本稿の要約を10秒で
- 「変化疲れ」とは、組織的な変化に対する従業員たちの抵抗、ないしは受動的な逃避を意味している。
- 突然の破壊的な変化に対応・対処するために、人は「サージ能力」を備えているが、新型コロナウイルス感染症の流行というパンデミックの長期化により、その能力が枯渇し始めている。
- ある調査によると、企業の従業員が変化に対応する能力はパンデミック以前の半分へと下落しているという。
- チームリーダーは、チーム内の信頼関係と結束を強化することで「変化疲れ」を軽減することが可能になる。
「サージ能力」の枯渇という問題
平時において、自分の周囲に破壊的な変化が巻き起こっても、人はそれにどうにか対応・対処することができる。私たち人間は、そのための「サージ能力」を備えているからである。作家のタラ・ヘール(Tara Haelle)氏の説明によると、人間のサージ能力とは「自然災害など、突発的に大きなストレスがかかる変化に遭遇した際に、生存のために発動する心身的な適応システムの集合体である」という。
サージ能力は人が持つ素晴らしい能力だが、問題は、その能力を長く保つことができないという点だ。一方で、今回のコロナ禍──すなわち、新型コロナウイルス感染症の流行というパンデミックはきわめて長期にわたり、私たちの誰も経験したことのないような不確実な世界を創り出した。しかも、このパンデミックによる変化は、いまもなお進行中であり、私たちの仕事・生活のあらゆる側面に影響を与え続けている。結果として、私たちのサージ能力の残量はほぼゼロ%となり、調査会社のガートナーによれば、現在のビジネスパーソンの変化への対応能力はパンデミック以前の50%にまで落ち込んでいるようだ。
このガートナーの調査では、小規模な組織的な変化のほうが、大規模な変化よりも従業員を疲弊させやすいことも明らかにされている。例えば「新チームへの移行」や「新しいマネージャーの起用」など、従業員の毎日の仕事に影響を与える小さな変化は、合併・買収といった大規模で構造的な変化の2.5倍以上のストレスを従業員たちにかけているという。
では、企業の経営層やチームリーダーは、変化が従業員に与えるストレスをどのように低減していけば良いのだろうか。以下、その疑問を解くためのヒントを示していく。
変化への適応力を高める2つの要素
従業員の中には、変化への適応力が高い向きと、そうではない向きがいる。ガートナーによれば、この違いを生む要因は以下に示す、チーム内の「信頼」と「結束」であるという。
1. チームの信頼
ここで言う「信頼」とは、チームのリーダーやマネージャー、あるいは会社の人事が以下の行動をしていると、従業員が信じられることで生まれる。
- 従業員の利益を念頭に置いている。
- 従業員に与える影響を考慮したうえで組織の変更を行っている。
- 従業員に対して組織の変更が何を意味するのかを明確にし、かつ、約束を大切にする。
チームに対する信頼が薄い従業員は、変化に対する適応力が通常の2分の1程度でしかないという。その逆に、チームへの信頼が厚く、変化に対するリーダーやマネージャーの努力を認めている従業員は、信頼が薄い従業員と比較して、変化への適応力が2.6倍高いとガートナーは指摘している。
その意味でも、組織を変更する際には、メンバーとの間で「過剰」と思えるほど緊密にコミュニケーションを取ることをお勧めしたい。というのも、チーム内での相互信頼の輪を形成するうえでは、仕事に関するあらゆる情報をオープン(透明)にすることが不可欠であるからだ。
また、チームのリーダー、マネージャーは、メンバー各人への影響を加味したうえでチームの組織的な変更を行う必要があり、また、そうしたマネジメント層の努力をメンバー各人が理解しているかどうかも確認する必要がある。
繰り返すようだが、現在は、世の中のあらゆるビジネスパーソンが変化に疲れている時期だ。したがって、チームのリーダー、マネージャーは仕事面でもプライベート面でも、メンバー各人を常に気にかけていることを明確に示すことがきわめて重要である。
さらに言えば、組織の変更は、チームのリーダーやマネージャーにも相応のインパクトを与えるはずである。その際には、メンバーに対して変化への適応の模範を示しつつ、変化に対する自分の弱さや懸念も包み隠さず伝えたほうが良い。そうすることで、チームのメンバーたちも、変化に対する自分の不安や懸念をオープンにしやすくなるからである。
2. チームの結束
チームの結束とは、メンバー各人の「チームへの帰属意識」「相互のつながり」「チーム目標に対するコミットメントと責任感」などを指している。
この結束力が強いチームで働く従業員は、変化への適応力が通常の1.8倍高いとガートナーでは指摘している。
チームの結束力を強めるためのリーダー、マネージャーの取り組みは、チーム結成の初日から始まる。そして、チームのライフサイクルを通じて継続的に行う必要がある。
ちなみに、アトラシアンの「Team Playbook」では、さまざまな変化と向き合う中でチームの目標やチームに対する周囲の期待を調整したり、メンバー各人の役割(ロール)と責任を明確にしたりするためのワークショップや演習のテンプレートを無償で提供している。これらは、チームが変化を経験するたびに繰り返し実施すると良い。そうすることで、チームのリーダーやマネージャーは、いかなる破壊的な変化と遭遇しても、チームを適切にリードしていくことが可能になるはずである。
早い段階から継続的にコミュニケーションをとる
現在、組織におけるチェンジマネジメントの手法として「オープンソース チェンジマネジメント」に対する関心が集まっている。これはすなわち、組織における変化の早い段階で従業員たちを「変化の旅路」に連れ出し、変化に参加させる取り組みである。
例えば、アトラシアンでは、全従業員が自分の選択した場所からリモートで仕事ができる「Team Anywhere」体制に移行しているが、この体制変更の決定が正式に下される前から、社内的な周知が徹底されていた。これによって従業員は、近い将来起こる組織的な変化に備えることができ、変化による心理的なインパクトを最小限にとどめることが可能になった。加えて、従業員たちには体制変更の計画に対して意見を出す機会も与えられ、会社の体制変更に自ら関与することもできたのである。
変化疲れを低減するうえでは、従業員とのコミュニケーションのタイミングを適正化することも重要だ。例えば、大きな組織変更の発表は、その変更によって従業員たちが毎日の業務体験に影響を感じ始める数週間前、あるいは数カ月前に行われるかもしれない。その発表が後ろ倒しになればなるほど、変化が引き起こす波紋は大きくなり、変化疲れという意味で、相応の労苦を従業員たちに与えるおそれがある。
したがって、チームのマネージャーやリーダーは、変化が引き起こした波紋に注意を払いながら、チームのメンバー各人に対する心の健康診断を継続的に、かつ定期的に行う必要がある。このとき、メンバー各人に対してパーソナルなケアを心がけるだけではなく、仕事のプロフェッショナルとしての支援を提供することも忘れないでいただきたい。加えて、定期的なチェックの際には、変化の進行状況に合わせてチームをアップデートし、そのたびにチームに与える影響を確認することも大切である。
いずれにせよ、今後、組織的な変革を推進していくうえでは、企業のマネジメント層が、チェンジマネジメントの観点から、現場で働く従業員の時間とエネルギーをどこに注ぎ込むべきかを慎重に見定める必要がある。そして、組織の変革をナビゲートする際には、以下の点を心にとどめておくことが不可欠と言えるのである。
- 日常の変化は従業員に最も大きなダメージを与える。
- チームの信頼と結束が、変化への従業員の適応力を高める。
- 従業員に寄り添った、有効な変化の体験は、変化疲れのリスクを低減できる可能性がある。