サンダル履きで練習に来るチームでも士気は高く……
ここに、「チームA」と「チームB」という、2つのサッカーチームがあると想像していただきたい。
チームAは、選手全員に相当の才能とスキルがあり、練習もしっかりとこなす。そして、大抵の試合に勝利する。一方のチームBは、いつもサンダル履きで練習に現れ、試合となれば、ハーフウェイラインを越えて敵陣に攻め入ることすらままならず、負けてばかり。
さて、ここで問題である。これら2チームのうち、チームの士気が高いのはどちらだと思うか──。信じられ話かもしれないが、実はチームBである。
私はプレイヤーとして、またコーチとして、上述したようなサッカーチームに所属した経験がある。
まず、チームA(のようなチーム)では、プロサッカー選手として所属していた。自慢ではないが、このチームは本当に強く、メンバー全員が才能に溢れていた。ところが、コーチは私たちのパフォーマンスにいつも不満げで、試合に勝つことが全てだった。ゆえに、選手たちにとって、試合は、いわゆる“ゲーム”ではなく、生き残りをかけた“戦場”であり、それを楽しいと感じることは一度もなかった。
一方、チームB(のようなチーム)において、私はコーチの役割を担っていた。そのチームは、7歳の子どもたちで構成される小学1年生のチームだ。メンバーにとって大切だったのは、試合に勝つことではなく試合を楽しむこと。ゆえに私は、純粋に試合を楽しんでもらうことに力を注ぎ、それによって彼らの士気は高く保たれたのである。
言うまでもなく、チームの士気は、メンバーの精神的・感情的な健康状態によってかたち作られる。全員が「ポジティブ(前向き)」で、チームでプレイすることに満足していれば士気は高く保たれる。反対に、メンバーの心がチームから離れてしまい、「ネガティブ(後ろ向き)」になると士気は低下する。そして重要なことは、この士気の高低が、最終的にチームのパフォーマンスや成果に大きな影響を及ぼす点である。
私は、アトラシアンに入社したのち、上述したような過去の経験・体験を生かすかたちで、チームの士気を高めるいくつかの戦略を遂行し、相応の成果を上げることができた。以下、それらの戦略を5つに集約し、チームを率いるリーダーの方々に向けて紹介する。
戦略1:「ポジティブさ」を育む
私がコーチをした7歳のチームでは、全員がサッカーの初心者だった。そのため、私は、試合に勝つことではなく、サッカーというゲームの基本を学び、ゲームをすることの喜びを味わってもらうことに力を注いだ。
この大目標の下、私が掲げたチーム目標は「試合のときは、最低でも7回は相手陣地にボールを運び込む」というもので、あえて「何点とるか」の目標は定めなかった。狙いは、子どもたちにチームで協力してボールを移動させることの楽しさ、大切さを体験し、学んでもらうことだ。そして私には、その目的が必ず達成されることが分かっていたのである。
実際、上のチーム目標を掲げたことで、試合中、ボールがハーフウェイラインを越え、敵陣に入るだけで、プレイ中の子どもたちや観戦している親たちは、大はしゃぎで歓声を挙げるようになった。そして全員が「試合に勝つことへのこだわり」を忘れ、試合中の全ての出来事をポジティブにとらえる環境が育まれていったのである。
今日、多くの心理学者が、こうした「ポジティブさ」の重要性を指摘している。例えば、心理学者のバーバラ・フレドリクソン(Barbara Fredrickson)氏は、ポジティブであることは、モノゴトに対する人の積極性を育み、新しいことに挑み、そこから学ぼうとする意欲を高めると指摘している(参考)。
また、スポーツ&パフォーマンス心理学者であるチャーリー・マーヘル(Charlie Maher)氏によれば、ネガティブなマインドセットは、アスリートのパフォーマンスやモチベーションを低下させる大きな要因であるという。
したがってもし、チームの士気を高めたい、あるいは高く保ちたいと考えるならば、チームのリーダーも、あらゆる物事をポジティブにとらえ、モノゴトの改善だけに集中することが大切である。チームのアウトプットに対するリーダーのネガティブな態度や否定的な一言が、チームのポジティブさと士気を低下させてしまうことを忘れてはならない。
戦略2:「やる気」の注ぎ手であり続ける
仕事に対する人のモチベーションは、「やる気」と表現されることがある。そして、チームのメンバー各人は、「やる気」の貯蔵庫(タンク)を心の内に持っているとご想像いただきたい。
言うまでもなく、そのタンクが満タンであれば、仕事への熱意は高く保たれるが、空っぽになると、仕事へのモチベーションは一切湧かなくなる。言い換えれば、仕事に対して燃え上がらなくなるわけだ。
よってリーダーとしては、メンバー各人の「やる気タンク」が常に満タンであるようにすることが大切となる。もちろん、仕事へのやる気を減退させる要因は数多くあり、その全てに対処することは難しい。ただし少なくとても、「やる気」のタンクに燃料を充填することはできる。その方法は以下のとおりである。
- メンバーの成果に対して事実に基づいた賞賛と感謝を必ず伝える(=メンバーの承認欲求を充足する)。
- メンバーの良くできた仕事を必ず認知・認識する。
- メンバー各人から能動的に話を聞き出す。
- 常にポジティブな態度で相手に接する。例えば、ミーティングの場(ビデオ会議の場を含む)で、メンバーと向き合うときには、笑顔を絶やさず、相手の話に集中している姿勢を崩さないようにする。
これらの実践によって引き起こされるチームの変化は小さいように思えるかもしれないが、決してそのようなことはなく、大きな変化が生まれる可能性は高い。
ちなみに、スタンフォード大学の心理学者アルバート・バンデュラ(Albert Bandura)氏は、やる気タンクが満タンの人は、人生の主体が自分であり、人生をコントロールしているという感覚「Sense of agency」をより強く持ち、結果として、幸せで効果的な毎日を送り、成功する確率も高いという(参考)。
戦略3:小さな勝利を称える
例えば、サッカーの試合のハーフタイムを想像していただきたい。この時点では、あなたのチームはまだ何も成し遂げていない。ただし、前半戦でも小さな成果を上げているはずだ。そうした小さな成功・勝利を見逃さず、必ず賛辞を贈るようにすることで、チームの士気を高めていくことができる。
こうしたリーダーの行動は、人が進歩する原理原則に則ったものだ。この原理によると、仕事に対する人の熱意・意欲を高める要素の中で、最も重要なことは、有意義な仕事における人の進歩であるという。したがって、チームを称える際には、チームが正しい方向に進んでいるという事実に基づくことも重要となる。
例えば、前述した7歳のサッカーチームの場合は、試合の前半でハーフウェイラインを超えて敵陣に入ったことがあれば、それを必ず称えなければならない。たとえ、その仕事がゴールに結びつかなかったとしても、である。
戦略4:「ポジティブさ」が「ネガティブさ」を上回っていることを確認する
仕事上のチームでは、ネガティブさが蔓延してしまうスピードが非常に速い。成すべきことのリスト(TO-DOリスト)は果てしなく続き、ことあるごとにビデオ会議やオフィスでのミーティングに呼び出され、かつ、社内の他のチームは、自分たちの要求に、のらりくらりとしか対応してくれない──。そんな毎日を送っていれば、ネガティブにならないほうが不思議である。
そうした中で、チームの士気を高く保つには、メンバー各人のポジティブさの相互作用によって、ネガティブさの蔓延が封じ込められるようにしておくことが大切である。
例えば、心理学者のジョン・ゴットマン(John Gottman)氏は、新婚のカップルを15分間観察するだけで、そのカップルが離婚するかどうかを94%の精度で予測する手法を確立したという。この手法は、新婚カップルにおけるポジティブな相互作用とネガティブな相互作用のどちらが強いかを定量的に計測し、カップルが離婚するかどうかを割り出すというものだ。ゴットマン氏によれば、15分間の観察の中で、新婚カップルにおけるネガティブとポジティブな相互作用の数をカウントし、その比率を割り出すことで、離婚するかどうかが予測できるという。彼はその比率を「magic ratio(魔法の比率)」と呼んでいる。
ちなみに、この観察では、一つのネガティブな相互作用や批判に対して、5つの肯定的なコメントや相互作用を求めるかたちで行われるようだ。
戦略5:心理的安全性を確保する
ご承知のとおり、グーグルの「Project Aristotle」によって、心理的な安全性が担保されているチームは、より効果的な成果を上げられることが証明されている。
実際、心理的な安全性が保たれているチームは、リスクをとって新しい何かに挑戦することを恐れたりはしない。チーム内の誰もが互いを尊重し、それぞれが他者と異なる意見を安心して、自由に言うことができ、誰かの失敗を責めたりはせず、失敗から多くを学ぼうとするからである。いわば、チームのメンバーが互いに相手の「やる気」タンクに燃料を充填する役割を担い、相手のリスクテイクを称え、その成否とは関係なく、チームの学習プロセスとしてうまく活用しようとするのである。
以上、チームの士気を高める5つの戦略を紹介した。これらの戦略を実践することで、チームの士気は必ず高められるはずである。
チームのリーダーはときとして、「チームのパフォーマンスが最高潮にあること」と、「チームの士気が最高レベルにあること」を混同しやすい。
ただし、プロサッカー選手としての経験も踏まえて言わせてもらえば、この2つは等関係にはない。言い換えれば、試合に勝ち続けているチームが、必ずしも試合を楽しんでいるわけではなく、士気が最高レベルにあるわけではないということだ。この点に留意しながら、ぜひ、士気の高いチーム作りに力を注いでいただきたい。