「コンセプチュアル思考」の基礎と実践方法を学ぶ一冊

著者:村山 昇
出版社:株式会社ディスカヴァー・トゥエンティワン
出版年月日:2022/2/28

書名からもわかるとおり、本書は「コンセプチュアル思考」に焦点を絞った解説書であり、当該思考の指南書だ。著者の村山 昇氏は人材教育コンサルティングファーム(キャリア・ポートレートコンサルティング)の代表(本書執筆時点)として「プロフェッショナルシップ醸成研修」や「コンセプチュアル思考研修」などを展開している人だ。本書は、その講義内容をそのまま書籍化したような一冊といえる。以下の章立てを通じて、コンセプチュアル思考に関する詳しい解説と演習が展開されている。

  • 第1章 「コンセプチュアル思考」を知る
  • 第2章 ものごとの本質をつかむ
  • 第3章 ものごとの仕組みを単純化して表す
  • 第4章 ものごとの原理を他に応用する
  • 第5章 ものごとをしなやかに鋭くとらえなおす
  • 第6章 ものごとに意味づけや価値づけをする
  • 第7章 事業・製品・サービスを独自で強いものにするために

そもそもコンセプチュアル思考とは何なのか、なぜ大切なのか

上の章立てからも察せられるとおり、本書では第1章において、コンセプチュアル思考とは何かをはじめ、ロジカル思考やデザイン思考とどう違うのか、さらには、コンセプチュアル思考のカギとなる概念とはどういうものかが示される。

また、続く第2章から第6章においては、コンセプチュアル思考に必要とされるスキルの説明と、スキルを身に付けるための演習問題が展開され、第7章では「総括講義」と称して全体内容の振り返りが行われる構成になっている。

その第1章の記述によれば、コンセプチュアル思考とは、抽象化によって物事の本質をつかみ、 概念化(ないしは、コンセプト化)する思考法を指しているという。また、コンセプトは「理念」「信念」「概念」「観念」という4つの要素から構成され、それゆえに(=すなわち、信念、観念、理念といった個人の主観、考えが含まれるがゆえに)、コンセプトには正解はなく、個々人によってさまざまに異なるという。

さらに、コンセプチュアル思考における思考プロセスは、物事の「抽象化」から「概念化」、そして「具体化」へと至る道筋を指している。その「抽象化→ 概念化 → 具体化」のプロセスを通じて、物事の定義づけや、物事の本来目的や本質的な価値づけ、意味づけを行い、それを具体的な物事へと展開していく(=具体化していく)のが、コンセプチュアル思考のアプローチとなる。

例えば、コンセプチュアル思考によって、新商品の企画を立案するのであれば、まずは、そのプロダクトとはそもそも何であり、それを開発して市場に投入することの本来的な目的や価値、意味を突き詰めて考え、コンセプトとしてまとめ上げる。それをベースにプロダクトの機能や性能、販促方法、販売方法などの具体的な物事を決めていくというわけだ。

同様に、コンセプチュアル思考によって、企業経営や事業、自身の業務・仕事・キャリアなどをとらえると、概念化(コンセプト化)のフェーズにおいて、それぞれが持つ本来的な目的や価値、意味づけが行われる。そうして作られたコンセプトによって、プロダクトや企業経営、事業、業務(仕事)、キャリアアップなどにおいてブレを生じさせない揺るぎのない軸が出来上がるというわけだ。

ちなみに、こうしたコンセプチュアル思考を、本書では「意の思考」(=意の働き主導型の思考/物事の目的や存在理由などの意味づけ、価値づけを行うための思考)と位置づけ、「情の思考」(情の働き主導型の思考/人の感情や審美的合理性によって主導される思考)である「デザイン思考」や、「知の思考」(知の働き主導型の思考/科学的で知的な判断に基づく思考)であるロジカル(論理的)思考と区別している。

そのうえで、いまの時代は『生産主導の時代』『マーケティング主導の時代』を経て『人間中心の時代』へと移行しつつあり、こうした時代では「コンセプト・在り方・哲学・意味などを洞察し、創出する力が不可欠」とし、それこそが「意の思考」であるコンセプチュアル思考 の得意分野であると指摘している。この主張は、日本を代表する経済学者で、本書を推薦する一橋大学名誉教授の野中郁次郎氏も支持し、本書の帯(おび)に対して次のような言葉を贈っている。

人間の『生き方』の本質は、最初に『分析、理論ありき』ではなく、どういう意味があるのかを問う『意味づけ』にある。コンセプチュアル思考は、『意味づけ』をつくりだす、これからの時代に必要な思考法だ

5つの思考スキルと演習問題、仮想事例をセットで展開

先に触れたとおり、本書の第2章から第6章では、コンセプチュアル思考を実践するうえで必要とされるスキル(思考スキル)について解説し、その演習を行う形式で話が展開される。ちなみにここで紹介される思考スキルは以下の5つだ。

  1. 定義化:物事の本質をつかみ表すスキル
  2. モデル化:物事の仕組みを単純化して表すスキル
  3. 類推:物事の原理をとらえ他に適用するスキル
  4. 精錬:物事のとらえ方をしなやかに鋭くするスキル
  5. 意味化:ものごとの意味づけ、価値づけを行うスキル

これら5つのスキルのそれぞれについて、スキル獲得の訓練といえる演習がセットで行われる構成になっている。また、架空の人物がその演習を実践する様子も対話形式の「奮闘記」として各章に挿入され、それが解説のわかりやすさを増している。この辺りの内容構成の巧みさは、コンセプチュアル思考研修を実際に展開している著者ならではものといえる。

経営、商品企画、マーケターには特にお勧め

本書は、組織で働くすべての人をターゲットにしたものだ。ただし、内容的には企業の経営層や経営企画、商品企画、さらにはマーケターに特にお勧めの内容といえる。

例えば、本書でも指摘されているが、かつて日本の家電製品は、コモディティ化の荒波の中で、利用者ニーズ不在ともいえるような機能競争とコスト競争の渦に巻き込まれ、国際市場での競争力を失っていった。このとき、コンセプチュアル思考のアプローチによって、製品の本質的な目的や価値づけ、意味づけを行っていれば、利用者にとって価値があるとは思えないような高機能化競争に力を注ぎ、新興勢力による価格破壊によって瞬く間に市場を奪われるようなことはなかったように思える。言い換えれば、商品企画の担当者にとって、コンセプチュアル思考のアプローチは、その商品が間違った方向へと進まないようにする有効な手だとなりうるのである。

また今日では、特定の製品を購入する人・組織が本当に欲しているのは何かを突き詰めていき、それを実現するための機能をサービスとして提供し、収入を得るといったビジネスモデル(サブスクリプションモデル)が、あらゆるジャンルの製品に適用され始めている。そのビジネスモデルも、コンセプチュアル思考によってもたらされたと見なすことができる。

一方、企業経営や事業運営ではかねてから、その目的やビジョンを明確にし、それに対して働き手の共感を得ることと、当該の目的/ビジョンに則った行動を能動的にとってもらうようにすることが重要とされている。その考え方も、コンセプチュアル思考のアプローチと同じといえる。

このほか、業績評価のフレームワーク「OKR(Objective&Key Results)」は、個々人の仕事の最終的な目的や本質的な意味を定義し、そこから数値目標に落とし込んでいくものだが、その手法にもコンセプチュアル思考が取り込まれているといえる。

ご存じのように、企業を取り巻く市場や市場での競合環境、さらにはテクノロジーの変革・進化は目まぐるしく、経営層やマネージャー層にとっては自社や自社の事業、製品・サービス、従業員にとっては自分の仕事の究極的な目的や意味づけが曖昧であると、自分たち、あるいは自分はどこに向かうべきか、何をどうすべきかを見失いがちになる。

結果として、直面した課題や変化への対処・対応がすべて場当たり的となり、矛盾も多くなり、アイデンティティの喪失へとつながっていく。そのような事態を避ける意味でも、本書を一読し、コンセプチュアル思考の考え方とスキルを吸収しておくことは有効であり、今後にとっても有益なプラクティスといえるのではないだろうか。

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