手が共有する内容にだけ神経を集中させる
- Adjustment(調整):相手の話が横道に逸れても対応できるよう、一定の柔軟性を保つ
アクティブリスニングのスキルを磨く方法
あなたが、職場でアクティブリスニングを実践し、チーム内での「聞き上手」になるためには、以上に示したような障害を乗り越えなければならない。その障害を乗り越えながら、アクティブリスニングのスキルを向上させる方法はいくつかある。その中らか代表的なものを以下に紹介する。
方法①集中力を向上させる
アクティブリスニングに向けて自身の集中力を高めるうえでは、まず、相手の話に集中できる環境を整えることが必須となる。そのために、どのような環境を整えるかは人によってさまざまだが、すべての人に参考になりそうなアイデアはいくつかある。以下が、そのアイデアである。
- 人との会話の間、PCやスマートフォンといったデバイスを「対話の邪魔にならない状態」にする
- リアルな空間で人と対面で話す場合は、周囲の雑音が入らない静かな場所を選ぶ。ビデオ会議ツールを使った対話の場合は、PC上の他のツールやWebブラウザの画面、タブはすべて閉じておく
- 相手の話に集中するために、自分自身の内的対話は遮断する
以上のようなアイデアを活用したとしても、自分自身を相手の話に十分集中できる状態にもっていけないこともある。例えば、難しい仕事を抱えていたり、私的な問題に悩まされていたりして、そちらの問題解決に精神的なエネルギーの多くを消費しているような場合がそうである。
このような場合には、相手に現在の状況を説明し、相手から話を聞くタイミングを、相手の話に全神経を集中させられるときに設定し直すのが無難である。
方法②非言語的なサインを有効に活用する
あなたは、椅子の上でそわそわしたり、時計を確認したりするのを止められない人と会話した経験があるだろうか。
もしあるならば、ボディランゲージや表情、ジェスチャー、アイコンタクトなどから構成される非言語コミュニケーションが、相手に自分の意思や感情と伝えるツールとして、非常に有効であることは理解しているはずである。アクティブリスニングの実践時にも、以下に示すような非言語的サインを有効に活用することが大切である。
- アイコンタクトの3秒ルールを守る:心理学者によれば、アイコンタクトの長さは3秒間が人を不快にさせることなく、相手への関心を表現するうえで理想的な長さであるという(参考文書 (英語))。要するに、相手が話しているときに、視線を相手の眼に向けて3秒間維持し、目をそらせば良いというわけだ。
- 前のめりになる:相手が話しているときや何らかの情報を共有しようとしているときは、体を少し前傾させ、話や情報への関心を示す
- うなずく、笑顔で眉を上げる:「ポジティブな表情」をつくることで、相手への同意を効果的に示すことができる(参考文書 (英語))
- 両手を前に置く:相手が話しているときには、「退屈のサイン」となりうるような、腕を組んだり、顎を手の上に乗せたりせず、腕を前に置くようにする(参考文書 (英語))
方法③相手の話を遮(さえぎ)らないようにする
アクティブリスニングを実践している際には、質問やフィードバックの順番が自分に回ってくるまで、相手の話を遮ってはならない。そのことを自身に強く意識させるうえでは片方の手を口元にさりげなく添えてみるのが有効である。また、ビデオ会議で会話している場合には、相手が話し終えるまでミュートにしておくと良い。
方法④パラフレージングを行う
先に触れたパラフレージングを行うこと、すなわち、相手の話の内容を自分の言葉で要約して相手に伝える作業は、アクティブリスニングの重要な要素である。
この作業に慣れていないと、パラフレージングは少し不自然なコミュニケーションに感じるかもしれない。ただし、アクティブリスニングに長けたメディアのインタビューアーは、取材対象者に対して必ずこのテックニックを使っている。そして、パラフレージングを会話の節目ごとに行うのは、相手の話を前に進めるうえで大切な作業であり、それによって、これまでの相手の話を自分がしっかりと聴き、理解していることを証明することができる。
なお、パラフレージングの切り出し方としては、以下のようなフレーズを使うのが有効である。
「いまの話は、私にはこう聞こえるのですが……」
「いまの話に対する私の理解はこうなのですが……」
「いまの話から私が感じたことは……」
「いまの話について、こうとらえるのは間違っていないでしょうか……」
このように述べたのちに、相手の話の要約を自分の言葉で伝えるのが、パラフレージングの無難なやり方と言える。これによって相手は、あなたが自分の話を正しく理解していることを確認したり、訂正したり、より明確な情報を提供したりする機会を得ることができる。
方法⑤「オープンエンド型」の質問を投じる
アクティブリスニングの最終的な目的は、相手から共有された情報を完全に理解することである。ただし、相手が話を終えてからすぐさま話の内容を完璧に理解できないことがある。そのような場合には、相手が話し終えるまで待ち、より詳細な情報を得るための質問を投げかける必要がある。
このとき投じる質問は「はい」「いいえ」の即答で済むような「クローズドエンド型」の質問ではなく、相手からのより完璧な答えを求める「オープンエンド型」の質問であることが望ましい。以下、そうしたオープンエンド型の質問の例を、クローズドエンド型の質問例と対比させながら示す。今後の参考にされたい。
- 【クローズドエンド型の質問例】
お客さまに購入費用の全額を返金するとお伝えしましたか? - 【オープンエンド型の質問例】
この件の解決を、お客さまと円滑に進めるために、何を試みましたか?
この例からも察せられるように、クローズドエンド型の質問は、常に「正解」があるような印象を相手に与えてしまう。結果として、自分の考えを忌憚なく述べる機会を相手から奪ってしまうのである。
方法⑥アクティブリスニングのトレーニングを積む
アクティブリスニングのスキルを磨くトレーニングは、自分一人で行う必要はない。以下に示すようなシンプルなエクササイズ、チームのマネージャーやメンバーが協力して行うことで、アクティブリスニング、あるいは上質なコミュニケーションのスキルを身につけることが可能となる。
- エクササイズ①自己紹介のトレーニング
チームメンバー同士をペアにし、1~2分の自己紹介をさせる。そのうえでメンバー全員が集まり、各メンバーが相手から入手した情報を使い、相手の紹介を全員に対して行う。これは相手の話の要点をつかみ、人に伝えるプレッシャーの少ないトレーニング方法である。 - エクササイズ②沈黙を守るトレーニング
チームのメンバーをペアに分け、自分の人生について交互に語ってもらい、聞き手のときは聞き役に徹し、沈黙を守ってもらうようにする。それを終えたのちに相手の沈黙を不快に感じたかどうか、相手の非言語的なサインに気づいたかどうかなどを確認する。 - エクササイズ③聞き手と話し手のトレーニング
チーム内の一人を、自分の情報をチームの全員と共有する役割(シェアラー)に任命して、自分の体験談をチームの全員に語ってもらう。そして、残りのメンバーを「質問者(アスカー)」と「話し手(テラー)」に分けてペアを組ませる。そのうえで、テラーにはいま聞いた体験談に似た体験について語ってもらい、アスカーにはテラーに質問をすることだけに集中してもらう。のちに、チームの全員で報告会を開き、シェアラーが自分の話を最も理解してもらえたと感じられたのは、どのような点だったかを確認し合う。
アクティブリスニングの達成に向けた努力を重ねる
アクティブリスニングは、表面的には簡単な取り組みのように思える。相手の話を黙って聞き、情報を取り込むだけで良いからだ。だが、それが実際には難しく、相手の話に全神経を集中させ、相手への理解を深める効果的なリスニングのスキルを身につけるには相当の鍛錬と努力が必要とされる。また、相手への集中や理解の妨げになる障壁もさまざまに存在する。とはいえ、アクティブリスニングの実践を通じて人を理解する能力を高め、人間関係をより良好にすることは、努力に値する取り組みなのである。