スコープクリープによる負の影響を低減する方策
実のところ、プロジェクトには紆余曲折がつきものであり、スコープクリープの発生を完璧に阻止するのは難しい。ただし、スコープクリープの発生を早期にとらえたり、スコープクリープによる負の影響を抑制したりする方策はいくつかある。以下、その方策を紹介する。
方策① 情報の透明性をチームの文化として取り入れる
オープンなコミュニケーションと心理的安全性は、プロジェクトチームの健全性を高く保つうえで欠かせない要素であり、スコープクリープの発生リスクを低減させるものでもある。
例えば、プロジェクトメンバーの心理的安全性を確保したうえで、自分の意見や仕事上の課題を何でもオープンに話せる文化を定着させれば、メンバーは自分の考えや意見を真剣に聞いてもらえると感じるようになり、自分の気づいた問題点を積極的に発言するようになる。結果として、プロジェクトマネージャーは、スコープクリープにつながるようなプロジェクト上の課題を早期にとらえ、対策を講じることが可能になる。
また、プロジェクトにかかわるチームが複数ある場合、すべてのチームが、プロジェクトにおける活動について計画を立て、プロジェクトの最終ゴールに影響を与えるあらゆる意思決定について明文化し、相互に共有する必要がある。こうした取り組みをより具体的に示すと以下のようになる。
- プロジェクトメンバー全員を集めたプロジェクトのキックオフミーティングの場で「自分たちが期待するプロジェクトの成功とはどのようなものか」について明確にし、コンセンサスをとる。そのうえで、プロジェクトの基本的な構成要素に関して意識合わせを行う。ちなみに、その実践方法については、アトラシアンのTeam Playbookにある「プロジェクトキックオフ」プレイが参考になる。
- プロジェクトの要件を明確に定義して明文化し、プロジェクトの中心的なスコープに対するメンバーの理解を深め、共通化する。
- チームの「役割と責任」を明確にしたうえで、メンバー各人が担当する職務を明確にし、埋めるべきギャップを特定する。
- 情報の透明性を確保するチームの文化を醸成・維持し、プロジェクト期間中、知識の共有と文書化をコミュニケーション戦略の重要な柱に据える。
方法② 現実的なスケジューリングを行う
プロジェクトのタイムラインを決める際には、ステークホルダーの知見などを取り入れながら、楽観的な見方を可能な限り排除し、正確性重視のスケジューリングを行うべきである。
プロジェクトのタイムラインは、行動計画であると同時に、説明責任を果たすための道具でもある。また、タイムラインを入念に策定・文書化することは、プロジェクトの途中で突き当たるかもしれない障害物を想定・特定するうえでも役に立つ。
また、プロジェクトのタイムラインは、プロジェクトメンバーの全員が順守すべき文書だが、絶対に変更ができないものではない。プロジェクトの途中で避けられない不測の事態が発生した場合には、タイムラインを変更せざるをえなくなる。つまり、タイムラインは、プロジェクトの期間中、ことあるごとに更新がかけられる生きたドキュメントであり続けるのである。
方法③ チェンジマネジメントを実践する
プロジェクトはある意味で、すべてが不確実な、筋書きのないドラマといえる。そして、不測の事態が発生し、計画の変更を迫られたときが、プロジェクトマネージャーを悩ますスコープクリープが巻き起こる瞬間といえる。ゆえに、プロジェクトを成功へと導くうえでは「チェンジマネジメント」を適切に行うことが重要となる。
チェンジマネジメントの手法は、組織上・仕事上の変更をマネージするための重要なツールであり、それを用いて変更のプロセスを適切に計画すれば、変更による負の影響を最小限に抑えることが可能になる。
ちなみに、チェンジマネジメントについては、大規模な組織の変更をマネージするための手法と見なされがちだが、その見方は正確ではない。以下に示すようなチェンジマネジメントの原則は、予算枠の拡大やプロダクトの機能変更など、小規模な調整にも有効である。
【プロジェクトにおけるチェンジマネジメントの原則】
■ 計画を変更する理由と、変更しなければどうなるかを明確にする
■ 計画の変更をステークホルダーにどのようにして伝えるかを検討・決定する(=どのようなコミュニケーションチャネルを使って変更を伝えるべきかを考え、行動に移す)
■ 変更を実施するための行動計画を策定する。この行動計画で定める内容は次のような事項となる。
・いつ変更を実施するのか
・変更によって人員の役割と責任はどう変わるのか
・その変更によって他のプロジェクトにどのような影響があるのか
・変更の実施後、ステークホルダーにフィードバックを求めるのか
こうした原則にもとづきながら行動計画を立て、変更の各プロセスを明文化してプロジェクトのメンバーやステークホルダーの同意を得ておけば、たとえ、不測の事態によってスコープクリープが発生したとしても、行動計画を使い、スコープクリープがもたらす深刻な負の影響からプロジェクトを守ることが可能になる。
スコープクリープの効用
上の記述からもわかるとおり、チェンジマネジメントは、スコープクリープを回避するための施策ではなく、スコープクリープによる負の影響を最小限に抑えるための術(すべ)である。また、そもそもスコープクリープを完全に回避することには無理があり、そうすることでプロジェクトの改善・改革のチャンスを逃してしまうことにもなりかねない。
したがって、ときにはスコープクリープの発生を、プロジェクトの視野を広げる好機ととらえて受け入れ、チェンジマネジメントを適切に行うことが重要といえる。
実際、多少のスコープクリープを受け入れることで、当初の計画よりも良い成果が得られることがある。その場合には、スコープクリープによる予算の超過やプロジェクト期間の延長は、不要なコストではなく、より良い成果を得るための投資となる。
また、多少のスコープクリープを許容することは、プロジェクトチームに対し、その創造性を発揮する場を提供することにもつながる。その意味で、スコープクリープはプロジェクトチームにイノベーションの文化を定着させる入り口ともなりうるのである。
さらに言えば、スコープクリープによってプロジェクトが完全に軌道修正されたとしても、そこから貴重な教訓が得られるはずだ。
もちろん、プロジェクトマネージャーにとってスコープクリープは厄介な現象であり、発生しないに越したことはない。ただし、仮に発生したとしても、それを柔軟に受け入れ、プロジェクトを真の成功へと導くしなやかさが、プロジェクトマネージャーには必要とされるのである。