カインズは、2020年10月にグループ売上1兆円を達成した物販・流通の企業集団ベイシアグループの中核メンバーであり、年間で4800億円超(22年2月期)を売り上げるホームセンターチェーンだ。同社は18年に「IT小売業宣言」を打ち出し、19年にデジタル戦略本部を立ち上げた。以降、デジタル戦略の奏功により、売り上げを伸長させている。そのデジタル戦略本部で本部長を務めるCDOの池照直樹氏に、日本の伝統的な組織にデジタル文化を融合させるリーダーシップの在り方について聞いた。
カインズは、DXに意欲的に取り組み、かつ、DXを収益増という実質的な成果に結びつけている一社として広く知られている。事実、カインズでは2019年にデジタル戦略本部を立ち上げてからの約3年で売り上げを400億円も増やしており、それによって150億円の利益も生んでいるとされる。
この成長を支えたデジタル戦略について、デジタル戦略本部長でCDOの池照氏はこう話す。
「当社のデジタル戦略は、会社の成長にデジタル技術をどう生かすかの戦略といえ、中心を成すのは顧客戦略です。その戦略策定にあたり、顧客を『購買頻度の多い』『少ない』と『オンライン会員』『非会員』の切り口で4つのグループに類別したところ、購入頻度の多い層も少ない層も、オンライン会員である顧客の購買額が非会員よりも2割多いことが判明しました。そこで、顧客の購買頻度を高め、かつ、オンライン会員を増やすことを顧客戦略の骨子に据えました。そのデジタル戦略が軌道に乗ったことが会社の増収に大きく貢献したといえます」
目指したのは全従業員によるデジタル戦略の推進
上述した顧客戦略の遂行に向けて、カインズではデジタルマーケティング(以下、デジマ)の強化とともに、実店舗をはじめとするビジネス現場の業務効率や生産性向上、ひいては顧客体験(CX)の良質化につながるシステムを整備・強化するという方針を打ち出した。それと併せて、デジタル施策の全てを内製によって展開する方針を据えることで、デジマに精通した人材やITエンジニアなど、いわゆるデジタル人材約200人を新規に雇用している。
「当社がデジタル施策の『内製』にこだわった大きな理由はスピードです。例えば、システム開発を外部に委託してしまうと、システムの完成までに相当の時間を要し、かつ、機能の変更や拡張もスピーディに行えなくなるのが通常です。そのようなことでは店舗やeコーマス(ネット通販)などの現場が抱えている、あるいは新たに直面した数々の課題をデジタル技術によって迅速に解決することはできず、結果として、描いた顧客戦略が前に進まなくなります。そこで、システムの内製化に踏み切り、社内のITエンジニアが、ビジネス現場の担当者を巻き込みながら、システムのリリースと改善を迅速に繰り返して仕組みを完成させていくアジャイル開発の体制を築くことにしたのです」(池照氏)
この考え方の基、今日ではデジタルチームとビジネス現場の担当者が一体となったシステムづくりが自然発生的に各所で行われているという。例えば、CRM/SFAの強化を担当している開発チームは、現場の要望に従った仕組みを80%の完成度で即座に(1週間で)つくり上げ、その機能を現場の担当者らが揉みながら洗練させていくフローをすでに確立しているようだ。また、顧客向けのシステム開発についても、消費者視点/顧客視点を持った従業員たちをテストユーザーとして使った、アジャイル開発が実践されている。
「当社では約200人のデジタル人材を新たに雇用しましたが、その人員だけでデジタル化を推進するチームを組織するつもりはありませんでした。小売りのデジタルシフトは、小売りのビジネスや店舗の企画、運営、接客についての経験やスキル、知見がなければ成し得ず、カインズのプロパーメンバーとデジタル人材との協業・共創が不可欠であると考えたからです。ゆえに、デジタル人材を含めた当社の全メンバーが、テクノロジーによるビジネス改革を推進できる、あるいは主導できるような組織づくりを理想として追求してきました。今日では、デジタル人材とビジネス現場との協業・共創の輪が広がり、当初に思い描いた理想に着実に近づいていると感じています」(池照氏)
もっとも、カインズにおける現在の状況が自然につくられたわけではない。1989年の設立以来、実店舗を中心にした小売事業を展開してきたカインズの伝統的な組織と、デジタル人材(ないしはデジタル文化)との融合を図り、両者間の相互理解・相互信頼の輪を押し広げていくには相応の努力とリーダーシップが必要とされたと、池照氏は明かす。