ビジネスの目的は人と地球を守ること
企業としての「価値観」を守りながら利益を確保するのはなかなか難度の高い経営である。それに成功している1社が、ロッククライマーのイヴォン・シュイナード(Yvon Chouinard)氏が1973年に創設した米国の衣料品メーカー、パタゴニアである。
マサチューセッツ工科大学スローンマネジメントスクールのサステナビリティイニシアチブで講師兼シニアアソシエイトディレクターを務めるベサニー・パッテン(Bethany Patten)氏は、パタゴニアを次のように評している。
「パタゴニアのコアバリューは人類と地球環境を守ることで、ビジネスはそのための手段にすぎません。同社は、ビジネスを通じて社会の変化を促し、環境保護という大きな課題の解決に向けて長く取り組んでいます。要するに、ビジネスで利益を出すことよりも、社会の一員として正しいことするするほうに関心があるというわけです」
実際、パタゴニアは「CSR(企業の社会的責任)」が概念として社会に浸透する以前から、地球環境の保全と従業員の幸せな暮らしにコミットすると宣言していた。
もっとも、そうした約束を長期にわたって守り抜くことは簡単ではなく、パタゴニアも大きな困難に直面したことがある。それは、米国でeコマース市場が拡大し始めたが2000年代初頭の話だ。
その当時、eコマース市場の拡大を背景にパタゴニアの商品は売上げを伸ばし、同社は増大する需要への対応と製造コストの削減を目指し、海外工場への製造委託を始動させていた。これによって引き起こされた問題が、自社のサプライチェーンの末端(例えば、海外の2次請け、3次請けの状況)を見通せなくなったことだ。つまり、製造を委託した海外工場のことは見えていても、その工場がどのような工場に仕事を再委託しているかまではパタゴニアの幹部から見えなくなっていたのである。
そして最悪だったのは、海外の委託先が、劣悪な環境と低賃金で労働者を働かせる工場に仕事を発注していたことだ。それが明るみになり、パタゴニアの幹部たちは、倫理と利益のバランスをどう確保するかの問題と対峙することになったのである。
コアバリュー重視を貫く
倫理(あるいは、自社のコアバリュー)を重んじるのか、それとも利益の確保を優先させるのか──。この二者択一を迫られたパタゴニアの幹部たちが出した結論はシンプルだった。それは、自社のコアバリューに基づいて行動を起こすことであり、コアバリューこそが、自社のあらゆるビジネス活動・意思決定の基礎を成すというものだ。
「パタゴニアのリーダーたちは歴史的に、自己を客観的にとらえ評価する能力に優れていたと言えます。彼らは自分が何者で、いま、何をしているのかをとらえ、内省し、改善の検討を定期的に行っていました」と、同社の元リードストラテジスト、クレイグ・ウィルソン(Craig Wilson)氏は振り返る。
この内省によって上記の結論に至ったパタゴニアの幹部たちは、すべての従業員に、自社のコアバリューに則った行動と意思決定を行ってもらうための取り組みを始動させた。この取り組みには次の3つの戦略が含まれている。
- 全従業員がコアバリューに則った行動を行えるようにする。
- 会社のあらゆる意思決定と行動をオープンにし、評価する。
- 会社は社会的責任を果たすことを約束する。
これら3つの戦略を遂行すべく、同社が最初にとった行動はCSRマネージャーの採用だった。このマネージャーの任務は、自社のサプライチェーンを監視することと、全工場における労働問題の解決に向けた従業員教育を監督することだった。
加えてパタゴニアでは、社会問題に関する活動家とともに月例の社員向けセミナーも展開した。
「例えば仮にあなたが、当時のパタゴニアの社員で、月例セミナーの前に自席で仕事をしていたとします。すると、リーダーが必ず近づいてきて『もうすぐ月例のセミナーが始まるよ。その仕事はあとでもできるよね。セミナーの話のほうが大事なんだから、見逃してはダメだ』と指導するわけです。なかなか興味深い文化ですよね」(ウィルソン氏)。
こうしたパタゴニアの文化は、上述した戦略の遂行によって醸成されたものだ。また、その戦略はコアバリューを徹底して守るという考えに基づいている。
「この考え方を実践するためのアイデアは、商品の企画・開発担当からWebサイトのデザイナーに至るまで、すべての従業員にコアバリューを徹底的に理解し、共感してもらい、体現してもらうことです。これによって彼らは、自分がパタゴニアで働く意味と、自社のビジネスの存在理由を体得し、誰からの指導も仰ぐことなくコアバリューに沿った行動と意識決定が行えるようになるわけです」
さらにパタゴニアは、フェアトレード推進機関であるフェアトレードUSAなどの組織と提携することによって、社会的な信頼も完全に取り戻した。
「パタゴニアのように、人や地球環境への貢献や持続可能な調達の実現をDNAとして持つ企業は、真の意味で強い会社です。要するにCSRが企業文化として組み込まれている企業ほど、持続可能性が高いということです」と、フェアトレードUSAのアパレル・家庭用品担当副社長、マヤ・スポール(Maya Spaull)氏は指摘する。