ハピネスプラネットは、日立製作所(以下、日立)の外に「出島」方式で創設された、日立の先進技術や信用、営業チャネルを活用しながら、ベンチャーの俊敏さを併せ持つ新会社だ。人が無意識に起こす身体の動きから幸福度を計測するスマートフォンアプリ「Happiness Planet」を軸に、企業の従業員が前向きに行動する組織づくりのためのアプリ事業を展開している。

そのCEOでHappiness Planetの生みの親でもある矢野和男氏に“幸せな組織”を築くための要点を聞いた。

矢野和男(やの かずお)

日立製作所フェロー/ハピネスプラネット代表取締役CEO、工学博士IEEEフェロー。1984年に日立製作所に入社し、中央研究所に配属。1993年に単一電子メモリの室温動作に世界で初めて成功。 2004年からウェアラブル技術とビッグデータの収集・活用技術の研究・開発に力を注ぎ、350件を超える特許を出願。開発したウェアラブルセンサー「ビジネス顕微鏡(Business Microscope)」が「ハーバード・ビジネス・レビュー」誌で「歴史に残るウェアラブルデバイス」として紹介される。日本データマネジメント・コンソーシアム先端技術活用賞、Rakuten Technology Award/HEAD Award、2020 IEEE Frederik Phillips Awardなど国内外のアワードを数多く受賞。著書には2014年のBookVinegar社ビジネス書ベスト10に選ばれた『データの見えざる手~ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則』(発行・発売:草思社)や『予測不能の時代:データが明かす新たな生き方、企業、そして幸せ』(同)などがある

「成功して幸せになる」のではなく「幸せだから成功できる」

組織のパフォーマンスは、そこで働く従業員の「幸福度」、あるいは「前向きさ」で決定づけられる──。こうした考えから、従業員の働く満足度を高めようとする動きが日本企業の間で活発化しつつある。メディアの間でも、従業員の満足感や幸福感を表す「マインドフルネス」「ハピネス」「ウエルビーイング」といった用語を目にする機会が増えてきた。

ただし、従業員の幸福度を向上させる手法や働く幸せが何によってもたらされるかについて共通の認識・理解が広く確立されているわけではない。加えて、「そもそも何に幸せに感じるかは人によって異なる」といった考え方もある。ゆえに、企業の中には待遇面の充実以外に従業員の幸福度や前向きさを増進する良策を想起できないところもある。

言うまでもなく、従業員に対する待遇を厚くするには相応の原資が必要であり、業績が好調である、あるいは上向きであることが条件となる。となれば、全ての企業が従業員の待遇を厚くして、各人の幸福度や前向きさを高められるわけではなく、とりわけ新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)の影響によって経済の先行きの不透明感が増している今日では、それができる企業はこれまで以上に限定的になるとの予測も成り立つはずだ。

もっとも、日立のハピネスプロジェクトリーダーであり、昨年7月に設立した新会社ハピネスプラネットでCEOを務める矢野和男氏によれば、人から与えられた境遇・待遇が人の幸せにもたらす効果は小さく、その影響度は全体の10%程度でしかないという。

「報酬がアップした、会社での地位が上がった、あるいはビジネスで成功して評価されたといった事象によって人が幸せを感じるのは一時(いっとき)のことで、その期間は非常に短いことがデータで検証されています。そうした与えられた境遇よりも、はるかに人の幸せに対する影響度が大きいのは、個人が持つ幸せになる力であり、持続的な幸せを得るための能力です。別の言い方をすれば、職場での境遇やビジネスの成功が人を幸せにするのではなく、幸福感を持続できる能力を持つ人が、より良い境遇や成功を手にできるということです」

矢野氏によれば、持続的な幸福感を得る能力は、誰でも簡単な訓練で伸ばすことができ、それは科学的に証明されているという。ゆえに従業員の幸福を追求する企業が成すべきことは、持続的な幸福を得るための従業員の能力を育むことだと矢野氏は指摘する。

画像: ハピネスプラネットが居を構える日立研究開発グループの「協創の森」

ハピネスプラネットが居を構える日立研究開発グループの「協創の森」

心の資本「HERO」の経営価値

では、幸福感を持続できる能力とは果たしてどのような力なのか──。

矢野氏によると、この能力は、道は見つかると「信じる力」である「Hope」と、現実を受け止めながら「踏み出す力」である「Efficacy」、困難から逃げずに「立ち向かう力」である「Resilience」、そしてどんな状況でも「楽しむ力」である「Optimism」という4つの力で成り立っているという。これらは幸福になるための「心の資本」であり、それぞれの頭文字をとって「HERO(ヒーロー)」と呼ばれる。

日立における矢野氏の研究チームは、過去約17年間・1000万日分を超える大量のデータを収集し、クリエイティブで生産的な組織とは、どのような状態にある組織かを分析してきた。結果として判明したのが、HEROのマインドセットを持つ人が多い組織ほど、クリエイティブで生産性が高いという事実だった。それは、変化の激しい今日では当然の結果でもあると矢野氏は指摘する。

「過去数十年間、テクノロジーの発達で世の中が変化するスピードは猛烈に速くなっています。変化が激しいということは、過去の経験やデータをいくら駆使したところで未来は読めず、会社の誰にも“道が見えない”ということです。そうした中で企業を成長・発展させる原動力となるのが、どこかに道があると信じて踏み出し、困難にも立ち向かい、楽しむHEROのマインドセットです。そのマインドセットを育み、高めることが、結果的に組織の創造性と生産性、そして収益の向上へとつながっていきます」

先にも触れた通り、HEROという心の資本は簡単な訓練によって増やすことができる。そのことは、矢野氏の研究チームが2018年から83社・約4300人を対象に実施したHappiness Planetの実証実験でも証明されたという。

この実験では、人が前向きになるための行動メニューを用意し、約4300人に毎日1分・3週間にわたって、そのメニューの中から好きなものを選び、実践してもらうという訓練が行われた。その結果をHappiness Planetで計測したところ、83社におけるHERO値が平均して約33%向上していることが判明したという。組織におけるHERO値と営業利益が正の相関にあることは科学的に証明されており、その法則に基づくとHERO値の33%増は営業利益が10%上向くのに相当する値であるという。

「簡単な訓練でHEROの値(人の前向きさ)が33%も上昇すると聞き『そんなはずはない』と疑う方もいますが、人は誰でも100個の出来事のうち1つでもネガティブな出来事があると、99個のポジティブな出来事を忘れて1つのネガティブな出来事に注目を向けて落ち込んでしまう習性を持っています。しかも、人が物事に注目する処理速度はコンピュータのようには速くなく1秒間で1つの物事にしか注目できません。つまり、普段の私たちはかなり偏りのあるレンズで周囲の世界を捉えていて、そのせいで必要以上にネガティブになりがちになるわけです。ゆえに、そのレンズの偏りを修正する簡単な訓練をするだけで、世の中の見方をネガティブからポジティブへとガラリと変えることができるのです」(矢野氏)。

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