10秒でチェック!本稿の要約
- 「雑談などの対面のコミュニケーションが人の創造性を刺激する」という一般的な通説は間違い。人の創造性は時間・自律性・ダイバーシティによって決定づけられる。
- 企業の経営層は、従業員の働く場所と時間に柔軟性を持たせことが大切であり、それによって従業員の創造性を高めるための土台が築かれる。
- 働く各人は、リアルタイム(同期型)のブレインストーミングに依存せず、あくまでもドキュメントを頼りにする。それによって創造性が向上する可能性がある。
混沌とする働き方のニューノーマル
現在、新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)の流行が終息した後の新しい働き方──つまりは、働き方のニューノーマルについてさまざまな意見が出始めている。その中で、オフィスワーク中心の働き方を支持する層がよく口にするのが、次のような見解である。
「ウォータークーラー前での雑談がなければイノベーションは起こり得ない」
これは、まさに耳を疑いたくなるような見解である。
確かに、オフィス(米国や欧州、豪州のオフィス)では従業員たちの休息スペースやキッチンなどにウォータークーラー(要するに冷給水機)がよく置いてある。なので、コロナ以前のオフィスでは、さまざまなチームのメンバーがウォータークーラーの周辺に集まり、雑談に興じていた。かく言う私も、かつてはそんな雑談──日本風に言えば「井戸端会議」によく参加し、楽しんでいた。
だが、そこからイノベーションにつながるヒントを得た記憶はまったくないし、創造性が刺激された覚えもない。そもそも、コロナ以前は、ウォータークーラー前の雑談がイノベーションにつながったという話を耳にしたことがなった。おそらく読者諸氏もそんな経験はないはずである。
テレワーク(リモートワーク)が長期化し、ウォータークーラー前の同僚たちとの雑談を懐かしむ気持ちは理解できる。私もチームメイトとの雑談が愛おしい。また、在宅勤務の常態化によって、日々の仕事はより流れ作業的になり、インスピレーションを得る機会も減ったようにも感じる。ただし、だからといってウォータークーラー前の雑談と人の創造性とを結び付けてしまうのは、いかがなものだろうか。
コロナ以前の職場もそれほど創造的ではなかった
ここでコロナ以前の職場を思い起こしていただきたい。
従業員同士の雑談は頻繁に行われていたかもしれないが、仕事自体はそれほど創造的なものではなかったはずである。それは従業員のせいではなく、大多数の企業が「労働生産性」という指標に固執し、人が創造性を発揮する、あるいは創造的な仕事をするのに必要な時間と精神的なゆとりを従業員に与えてこなかったからである。
加えて、組織・チームのリーダーがとりがちな「リスク回避」の行動も、従業員たちが創造性を発揮するチャンスを奪ってきた。
実際、(私も含めて)組織・チームのリーダーの多くはこれまで、従業員に対し「決められた枠からはみ出ないように、枠線の内側に上手に色を塗りましょう」といったかたちの指示・指導を行ってきた。こうすることで、従業員が“失敗”するリスクは低くなるが、一方で、創造的な仕事をするチャンスは狭められるのである。
このようにコロナ以前から、企業の職場環境も、そこで働く私たちも創造的ではなかった。ゆえに、働き方をコロナ以前に戻してウォータークーラー前の雑談を復活させたところで、組織・チームの創造性が高められることはまずない。仮に組織・チームのリーダーが現場の創造性を高めたいのであれば、そのための方法を一から考える必要があるということだ。
創造的な組織の実現に向けて経営陣が成すべきこと
企業の創造性を高める取り組みは、トップダウンで物事を進めなければならない。その取り組みにおいて経営陣がまず成すべきことを以下に示す。
取り組み1:分散型コラボレーションを採用する
この最初の取り組みを見て、こう思う方がいるかもしれない。
「分散型コラボレーションがリモートワークを指しているなら、その働き方は十分経験したし、それによって創造的な組織が築かれないことは実証済みではないか」
確かに、分散型コラボレーションはリモートワーク体制とほぼ同義である。ただし、コロナ対策として私たちが実施してきたリモートワークはあくまでも緊急時避難の体制であり、真の分散型コラボレーション、あるいは分散ワークとは異質なものである。
例えば、アトラシアンにとっての分散型コラボレーションとは各所に分散したチームメイトたちが「経歴」「アイデンティティ」「ニーズ」「嗜好」の違いを超えてつながり、さまざまな場所からチームの仕事に参加することを意味している。
アトラシアンではコロナ以前から分散型コラボレーションを実践しており、チームのメンバー各人がチームの慣習・儀式、そして正しい働き方を身につけていれば、互いに離れた場所で働いても、また、文化的な背景や物事の見方が異なっていても、一つのチームとして有効に機能できることをつかんでいる。要するに、分散型コラボレーションを採用することで、物理的な所在とは無関係にさまざまな才能を集めて、それぞれのスキル・能力に基づきながら、多様性の効いたチームを組織できるというわけだ。
多様な人材から成るチームを組むことで、企業のパフォーマンスや創造性、さらには市場での競争力が高まることは、さまざまな調査によってすでに実証されている。例えば、ある調査によると、多様な人材で構成されている企業は、そうではない企業に比べて従業員1人当たりのキャッシュフローが平均1.3倍良好で、イノベーションによる収益が平均で約1.2倍大きい という。
では、なぜダイバースな組織・チームは、パフォーマンスが高くてイノベーティブなのか。理由は、従業員たちの多様な経験や視点、才能が、企業の課題解決能力を高めるから──言い換えれば、複雑な課題に対して斬新で強力な解決策を見出す力を大きくするからである。
取り組み2:適切な「燃え尽き症候群対策」を講じる
多くの企業は産業革命時代から続く「労働生産性」の呪縛から解放されておらず、いまだに生産性によって従業員を評価しようとする。結果として、私たち労働者(特にホワイトカラーに類するナレッジワーカー)は「自分の働きやアウトプットが会社に認められていないのではないか」といった不安を常に抱きながら仕事と向き合わざるをえない状況に陥っている。
その不安を少しでも和らげるために、多くのナレッジワーカーは長時間働くようになり、米国では働き過ぎに起因した「燃え尽き症候群」という心の病が流行する事態へと発展している。
当然のことながら、創造的な組織づくり、チームづくりを目指すのであれば、従業員が燃え尽き症候群にかからないようにする施策を講じなければならない。その施策として有効なのは、従業員に対して労働時間の削減を単純に求めることではなく、働く時間と場所の柔軟性を高めることである。
実際、従業員たちが会社の求めている成果を上げている限り、仕事がいつ、どこで行われるかは重要ではない。そのため、いくつかの企業では1日の就業時間内にコアタイム(例えば、午前10:00〜午後2:00など)を設定し、それ以外の時間は従業員が「いつ、どこで働くか」を自由に選べるようにしている。コアタイムを設定する目的は、オフィスワーク中心の働き方であれば、いつでもチームの全員が集まって仕事やミーティングができる時間を、リモートワーク体制であればチーム全員を呼び出してWeb会議を行ったり、リアルタイムチャットを行ったりするための時間帯を明確にするためだ。こうした制度によって、自宅介護や育児・子育に追われている従業員や通勤に長い時間を要する従業員のストレスを大きく和らげることが可能となる。
取り組み3:業績評価を再考する
人はよく「生産性」と「パフォーマンス」を混同する。ただし、生産性とパフォーマンスは大きく異なる。生産性とは、決められた時間内にいくつのモノを生産したかを示す指標であり、パフォーマンスとは仕事の結果としてどのような成果を生んだかを表すものである。
例えば、あなたのチームのメンバーが、自社のソフトウェア製品について100個のバグを修正した、あるいは自社のWebサイトに100本のブログ記事を投稿したとしよう。生産性を指標にすれば、このメンバーはとても素晴らしい仕事をやってのけたことになる。
ただし、そのメンバーのパフォーマンスを測るうえでは「100個のバグ修正は顧客の困りごとを本当に解決できたのか」「バグ修正は製品に対する顧客満足度の向上にどの程度貢献したのか」といった点や「投稿したブログはWebサイトのPVアップ、自社のブランド/製品の認知度アップにどの程度貢献したのか」といった点が重要になる。
こうした観点から、アトラシアンでは数年前に人事評価制度を次の3点に軸足を置いたものへと改変した。
- 個々の仕事のアウトプットではなく成果はどうだったのか。
- チームのメンバーとしての守備範囲はどうか。
- 日々の仕事の中で、会社のコーポレートバリューに則った行動をとれているかどうか。
これら3点に評価の軸足を置くことで、チームのマネージャーはメンバーたちの創造性や構想力を引き出しやすくなる。言うまでもなく、創造的な思考は、物事を暗記する作業よりも多くの時間がかかり、生産性と対立する。また、創造的思考には幾度かのアンラーニング(*1)のプロセスも経なければならない。とはいえ、創造的な思考により、多くの開発者を困らせ、顧客に多大な損失を与えていた厄介なバグが一つ解決される可能性がある。もし、そうした問題が解決されれば、誰でも簡単に採れるような果実を100個収穫するよりも、圧倒的に大きなビジネス上の効果が期待できるのである。
*1 アンラーニングとは一度学んだことや成功体験をあえて捨て去り、学び直すことを指す。日本では「学修棄却」と呼ばれることもある。
ハイブリッドワークで自身の創造性を解放する一手
上に示した取り組みはあくまでも経営幹部が遂行すべきものであり、あなたが経営幹部ではなく、チームのメンバーであるならば、例えば、人事評価の方法について学んだとしても、知識の活かしどころはないはずである。ということで、以下では現場で働く各人が自身の創造性を解き放つためになすべき2点を紹介する。いずれも今日から始められることだ。
ビデオ会議を使い続ける
ビデオ会議の場では、人は他者の発言を遮(さえぎ)ろうとしなくなる。そのため、内気な人や言葉の壁を感じているような人でも発言がしやすくなり、会議の場でより多くの視点とアイデアが出される可能性が広がる。
また、コロナ終息後にリモートワーク体制からオフィスワークとリモートワークが混成するハイブリッドワークへの移行を検討しているのであれば、チーム内の会議には常にビデオ会議システムを使うことが重要となる。
例えば、アトラシアンの Trelloチームにはコロナ以前からビデオ中心の会議文化が根づいていた。その文化とは、チーム内の1人でもビデオ会議で会議に参加する場合には、チームの全員がビデオ会議システムを使い会議を行うというものだ。言い換えれば、チームの大多数がオフィスの会議室に集まり、リモートにいる数名をビデオ経由で会議に参加させるといったスタイルは絶対にとらないということである。そうする理由は、リモートから会議に参加したメンバーが、会議での対話についていけなくなったり、発言しにくくなったりするのを避けるためである。
このアイデアに対しては賛否があるだろうが、チーム内の公平性を担保するうえでは非常に有効である。また、ハイブリッドワークでの会議の数を減らせるという効果も期待できる。
リアルタイムのブレインストーミングだけに頼らない
チームや個人の創造性を解き放つうえでのカギは、コミュニケーションとブレインストーミングの「民主化」にある。ただし、リアルタイム(つまり、同期型)のコミュニケーションやブレインストーミングだけで個人の創造性が高められるわけではない。より重要なのは、ドキュメント化のプロセス──すなわち、自分のアイデアを書き留めて整理し、洗練化させることにある。
もちろん、同期型のコミュニケーションやブレインストーミングが無意味であると言っているわけではない。仮に、何らかのアイデアを生み出す、あるいはアイデアに磨きをかける目的でリアルタイムのブレインストーミングを行うのであれば、自分の考えを事前にドキュメントとしてまとめて参加者全員と共有しておくことが重要であるということだ。こうすることで参加者から自分のアイデアに対する最初のフィードバックを得ることが可能になるほか、参加者全員がアイデアを次のステップに進めるために必要なコンテキストをブレインストーミングの前に得ることができる。結果として、全員が自分の考えをまとめたうえでブレインストーミングに臨むことができ、その場での対話が最も外向的な性格を持つ誰かによって支配されてしまうリスクも回避できるのである。
改めて言っておきたい。もし、いまだにウォータークーラー前の雑談が創造性を解き放つカギと見ているならば、あなたは間違ったことに力を注ごうとしている。