ホラクラシーをどう機能させたか
ザッポスのコーポレートバリューと企業文化、そして顧客中心のマインドセットは、同社における自己組織化を支える重要なピースとしても機能しているようだ。
本書によると、ザッポスが推進するティール組織への転換、あるいは、自己組織化の取り組みは、会社の都市化に目標が置かれているという。
都市は共通のルールやインフラの上で機能しているが、そこでビジネスを展開する企業は、それぞれが独立しており、共通の上司がいるわけでも、ピラミッド型の階層構造の中で活動しているわけでもない。共通のルールを破ったり、都市が発展して、より豊かになるのを妨げたりしない限り、自由裁量で動くことができ、同じビジネスを展開し、競合関係にある会社がいくつあっても許される。ゆえに都市は、変化への適応力に富み、仮に破壊されても、しなやかに回復するレジリエンシーがあると本書でシェイ氏らは指摘する。
こうした都市と同じ自己組織化のメカニズムを会社に取り込み、都市と同レベルの変化への適応力やレジリエンシーを獲得するというのが、ホラクラシー導入(=ティール組織への転換)を決断したシェイ氏の狙いであるようだ。
本書の記述によると、シェイ氏がホラクラシー導入を決めた2014年1月当時、ザッポスは競合の猛追を受け、収益が伸び悩み、何らかの変革が必要とされていたという。その中でシェイ氏が選択したのが、長期的な利益創出に向けてホラクラシーを導入し、自己組織化を推し進め、社員一人一人が会社のために自由な意思決定を行えるようにすることだった。
ホラクラシーの詳細については本書をお読みいただきたいが、考え方の基本は、ピラミッド型の組織構造や役職を廃して、社員各人が自分の自由意思に基づいて複数のチーム(サークル)に所属でき、複数の役割を担えるというものだ。また、社員の誰もが自らサークルを立ち上げ、必要な人材を他のサークルから引き込むこともできる。これにより、多くのアイデアの創出と、組織のサイロ化の解消が可能になるという。
もっとも、当時のザッポスは小規模なベンチャーではなく、従来型のピラミッド構造の中で組織がマネージされていたようだ。
そのため、ティール組織への転換に対する社内の反発は激しかったという。ゆえにシェイ氏は、ティール組織への転換に共感できない社員に対して、「在職年数×給与1カ月分(在職年数が4年に満たない社員には一律給与3カ月分)」の退職金を支払う代わりに、ザッポスから去ってもらうという大胆な手段を講じた。これにより、全社員の18%がサッポスを去り、残されたシェイ氏と社員たちは、ティール組織への転換という難題に苦しめられながらも、ホラクラシーに対する理解を深めていき、2017年には「市場ベースのダイナミクス(MBD、ザッポス内のチームがマイクロビジネスを自由に立ち上げ、運営できるという考え方)」を導入し、2018年にはマイクロビジネスの財務マネジメントの仕組みとして「顧客がつくる予算編成(CDB)」を取り入れた。
CDBは、トップダウン型で予算を配分するのではなく、社内外の顧客とのやり取りを通じて、ネットワーク型で予算を組む仕組みである。そしてザッポスでは「社員各人に最大限の自由と責任」を持たせるという目的の下、「責任のトライアングル」という概念(制約)を打ち出し、損益バランスがとれていること、最上級の顧客サービスと顧客体験を提供すること、そして、ザッポスのコーポレートバリューと企業文化に沿っていることの3つの要件を満たせば、チーム/サークルは自分たちのやりたことが追求できる環境を整えた。これにより、ザッポス社員は全員が社内で起業できるチャンスを手にし、一定の効果を上げた社内ベンチャーも登場し始めているという。
ファン獲得と組織変革のヒントがつかめる
ティール組織への転換談にしても、顧客サービスの背後にある企業文化やコーポレートバリューの話にしても、語り手(書き手)の中心は、ザッポスという会社に強いロイヤリティを持ち、エンゲージされた社員たちであり、記述には自社礼讃の色合いが多少強く出ている。
とはいえ、そうしたフィルターをかけずに個々の記述を読んでいくと、社員たちやシェイ氏の話が、ファン獲得や組織変革の良質なプラクティス集にも見えてくる。どの話も、実践と成果に基づく体験談だからだ。また、話の内容も配置も、よく練られている。
例えば、本書は「赤い靴作戦」という、ザッポスのカスターサービスチームリーダーによる感動的なストーリーから始まる。
この話の発端は、娘のボーイフレンドの追悼式のために、ある母親がサイズの違う赤いスニーカー11足をザッポスに注文したことにある。
この母親は、注文したスニーカーの大半が指定した期日に届いていなことに戸惑い、いつごろ届くかの問い合わせをザッポスのカスタマーサービスチームにかけた。その問い合わせへの応対記録を目にしたチームリーダーは、スニーカー11足の用途を知り、すかさず母親のもとに電話を入れて、注文代金の半額を返金したことを伝えた。理由は、商品の遅配が、ボーフレンドの死で傷ついた娘と、その母親をさらに不快にさせた可能性があったためだ。そうしたザッポスの対応に感動した母親は、娘と亡くなったボーイフレンドが、実は同じ病院で長くガンと闘ってきた同志であること、また、ザッポスに注文した赤いスニーカーは、ボーイフレンドがいつも履いていたお気に入りのメーカーのシューズであること、そして、彼の追悼式では、サッポスに注文したスニーカーを、娘やボーイフレンドと同じ病院でガンと闘い、ボーイフレンドを慕ってきた子どもたちが履く予定であることをチームリーダーに伝えたという。その話にチームリーダーは衝撃を受け、少しでも娘を元気づけたいと、バラの花束とクーポン券を贈り、それがチームリーダーと母・娘とのつながりをさらに強め、その交流はいつしか周囲を巻き込み、SNS上でも話題となり、やがて、ガンの子供を抱える親たちを支援するNPO組織「赤い靴作戦」の発足へとつながっていったという。
これは非常に心温まるストーリーで、ザッポスが志向する“最上級の顧客サービス”がどのようなものかを端的に表現しているが、大抵のビジネスパーソンは「どうしてチームリーダーは半額の返金をすぐに決められたのか」と不思議に思うはずである。そこに、この物語を本書の冒頭に配置したザッポスの意図があり、この話は、最上級の顧客サービス・顧客体験を提供しようというマインドセットを持ち、ザッポスのコーポレートバリューや企業文化を体現できる社員に対して裁量権を与えると、最高の結果が得られる可能性が高いことを示唆するものと言える。つまり、上述した「責任のトライアングル」がうまく機能しうることを読者に理解させる役割も担っていたのである。
このように、個々の話も上手く配置されているので、内容に対する理解もすぐに深まる。ファン獲得や組織改革のヒントを得るための一冊として、多くのビジネスパーソンが重宝にするのではないだろうか。