アトラシアン本社の情報サイト『WORK LIFE』から新着コラム。アトラシアンのイノベーションプログラム担当ヘッド、モーリー・ヘラマン(Molly Hellerman)とコンテンツ戦略リードのアシュリー・ファウス(Ashley Faus)が、自転車チームの成功を例にしながら、「マイクロフィードバック」と呼ばれるパフォーマンス改善の手法について紹介する。

本稿の要約を10秒で

  • かつてまったく期待されていなかった自転車の英国ナショナルチームは「マイクロフィードバック」によって2008年のロンドンオリンピックで奇跡的な活躍を示した。
  • マイクロフィードバックとは「小さな修正の指示」「メッセージへの返信」「確認」といった、チームリーダーが毎日のように行うフィードバックを指す。
  • マイクロフィードバックによってチームのパフォーマンスを向上させるうえでは、知っておくべきいくつかの要点がある。本稿ではその要点を紹介する。

平凡な自転車チームの偉大な成功

2003年当時、自転車競技の英国代表チームはきわめて平凡なチームだった。過去1世紀にわたってオリンピックで金メダルを獲得したのはたった一度だけ。ツールドフランスでの優勝も110年以上なかった。そんな英国チームの「不甲斐なさ」から、欧州の著名自転車メーカーの一社は、自社のブランドへの悪影響をおそれてチームへの自転車の販売を拒否していたのである。ところが、それからわずか5年後の2008年に状況は一変した。英国チームはロンドン五輪で8つの金メダルを獲得し、のちのツールドフランスでは7年間で6度も優勝したのである。

この劇的なチームパフォーマンスの変化をもたらしたもの。それが「マイクロフィードバック」のループを形成し、それによって1%の改善に焦点を当てるという取り組みだった。

「マイクロフィードバック」で小さなカイゼンを積み上げる

私たちビジネスパーソンの大多数は、伝統的な「フィードバックループ」について理解しており、また活用してもいる。何らかの計画を立ててアクションを起こし、それに対するフィードバックを同僚・リーダーから受け取り、それを反映して計画を練り直して再度行動に移す──。それが一般的なフィードバックループである(図1)。

画像: 図1:伝統的なフィードバックループ

図1:伝統的なフィードバックループ

また、あなたがチームリーダーである場合、チームのメンバーの行動に影響を与える「小さな修正の指示」「メッセージへの返信」「確認」といったマイクロフィードバックを毎日にように行っているはずである。

さらに、マイクロフィードバックは仕事環境からも得られることがある。例えば、業務終わりに首が痛いと感じたら、それはPCの画面位置を調整するよう求める小さなフィードバックと言える。

英国チームが行ったことは、これらのマイクロフィードバックを調整し、定期的なフィードバックループの中で継続的な改善の文化を生み出していくというものだ。英国チームの元責任者、デイビッド・ブレイルズフォード(David Brailsford)卿は「ハーバードビジネスレビュー」誌によるインタビュー(英語)で次のように語っている。

「私たちにとってロンドン五輪でのメダル獲得は遥かかなたにある山の頂(いただき)に思えましたが、これまでと同じことをしていても何も変えられないことは分かっていました。そこで私が目をつけたのが、日本のカイゼンをはじめとするプロセス改善の手法です。つまり、日々の小さな改善の積み上げによって大きな成果につなげていくという“継続的改善”の哲学をチームの強化に採用しようと考えたわけです。重要なのは“完璧”を求めるのではなく進歩を日々追求することでした」

こうした考えに沿ったかたちで、ブレイルズフォード氏の目標は、空気力学から人のパフォーマンスに至るまで、自転車チームの成功につながるすべての要素を1%ずつ改善することに置かれたという。例えば、自転車のサドルをより快適なものへと再設計したり、選手ごとの食事・睡眠時間などに関する推奨事項を最適化したりするといった具合である。

この手法の優れている点は、修正・調整の効果がない場合でも、すぐにやり直し、改善していけることである。

マイクロフィードバックは、全体像のコンテキストが共有されている上で機能する。ゆえに、チームのメンバー(特にリーダー)は、目標設定のためのフィードバックセッションや、コンテキスト共有を醸成するためのスパーリングセッションの場を活用すべきである。

また、マイクロフィードバックを機能させるには、チームのリーダーとメンバーとの相互信頼を確立することも重要である。そのため、ハイパフォーマンスチームのリーダーは、大多数が相互信頼を戦略的にリードしていく術(すべ)を熟知している。ちなみに、米国ゴットマン研究所の調査によると、メンバーの「やる気タンク」を満タンの状態にし、維持するには、否定的なコメントごとに5つの肯定的なコメントが必要であるという。

ちなみに、ブレイルズフォード氏のみならず、米国カレッジフットボールの殿堂入りを果たしたジョン・ロビンソン氏など、トップクラスのスポーチチームのコーチは、マイクロフィードバックをプラスに作用させる相互信頼の環境を構築するすべに優れているとされている。

「アスリートに大切なのは自分の力を信じることです。ゆえに、選手たちが自分の能力に対し、私が無条件で信頼していると確信できるまで、私は彼らを決して批判しません」
──ジョン・ロビンソン氏(元USC・LAラムズ コーチ)

マイクロフィードバックを成功させる要点

ブレイルズフォード氏は、チームパフォーマンスを向上させる手段として「実験」を用いていたと言える。例えば、チームのメンバーに対して一度に新しいサドルの高さやハンドルバーグリップを適用するのではなく、日課や機器、そしてアドバイスの組み合わせを少しずつ調整しながら、各メンバーに対して最適化されるまで幾度も実験を重ねていたようだ。

従来型のフィードバックループでは、フィードバックの作成・提供に数分から数時間を要し、フィードバックを受け取った側は、それを反映したアクションの計画を立てるのに数時間から数日をかけ、改善が見られるまでに数カ月がかかるのが通常である。言うまでもなく、このようなロングスパンのPDCAサイクルでは実験を幾度も行うことはできない。

そこで、英国チームが考えたのは、マイクロフィードバックのループを数秒から数分で行うことである。そのための方法として「フィードバックを反映した計画の立案」という作業のほとんどを排除し、アスリートたちの「筋肉の記憶」に頼るかたちで、フィードバックを瞬間的に行動に結びつけるという方法を採用したという(図2)。

画像: 図2:英国チームのマイクロフィードバックループのイメージ

図2:英国チームのマイクロフィードバックループのイメージ

こうしたマイクロフィードバックループを実現するうえでのカギは「トリガー」「自然発生的」「マイクロアクション」の3点に集約することができる。

ただし、チームのメンバー全員がリモートで働く場合、これら3つの要素によってマイクロフィードバックループを形成し、成功へと導くのはなかなか困難となる。

仮に、物理的なオフィスにチームのメンバー全員が集まって仕事をしているならば、会議から自席に戻るときやコーヒーマシンの前などで、60〜90秒間のマイクロフィードバックのやり取りが自然に発生する。ところがリモートチームの場合、対話はすべて意図的に発生することになり、マイクロフィードバックの機会が偶発的に生まれることは、ほとんどなくなる。ゆえに、リモートチームにおいては、意義あるフィードバックを各メンバーがいつでも発したり受けたりできるよう、そのための場所を設けるといった工夫が必要とされてくる。

以下、その辺りも踏まえながら、マイクロフィードバックを成功させる3つの要素「トリガー」「自然発生的」「マイクロアクション」をどう実現するかについて紹介する。

1. トリガーを設定する

米国の高校で陸上競技の選手だった人は、多くが競技中の苦しいときにコーチにかけられた声とフレーズをよく覚えている。「もっと腕を振れ!」── 苦しい場面でその掛け声を聞くと、なぜか少しだけ苦しさが紛らわされ、足が速く回転するようになるという。この掛け声が「トリガー」と称するのもので、リモートチームにおいては、このトリガーはすぐにタイピングできる単語、あるいはフレーズとなる。

例えば、優秀なプログラムマネージャーをイメージしていただきたい。大抵の場合、チームメンバーから信頼されており、自分の上司やリーダー格のチームメンバーと、自身やメンバーの長期的なキャリアップに関するコンテキストを共有している。また、経営幹部とのミーティングも主導することができ、ミーティングで決まったアクションプランをチームに遂行させる能力にも優れている。

ただし、多くのプログラムマネージャーにとって、リモートでの集まりを仕切るのは初体験に近い。そのため、ペースが少し乱れるのが通常である。このようなときに、信頼できるチームメイトの1人が「スピードアップ」「スローダウン」、ないしは「一歩引いて」「掘り下げて」といったメッセージを、チャットで伝えるだけでペースを修正することが可能になる。

こうした単語を使ったフィードバックに要する時間は5秒程度。それでも、フィードバックを発信した瞬間にプログラムマネージャーの行動を変えることができる。

2. 自然発生的なマイクロフィードバックを促す

競技スポーツにおけるコーチは、試合中にある30秒間のタイムで長々と修正指示を出している余裕はない。ゆえに、それまでにチームとの対話で開発した短いフレーズを使いながら、各プレイヤーに細かな修正指示(マイクロフィードバック)を出すのが通常である。

このような手法をリモートチームに取り入れるには、「自発的なマイクロフィードバック」を促す機会を意図的に設ける必要がある。

例えば、30分や1時間のミーティングであれば、25分や50分でミーティングをまとめ、最後の5分ないしは10分のバッファで雑談を交えながらマイクロフィードバックを促すことができる。

また、より迅速にフィードバックを得るのであれば、会議中にメンバー各人の理解度や納得感をジェスチャーで表現してもらうのも良い。さらにシビアに明確なフィードバックを得るのであれば、会議後にチームメンバーに会議内容を「1〜10」でスコアリングし、チャットで送ってもらうこともできる。

いずれの方法でも、会議後にマイクロフィードバックを即座に交換することで、チームメンバーは感想を共有し、次のアクションにつなげることができる。

3. マイクロアクションを活用する

マイクロフィードバックには、特定の瞬間における特定のアクションの指示が含まれていることが大切である。

書籍『Throw Like a Girl』では、元プロソフトボール投手のジェニー・フィンチ氏が、米国の女子ナショナルチームが、自分たちのミスを挽回するためにユニークなアプローチを採用していたことを明かしている。チーム担当のスポーツ心理学者が、小さなトイレを練習グラウンドに設置した。そして、誰かが練習中に三振したときに、その敗北感を「水に流す」ことを象徴する儀式として「トイレを流す」というアクションをとらせたのである。

ビジネスの世界では、多くの人が「えー、あの、まあ」といったフィラー(会話の合間にはさみこむ言葉)や、「すみません」といった謝罪のフレーズを多用してしまう癖があり、直すのに苦労している。例えば、これを矯正するのであれば、ミーティング中にこうしたフレーズを発した回数をチームメイトにカウントしてもらったり(数は後でプライベートチャットで知らせてもらう)、発した際に何かしらのジェスチャーをしてもらうことで、すぐにフィードバックを受け、修正できる。

フィードバックとアクションの比率は1対1である。これは、あなたの一つのマイクロフィードバックによって、チームのメンバーが一つの小さなカイゼン──すなわちマイクロアクションを即座に起こせることを意味している。

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