本稿の要約を10秒で
- 偉大なリーダーの教えの多くは、認知バイアスを回避する機能を持つ。
- その他の教えも、現代のリーダーが信頼を築き、他者を鼓舞するうえで有効である。
- 「自己愛」は偉大なリーダーの教えのどこにも見当たらない。
偉大なリーダーの教えをビジネスに活かす方策
私たちの大多数は生まれながらのリーダーではない。ゆえに、リーダーとしての地位を望んだ場合、努力と学習、経験によってリーダーとしてのスキルや素養を身に付けていく必要がある。そのときに役に立つ1つが、偉大なリーダーが示してきた心得であり、教えである。またもう1つ、社会学と心理学という科学の分野でも、私たちに欠けているリーダーとしての本能を補ううえで有効な研究成果が数多くある。
そこで以下では、幾人かの伝説的なリーダーの教えを、社会学・心理学の見地から少し分析してみる。
偉大なリーダーの教え 1: 忘れられないことでも、すべてを許す
「弱者は決して人の過ちを許すことはできない。許しは強者の証明である」
── マハトマ・ガンジー
マハトマ・ガンジーは、インドの偉大な指導者であり、非暴力による抵抗運動の先駆者として広く知られている。その非暴力の重要な側面を成す1つが「許し」である。この「許し」によって彼は、インド独立運動の暴力的な抑圧者に対しても物理的な力に訴えかけることはしなかった。代わりに彼は、インドが独立するまで抑圧者を幾度も交渉の席につかせたのである。
■この「教え」がなぜ機能するのか
人との対立の記憶を消し去ることは不可能だが、対立を「手放す」ことは(非常に困難ではあるものの)不可能ではなく、それが実現できれば対立を抱え続けるよりも良い結果が得られる可能性が高い。
実際、米国ハーバード大学 T.H.チャン パブリックヘルススクール(T.H. Chan School of Public Health)の研究によると、対立や憎しみというストレスのかかる感情的負担がなくなれば、不安が減り、かつ自尊心が高められるチャンスが広がるという。また、相手を許すことで「自信ヒューリスティック(Confidence heuristic)」と呼ばれる心のメカニズムが働くようになり、それによって自分の説得力を増すことができる。自信ヒューリスティックの獲得が説得力アップへの近道であることは「自信のある人間の指し示す方向へと人々は動く」という実証済みの研究によってすでに証明されている。また、人を許すことにより、あなたは周囲から「大人」として位置づけられ、尊敬を集めることも可能となる。
■「教え」の実践法
ビジネスの現場では、同僚との意見の不一致や感情的なもつれがよく起こる。このとき、対立する相手を許す心の準備ができていないとしても、共通のビジネス目標を1つ選び、関係者全員を議論のテーブルに呼び戻して一緒に取り組むことをお勧めする。こうして仕事に集中することで、癒しのプロセスがスピードアップし、目標達成の速力を上げることができる。
偉大なリーダーの教え 2: 気に入らない部分も含めて全体を考えよ
「私は冷徹なほど正直者である。いつも自分だけでなく他者の視点から物事をとらえるようにしている」
── インドラ・ヌーイ
インドラ・ヌーイは元ペプシコの著名なCEOだ。彼女は10年以上の長きにわたり会社のグローバル戦略を主導し、大規模なリストラや企業の買収・売却など遂行してきた。その経験は、彼女に不快な選択を幾度も強いたが、結果として、ペプシコ全体の繁栄へとつながった。また、彼女の「ビッグピクチャー」をとらえるスキルにも磨きがかけられたと言える。
■この「教え」がなぜ機能するのか
物事の大局を俯瞰してとらえることは「損失回避(Loss aversion)」として知られる認知バイアスを回避するための有効な一手である。ある研究によれば「損失」は「利益」の2倍の心理的インパクトがあるという。ゆえに人間は、自分が大切にしているモノを失うのを恐れるあまり、有望なアイデアを拒絶してしまうといった罠(わな)に陥りがちになる。そうした事態を避けるには、物事の全体を第三者の視点で俯瞰してとらえ、トレードオフの関係を冷静に見定めることが必要とされる。これにより、リーダーとしてより優れた決定を下す準備が整えられることになる。
■「教え」の実践法
小規模な変革をリードするうえでも、物事の全体をとらえた冷静な思考が求められる。また、より困難な決定や影響力の大きい決定を下す場面に遭遇した際には、さまざまな情報源から、数多くの情報とアイデアを収集することをお勧めする。加えて、物事を推進する側と推進を否定する側の双方を招集して議論させ、かつ、それぞれの見解の根拠となるデータを提出させるのも有効である。さらに、こうして集めた情報や見解を入念に分析することは大切だが、分析の麻痺(まひ)に陥らぬよう、意思決定の期限をあらかじめ設定しておくことも忘れてはならない。
偉大なリーダーの教え 3: 反対意見に敬意を表し、受け入れよ
「私はあの男が嫌いだが、だからこそ、彼のことをもっと知らなければならない」
── エイブラハム・リンカーン
偉大なリーダーの話をするときに、リンカーンを外すことはできないはずである(米国人でなくとも)。彼についてはことさら詳しい説明は不要だと思うが、リンカーンは「ダイバーシティ」が今日のように流行するはるか以前から、多様な思考・見解を受け入れることに熱心だったとされている。例えば、彼は、自分とは異なる意見・見解を持った官僚やアドバイザーを広く集めて組織化し、自分の身近に置いていた。つまり、リンカーンは、異なる意見・見解の枝葉を1つの解決策へと収束することができれば、その解決策はより強力なものになることを知っていたのである。実際、リンカーンと側近のグループは、奴隷解放宣言の文言や発布のタイミングなどを巡り、激論を交わした。結果としてまとめ上げられた奴隷解放の宣言によって奴隷制が廃止となり、米国の歴史を大きく変わったのである。
■この「教え」がなぜ機能するのか
ダイバーシティの考え方に基づいて異なる意見・見解を戦わせることを「創造的な摩擦(まさつ)」、あるいは「建設的な批判」を生む行為と表現されることがある。その表現がどうあれ、異なる意見・見解を受け入れようとすると、大抵の場合、意思決定のスピードは鈍る。それをあえて許容する忍耐強さを発揮することで、リーダーは自身の我慢(がまん)に対する大きな見返りを得られる可能性が大きくある。例えば、自分のアイデアとは真逆の意見を取り入れ、アイデアに磨きをかけることで、アイデアを遂行に移した際の手戻りは少なくなる。また、自分とは異なる(建設的な)意見に敬意を表し、意見の不一致を歓迎する姿勢を明確に示すことは、リーダーに対する周囲のロイヤリティとエンゲージメントの醸成にもつながる。実際、ある調査によれば、何らかの意思決定が下される前に自分の意見が述べられる機会が設けられている場合、人々はそれを有効であると感じ、仮に、個人的には同意できない意思決定が下されても、その決定に従う(コミットする)可能性が高くなるという。
■「教え」の実践法
異なる意見・見解を取り入れる際には、周囲の反対意見を受動的に受け入れるだけではなく、反対意見を持つ人を能動的に集めて、それぞれの意見に耳を傾けるようにすることが大切だ。例えば、過去において自分のアイデアに反対した人に連絡を取り、新しいアイデアについてフィードバックを求めるようにする。また、自分のアイデアに対して能動的に反対意見を出してきた人に対しては、反対意見を出すために自分の時間を割いてくれたことへの感謝の意を公の場で表明することが重要であり、効果的である。
偉大なリーダーの教え 4: 聞くことと学ぶことを決して止めない
「自分のチームを信頼し、彼らの意見に耳を傾けることと学び続けること──。この2点が、リーダーとしての私にとって最も役立つことだった」
── ウルスラ・バーンズ
組織のリーダーの立場にある人が、その組織の中で最も賢いわけではない──。そのことを深く認識し、リーダーとしてあるべき姿を追求してきた一人が、元ゼロックスの著名なCEO、ウルスラ・バーンズである。彼女はきわめて優秀な人だが、彼女の周囲には、彼女と同等、もしくはそれ以上の能力と知識を持った人材が多くいたという。ゆえにCEOとしての彼女は、周囲のスタッフを信頼し、彼らの意見に耳を傾けることと学ぶことに徹底して力を注いでいたという。例えば、ゼロックスがAffiliated Computer Services社を買収したとき、2つの会社の文化はまったく異なっていたという。そうした2社を1つの企業体へと移行させるために、バーンズは、それぞれの企業文化のどの側面が最も評価されているかについて徹底的なヒアリングをかけた。これによって彼女は、両社の従業員からの信頼を失うことなく、彼らがどのように変われるかの理解を深めることに成功したという。
■この「教え」がなぜ機能するのか
好奇心を持ってチームのメンバーの話を聞くことは、自分の予測や仮説が正しいと思い込む「確証バイアス(Confirmation bias)」が発動するのを防ぐ効果がある。確証バイアスの問題は、自分の思い込みが邪魔をして貴重な情報を取り入れる機会を逃し、健全な意思決定を下す能力を低下させてしまう点にある。つまり、人の意見に真摯に耳を傾ける努力を怠ると、確証バイアスによって効果的なリーダーになる能力が妨げられてしまうのである。
■「教え」の実践法
反対意見を受け入れるのと同じく、自分の周囲に信頼を寄せ、さまざまな意見に真摯に耳を傾けて取り入れようとすることは、リーダーとしてそれほど難度の高い取り組みではないはずである。また、この取り組みからチームリーダーとしてのスタートを切ることは、メンバーの信頼を得るうえでも有効だ。加えて、ビジネス上の意思決定の権限を可能な限り低位のメンバーに移譲して、メンバーに挑戦する機会(=自身の能力を拡張する機会)を与えることも、チームへの信頼を示し、かつ、メンバーからの信頼を獲得する効果的な方法と言える。