本稿の要約を10秒で
- 新型コロナウイルス感染症の流行が終息したのち、米国企業の間では出社中心の働き方への回帰が見られるが、一方で、多くの企業がハイブリッドワークを採用し、リモートワークを働き方の標準的な選択肢として採用し続けている。
- ハイブリッドワークを採用する企業は、リモートワーク中心の職場環境においても会社やチームに対する「従業員エンゲージメント」を高いレベルで維持する術(すべ)を知っておく必要がある。
- 本稿では、従業員エンゲージメントを維持・向上するための5つのアイデアを、アトラシアンによる実践を交えながら紹介する。
Slackチャンネルが沈黙したとき……
新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)の流行をきっかけに、米国では多くの企業がリモートワークを働き方の標準として取り入れた。
コロナ禍の終息以降、勤務形態をコロナ禍以前のスタイルに戻し、出社を義務づけようとする企業も出始めている。ただし一方で、多くの企業が働き方に柔軟性を持たせるためにハイブリッドワークを指向し、リモートワークを継続して採用している。
このような企業のチームでは、ともに働くメンバーがリモートで作業をしていることが多い。
そうした分散型のチームにおいて、仮に、Slackなどのチャットツールを通じてメンバー同士のコミュニケーションが活発に行われていたり、チームで取り組むプロジェクトが勢い良く前進していたりするならば、それはメンバー各自のエンゲージメント(チームや会社への貢献意欲)のレベルが良好に保たれているサインであると言える。その逆に、チーム内のSlackチャンネルが全体的に“沈黙”し、チームのタスクを終わらせるのが困難になってきているならば、それはメンバーのエンゲージメントレベルが低下している兆候と見なせる。
実際、さまざまな調査を通じて、会社やチームに対する従業員のエンゲージメントレベルが、チームのパフォーマンスに大きく影響することが証明されている。
例えば、Gallupの調査によると、メンバーのエンゲージメントレベルが高いチームは、エンゲージメントに欠けるチームと比較して収益性が23%高く、生産性が18%高いという。
ただし、従業員のエンゲージメントレベルを維持・向上させるのは簡単ではないようだ。同じGallupの調査によると、ビジネスパーソンの過半数(53%)は、会社の仕事に対する貢献意欲を特に持っていないという(参考文書(英語))。要するに、従業員の多くは ー 仮に現状の仕事に不満を感じていないとしても ー 仕事に対して全力を尽くしたり、長期にわたってコミットしたりすることを約束していないということである。
リモートワークでの従業員エンゲージメントを維持する5つのアイデア
では、リモートワークを取り入れているチームにおいて、メンバーのエンゲージメントを高いレベルで維持するには、何をどうすればよいのだろうか。
この問いに対するシンプルな答えはない。例えば、コロナ禍のもとで「オンライン飲み会」や「オンラインティータイム」がよく催されていたが、それだけで従業員のエンゲージメントレベルが維持できるほど、人の心は単純にできていない。とはいえ、方策がないわけではない。
そこで、リモートワーク中心の働き方を採用するチームでも、メンバーのエンゲージメントレベルを高く保つためのアイデアを5つ紹介したい。
アイデア1: 組織の文化と価値観を身体に染み込ませる
あなたのチームのメンバーは、会社のコアバリュー(価値観)に共感し、情熱を抱いているだろうか。また、そもそも会社の価値観を理解しているだろうか。
価値観は従業員エンゲージメントの土台を成すものであり、会社の価値観に対する共感・理解がないところにエンゲージメントは生まれない。
にもかかわらず、自分の会社の価値観に共感して、毎日の仕事に適用できているとするビジネスパーソンは少なく、前出のGallupの調査によれば、全体の23%でしかないという(参考文書(英語))。したがって、あなたのチームのメンバーが、会社の価値観に共感していない、あるいは理解が足りていない可能性は大いにある。
そこで以下の3点が行われているかどうかを点検することをお勧めしたい。
会社の価値観を明確に定義して共有する
企業の価値観は社外秘の情報ではなく、全てをオープンにすべき情報である。したがって、価値観を明確に定義したうえで、Webサイトや情報共有ツールを使い社内外で共有することが重要となる。
アトラシアンでは、自社サイトを使い自社の「価値観」を広く社外に公開している。また、それと併せて、複数のチーム全体でナレッジを作成、共有、活用するためのコラボレーションツール「Confluence」を用いて、社内で共有している。
加えて、アトラシアンでは自社の価値観についてチーム内で率直に話し合う機会を定期的に設けている。これは、価値観がすべてのプロジェクト、あるいはチームのメンバーの仕事の底流にあるかどうかを確認するための作業だ。
リーダーが模範を示す
チームのリーダーは自ら模範を示すことが大切だ。例えば、会社の価値観の中に「ワークライフバランスを重視する」という項目が含まれているにもかかわらず、リーダーが週末や夜間に仕事のメールを送受しているようでは、チームのメンバーは自社の価値観をうわべだけの規範と見なすようになる。ゆえに、リーダーは自らの行動によって、チームの全員が価値観に則って仕事をするよう導くことが大切である。
価値観と相反する状況を看過しない
チーム内に会社の価値観と相反する状況が生まれたら、即座に対処しなければならない。例えば、自社の価値観に「他者を尊重する」という項目があるならば、チーム内のいじめや偏見、差別的な態度、あるいは他者を中傷するようなうわさ話を認めてはならない。
以上の3点を実践することで、チームリーダーは自社のコアバリューが、対外的な体裁を整えるというマーケティング戦略の一環として作られたものではなく、会社の信念であることを示すことが可能になる。
アイデア2: チームメンバーの貢献を承認する
Gallupの調査によると、ビジネスパーソンの69%は、自身の努力が会社に認められていると感じたときに、働く意欲を増しているという(参考文書(英語))。その一方で、ビジネスパーソンの65%は、仕事に対する自分の貢献が会社や周囲に認められていないと感じているようだ。
したがって、「報酬」の力を過小評価せず、チームメンバーの貢献に対してはボーナスやちょっとした感謝の印(たとえば、コーヒー券やチャットでの賛辞など)によって必ず報(むく)いることが重要だ。それによってチームに貢献しようとするメンバーの意欲を維持・向上することができる。
同様に、同僚の評価・承認もチームの各人の貢献意欲を刺激する。そのため、アトラシアンでは、同僚の貢献に対して他の同僚たちが感謝の印(しるし)をリモートから簡単に送れる仕組みを導入している。ここでいう感謝の印とは「ギフトカード」「プレゼント」のような小さな報酬を指している。
もっとも、Gallupの調査によれば、ビジネスパーソンの28%が、自分のチームのリーダーによる賞賛が、最も有意義で記憶に残る承認であるとしているという(参考文書(英語))。ゆえに、チームのリーダーはメンバー各人の貢献・成果としっかりと把握しておくことが重要となる。
そのための有効な手段の一つは、リーダーとメンバーとの1対1(1 on 1)ミーティングだ。アトラシアンでは週1回の頻度でそれを行い、ミーティング時にはリーダーからメンバーに次のような質問をすることを推奨している。
- 今週における優先事項は何か?
- それはどのような作業なのか?
- 現在の気分(心の状態)はどうか?
これらの質問は、メンバーが抱えている懸念や突き当たっている障害を特定して対処するうえでも有効と言える。なお、どういった種類の報酬がメンバーの働く意欲を喚起するかがわからない場合には、本人に聞くのが最も有効で手っ取り早い方法と言える。また、それをメンバーに聞くことで、自分が大切にされているとの印象を与えることも可能になる。
アイデア3: チームメンバーの目標と会社の目標とをリンクさせる
Gallupの調査によると、ビジネスパーソンの半数は、会社が自分に何を期待しているかがわかっていないという。ただし、チームのメンバーのエンゲージメントレベルを高めるうえでは、各人のチームへの貢献が会社全体の目標達成や成功にどのようにリンクするかを明確に示すこと、ないしは、可視化することが重要となる。
そのためには、会社全体の目標の達成や成功に結びつけるかたちで、メンバー各人の目標を定めることが必要とされる。というのも、メンバー各人の目標達成が会社の目標達成・成功にどうリンクするかが明確でないと、各人が会社における自分の存在意義をつかむことができず、自分を機械の「歯車(はぐるま)」のような存在に感じてしまうリスクが高まるからである。
そのようなことでは、チームのエンゲージメントレベルを高めること ー すなわち、会社・チームへの貢献意欲を維持・向上させることは困難と言える。また、チームのメンバーに会社における各人の存在意義を示すうえでは、平凡な作業に思えるような仕事も、それが会社の成功にどうリンクするかを説明することも忘れてはならない。
なお、チームのメンバーに、会社における各人の存在意義を示す方法は数多くある。以下の3つはその代表例と言えるものだ。
- メンバーが担っている作業、ないしはプロジェクトと、会社の目標達成・成功とを明確に関係づける。それができない場合は、当該の作業・プロジェクトがそもそも必要なのかどうかを検討する。
- チームの全員が各人の仕事が最終的に誰の役に立っているのかを確認できるよう、会社や会社の製品・サービスに対する顧客の声・事例をメンバー全員と共有する。
- チーム横断、ないしは組織横断のプロジェクトをより多く立ち上げて、メンバー全員が他部門・他チームのビジネスの状況を把握し、組織における各人の能力の活かしどころを理解できるようにする。
いずれにせよ、この取り組みで大切なのは、チームの全員に対して、自分は大きなゴールをともに追求する共同体(=会社)の一部であると実感させることだ。そしてそれは、チームリーダーの責務なのである。
アイデア4: チームメンバーの心の状態をトラッキングする
企業における従業員の定着率や離職率、そして会社に対するエンゲージメントのレベルは、従業員の心の状態と密接に連動しているのが一般的である。したがってもし、チームのメンバーの心の状態に憂慮すべき傾向が見られたときには、彼らに何が起きているのかを点検し、自分にできることを検討して即座に実行に移すことが重要である。
チームメンバーの心の状態を点検することは、メンバーのエンゲージメントレベルを点検することと同義と言えるが、そのための有効な手法の一つは「仕事に対する満足度」「ワークライフバランス」「福利厚生」などに関する社内調査を実施することである。アトラシアンでは現在、「バイタルサイン」と呼ばれる社内年次調査を実施し、その結果を、従業員エンゲージメントを促進するための要素を洗い出すために使用している。
この調査には、次のような設問項目が含まれている。
- あなたのマネージャーは、仕事に対するあなたのニーズを理解し、ニーズを満たすうえで必要なスキルの開発・獲得をサポートしているか?
- 今のチームへの帰属意識を持っているか?
- リスクを取ることに心理的な安全性を感じているか?
- 自分に会社が何を期待しているかを明確に理解しているか?
- 会社のエグゼクティブシップチームは、あなたの働く意欲を高める将来ビジョンを示せているか?
- あなたは、健全なワークライフバランスを維持できているか?
上記のような質問に対する従業員からの回答を受け取った際には、課題を整理して課題解決に向けた行動を即座にとることが必須である。
そうしなければ、従業員たちは、アンケートに答え、自分の抱えている課題を会社に伝えたにもかかわらず、会社から無視されていると感じるようになり、かえって欲求不満を募らせて会社やチームから離脱しようと考え始めるおそれが強まる。ところが残念なことに、Achievers社の調査によるとビジネスパーソンの21.4%は、従業員アンケートの結果に対して雇用主やマネージャーは何もしようとしていないと見ているようだ(参考文書(英語))。
また、従業員アンケートの集計結果は組織内でオープンに共有して、会社としての情報の透明性と説明責任を果たすことも従業員からの信頼性を確保するうえで大切である。その観点からアトラシアンでは、バイタルサインの結果を、Confluenceを使って全従業員と共有している。そのうえで各チームのリーダーが、ウェブ会議を主催してチームとともに調査結果を確認し、質問に答え、懸念事項に対処している。
アイデア5: 一貫性を保つ
従業員エンゲージメントを高める施策は、会社のビジネスが好調なときに積極的に展開され、ビジネスが不調になり、危機に直面するとほとんど展開されなくなるのが一般的である。ただし本来的には、ビジネスの好調・不調とは関係なく、一貫性のあるエンゲージメントの施策を展開し続けることが大切であり、特に今回のコロナ禍のような事態の発生によって会社が混乱状態に陥ったときには、従業員エンゲージメントを中心にしながら対処の方策を打つことが望ましいと言える。
Gallupの調査によると、従業員エンゲージメント向上に熱心に取り組んできた企業は、2008年から2009年にかけてのリーマンショック不況のときよりも、今回のコロナ禍による打撃からの回復が総じて早まっているという。
したがって、チームが直面しているビジネス上の課題がどうあれ、エンゲージメントの維持・向上を優先課題とする姿勢を保つことが重要であり、それが将来的なチーム・会社の成長・発展につながっていくと考えるべきである。
従業員エンゲージメントは「バズワード」ではなく、企業経営の基礎を成すものだ。従業員のエンゲージメントレベルを高く保つことで「離職率の低下(定着率の向上)」や「生産性の向上」「欠勤の減少」といった経営効果へとつながっていく。さらに言えば、エンゲージメントを高める施策は、チームの状態を良好に保てるだけではなく、メンバーの楽しみや幸福感を生む施策でもある。ゆえに施策を展開する側の心の状態も良好に保てるという副次的な効果も期待できるのである。