今日、「アジャイル」と呼ばれるソフトウェア開発の手法を、企業における組織全体の変革、あるいは働き方の変革に生かす動きが成長企業の間で活発だ。仕事の進め方や働き方をアジャイルへ転換することで、どのようなベネフィットが企業、個人にもたされるのか。また、日本の組織がアジャイルへ転換する上でどのような課題があるのか。アトラシアンのエバンジェリスト、野崎馨一郎氏が、元LinkedIn日本代表の村上臣氏との対談で探る。

画像: 村上臣:青山学院大学理工学部在学中、仲間とともにITベンチャー「電脳隊」を設立。2000年ヤフー入社。11年に一度退職した後、再び12年ヤフーの執行役員兼CMOとしてモバイル事業の企画戦略を担当。17年LinkedIn日本代表に就任。ポピンズ 社外取締役のほか、複数社の戦略・技術顧問を務める。著書に『稼ぎ方2.0』『転職2.0』(共にSBクリエイティブ)など

村上臣:青山学院大学理工学部在学中、仲間とともにITベンチャー「電脳隊」を設立。2000年ヤフー入社。11年に一度退職した後、再び12年ヤフーの執行役員兼CMOとしてモバイル事業の企画戦略を担当。17年LinkedIn日本代表に就任。ポピンズ 社外取締役のほか、複数社の戦略・技術顧問を務める。著書に『稼ぎ方2.0』『転職2.0』(共にSBクリエイティブ)など

村上氏が考える、アジャイル手法がもたらす効果と魅力

※以下、敬称略

野崎:村上さんといえば、働き方やキャリアの積み方を論じられるのを拝見してきました。一方で、さまざまな企業で開発に関わるお仕事もされていると思います。これまでのキャリアを通じてアジャイル手法とどう接してきたか、まずは教えていただけますか。

村上:もともとソフトウェアエンジニアなので、アジャイル手法とは長く付き合ってきました。アジャイル手法やスクラムが日本で普及し始めた2006年ごろはヤフーで働いていたのですが、そこでの開発業務にアジャイル手法を取り入れたのが付き合いの始まりです。特に12~17年にかけては、私がマネージする開発業務にアジャイル手法を全面的に取り入れ、スクラム体制のもとでプロダクトの開発を進めていました。

野崎:今のお話をお聞きしていても、アジャイル開発のほうが合っていた、面白かったとお感じになっている印象を受けるのですが、どのようなところに魅力を感じましたか。

村上:カタチあるモノを素早くリリースし、利用者のフィードバックをもらいながら、改善を繰り返していくプロセスが魅力的でしたね。開発者にとってアップデートを短期間で繰り返し行うのは簡単ではありません。それでも、利用者のフィードバックは何よりの「ご褒美」なんです。利用者の声を多く聞けることと、それをプロダクトの改善につなげられることは、モノづくりに携わる人間にとって非常に喜ばしいことです。

画像: 野崎馨一郎:アトラシアン エバンジェリスト

野崎馨一郎:アトラシアン エバンジェリスト

野崎:とすると、ソフトウェアに限らずプロダクトの開発にはアジャイル開発の手法を適用できる可能性はありますかね。

村上:出荷時点で“完璧さ”が求められるような、大型の機械製品や医療機器などの開発にアジャイル手法を適用することは難しいですし、適切だともいえません。ただ、全業種において「小さく始めてフィードバックを得る」のは重要ですし、少なくともソフトウェアに関しては、アジャイル手法を適用するのが賢明な判断だと考えています。

今は不確実な時代にあって、先が読めず、過去の成功体験も通用しません。そんな時代では、市場のニーズやその変化に機敏に対応していくことが大切です。

野崎:アトラシアンの主張も同様です。アジャイル手法の採用によってプロダクト開発のプロセスは変化に俊敏に対応できるものへと変化します。ただ、ビジネスの先が見えない以上、そうしたアジリティや変化への耐性は、プロダクト開発の組織に適用されるだけで十分なのか。実際、開発のプロセスだけがアジャイルに転換されたとしても、営業やマーケティング組織のアジリティが低ければビジネススピードは高められません。ゆえに当社では、企業の組織全体がアジャイル手法を取り入れ、仕事のやり方を変えてほしいと願っているわけです。

村上:なるほど、その考え方には共感できます。

組織のマネジメントを巡る 米国グローバル企業と日本企業の違い

野崎:村上さんは、ヤフーを退社されたのちにLinkedInの日本代表を務めるなど、シリコンバレー系のグローバル企業でも経験を積まれてきました。米国のグローバル企業は、プロダクト開発にアジャイル手法を標準的に用いていますが、組織全体のアジリティも高いイメージがあります。その点も踏まえて、日本企業との違いをお話しいただけますか。

画像1: 元LinkedIn日本代表 村上臣 × アトラシアン 野崎馨一郎 アジャイルな働き方が組織と個人にもたらすベネフィットとは

村上:LinkedInは、米国における他のテック企業と同じくプロダクト開発にアジャイル手法を使っています。ですので、アジャイル手法に慣れた私には、やりやすさがありました。アジャイルは世界標準の手法で、国による差はありませんから。

もっとも、グローバル企業は世界各国の市場がターゲットなので、プロダクトに日本のローカルなニーズをどう反映してもらうかで相応の苦労はありました。日本は世界第3位の経済大国とはいえ、世界全体でターゲットの数が多いわけではありません。つまりLinkedInにとって、日本固有のニーズに対応する経済的合理性はそれほど大きくないわけです。そこで、ドイツのブランチなどと共同して改善したい機能をすり合わせ、本社側に訴え要求を認めてもらうといった手法を使っていました。

野崎:経営層のマネジメントについてはいかがでしょうか。

村上:私が驚いたのは、米国のグローバル企業における経営ダッシュボードの充実ぶりです。要するにデータドリブン経営が徹底していて、データの収集と分析、可視化に相当の投資をしているのです。日本企業では、経営陣全員が細かなデータを日常的にチェックしているわけではなく、現場から定期的に上がってくるサマライズされたレポートを読んでビジネスの状況を捉えている例がまだ多い印象を受けます。それに対して米国は、経営陣が見ているデータの解像度が日本よりもはるかに高いのです。

野崎:そうしたデータドリブン経営にマネジメント上のどのような合理性、あるいは効果を感じましたか。

村上:プロダクトマネジメントについていえば、経営陣がプロダクトの顧客エンゲージメントの状況など、KPIの達成度合いをデータでしっかりと捉えています。となれば、現場は経営陣が見ているKPIの数値を向上させれば、自分たちが評価され、キャリアアップや報酬アップにつながることが分かります。それが分かると、KPIの数値を上げる努力を自ずと払うようになり、そのために部門間の連携やアジャイル手法の取り込みが必要であれば、自発的に行います。

また、経営側は新しい手法や働き方の効果をダッシュボードで定量的に捉えられるので、モノづくりの在り方や働き方を継続的に改善、改革しやすくなります。

野崎: 興味深い点です。実際、これはモノづくりに強みを持つ日系企業も相性が良さそうなアプローチにも感じるのですが、そうした経営が日本になかなか定着しない理由をどう見ていますか。

村上: 過去の成功体験への依存が強いのではないかと。とりわけ、歴史ある日本企業の経営陣は相応の成功を収めてきた人たちで構成されており、過去の体験から抜け出しにくい。ゆえに、新しい手法を取り入れることに積極的になれない印象を受けます。

野崎: そうした成功体験へのこだわりは、世界標準のツールをそのまま使おうとせず、自社用にカスタマイズしがちな日本企業の傾向にもつながっているような気がしますね。

村上: これまでは、終身雇用制度の中で人材を育成しながら最適化するのが最も生産性が高かったんですね。結果として、世界標準のツールに自社の業務を合わせる「フィット・トゥ・スタンダード」の合理性を受け入れず、自社の業務にツールを合わせようとします。

米国のグローバル企業は、自社の差異化とは本質的に無関係なプロセスについては、全て世界標準のツールを使い、ツールに業務を合わせます。過去の成功体験への依存度が日本企業に比べて低いことに加えて、組織がジョブ型で、人材の流動性が高いことが要因ではないでしょうか。

特定の業務で使われるツールが企業をまたぎ標準化されていれば、特定のスペシャリティを持つ人が、どの企業に入社しても自分の専門領域の仕事を即座に始められることになります。そうした合理性や効率性も、米国のグローバル企業がフィット・トゥ・スタンダードのアプローチをとっている大きな理由です。

野崎:今日では日本でも人材流動性が少しずつ高まっています。となれば、フィット・トゥ・スタンダードの考え方が日本で一挙に広がる可能性もありますね。

村上:世界標準を受け入れるかどうかは、トップの意思によるところが大きいでしょう。アジャイル手法によって企業全体の改革を図るにしても、それによって生産性が最大化されることをトップが確信できるかどうかが重要です。その意味でも、経営ダッシュボードのさらなる充実やデータドリブン経営の浸透が、アジャイル手法の有効性を経営陣に認めさせ、全社的な採用へとつなげるカギといえるかもしれません。

アジャイル手法は個人の新しい生き方、稼ぎ方にも効力を発揮する

野崎: 村上さんは先ごろ書籍『稼ぎ方2.0』を上梓されましたが、アジャイル手法を個人の働き方にも適用することを薦められています。詳しくお話しいただけますか。

村上: コロナ禍以降、リモートワークでできた時間的なゆとりを、稼ぐため、あるいは自己実現のために副業に活用できる可能性が広がっています。そんな中で、自分で新しい何かをつくり上げ、稼ぐことを考えるのであれば、計画を練りに練ってから物事に取り組むよりも、アジャイル的に物事をスピーディーに、かつ小さく始めて、フィードバックを得ながら改善を繰り返していくほうが賢明であるというのが私の考えです。

野崎: 個人としての働き方も、副業や転職などを見据えた新しい取り組みを小さく始めフィードバックを得て、そのサイクルを回しながら洗練させていくことが重要であると。

村上: そうですね。ちなみに最近ではPDCAの代わりに「OODA(観察、方向づけ、意思決定、実行)のループを素早く回すべきとの声が大きくなっているようです。もはやOODAのほうが、スピード感が合致していると。新しい働き方、稼ぎ方を定める上でも、全てを計画立てて実行するのではなく、アジャイルに物事を遂行しOODAループを回していくアプローチのほうが良いということです。

野崎:そう考えますと、個人でもアジャイルに動き、働き方を模索する人材と、組織としてアジャイルに運営されている企業はマッチしそうですよね。

村上:はい、マッチすると思います。そして、そうなってきたとき、一層大事になるのが戦略なんですね。戦略は相応の時間をかけて関係者全員で練り上げていくことが大切で、そこさえ定めておけば、アジャイルに物事に取り組みながら都度、調整を図ればいい。組織の全体で登るべき山を共通化し、全員で同じ頂(いただき)を目指すようなイメージでしょうか。そして登るべき山が、富士山なのかエベレストなのかを決めるのは経営陣の仕事だと思います。

野崎:なるほど! 村上さんが著書で提案する個人の稼ぎ方2.0と、弊社アトラシアンが日本のユーザー企業に提案するアジャイル組織との間に、アプローチや思想の共通点が確認できて、本日の対談はとても有意義なものになりました! ありがとうございました。

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