アジャイル開発で顧客企業のDXをサポート
野村総合研究所(NRI)は、ビジネスコンサルテーションとITソリューションの提供を事業の柱として展開する大手システムインテグレーター(SIer)だ。近年も堅調にビジネスを成長させ、2019年3月期は売上高・利益ともに過去最高を記録し、グループ全体の売上高は5,000億円を超え、経常利益は約714億円に達した。従業員の数は単体で約6,300人(2019年3月31日現在)に上っている。
そうした同社が掲げるミッションは「未来創発」。変革の時代における日本の社会・企業のあるべき姿の実現に向けて、価値ある提言や的確な解決策(ソリューション)を提示・提供していくことが使命であるという。その未来創発の一環として、同社ではアジャイル開発を活用したデジタルトランスフォーメーション(DX)の支援サービスを本格化させている。
このサービスは、新規ビジネスの企画段階から顧客企業のプロジェクトに参加し、コンサルテーションやシステム開発/プロダクト開発、人材教育、スキル/ノウハウ移転、サポートなどを総合的に提供するというものだ。
例えば、ビジネスの企画段階においては、デザイン思考やリーン、UXなどの考え方を基にしながら、事業構想のコンサルティングサービスを提供する。また、システム開発やプロダクト開発においては、アジャイル開発のスクラム手法を用いて、開発・リリース・改善のサイクルを高回転で回していく。さらに、開発の内製化を目指す顧客に対しては、プロジェクトをリードしたり、伴走したりしながら、徐々にサービス開発/運営のノウハウを顧客企業に移転していくという。
リスクと利益を顧客とシェアする
NRIでは、こうした活動を2010年頃から少しずつ展開してきた。現在、「bit Labs(ビットラボ)」がアジャイル開発推進の中心的な役割を担っている。
また、2016年には、bit Labsのメンバーが加わった新会社として、DXによって顧客のビジネスを変革するNRIデジタルを設立。デジタル戦略の策定からITソリューションの選定・提供、プロジェクトの遂行・検証・改善など、DXの推進に必要とされるサービスを提供している。
「NRIデジタルとbit Labsは、お客様のニーズに応じてチームを組み、DXのアイデアをすばやくかたちにしてPoC(概念検証)を行い、実際のサービス/事業の立ち上げへとつなげていきます。これは多彩な人材を擁するNRIならではのサービスだと考えています」と、NRIデジタルのシステムコンサルタント、大井 昭久氏は説明する。
さらに、大井氏によれば、DXの支援においては、NRIと顧客企業が新たにジョイントベンチャーを立ち上げたり(本稿末のセクションを参照)、事業のレベニューをシェアしたりするケースも増えているという。
「SIerの従来のビジネスモデルは、お客様の要望に従ってシステムを作り上げ、その作業に対する対価を得るというものです。つまり、開発したシステムが、企業の収益に直結した仕組みであっても、それが下支えする事業のリスクは、すべてお客様が背負ってきたわけです。こうしたビジネスモデルが未来永劫続くとは考えにくいですし、少なくとも、それに依存し続けるのでは、企業としての発展は見込めないというのが当社の考え方です。ですから、新たなビジネス、サービスをお客様とともに創り上げ、そのプロフィットとリスクをともにシェアすることに力を注いでいるわけです」(大井氏)。
一方で、DX生産革新推進部では、NRIグループ内に対するアジャイル開発の啓蒙/教育/人材育成のサービスも展開している。
「NRI社内では、かなり早い時期からアジャイル開発に取り組んできましたが、今日も、アジャイル開発の一層の浸透に力を注いでいて、そこで獲得したノウハウをお客様にフィードバックする活動を展開しています。また、bit Labsでは、先端技術の実証実験を進める取り組みも進めています」(DX生産革新推進部bit Labsグループ 上級システムコンサルタント、塩川祐介氏)。
急拡大するDXへのニーズ
近年、NRIに対してDX支援を要請する企業は、ハイペースで増えているという。「特に2018年頃から、DXに乗り出そうとするお客様が急激に増え始めた印象です。2019年も、DX支援で非常に多くの引き合いをいただき、私たちの手が足りなくなるほどのペースで案件が増えています」と、塩川氏は明かす。
この状況の背景にあるのは、市場の変化に対する企業の危機感であるようだ。
「ご承知のとおり、今日ではあらゆる業界で顧客ニーズやビジネス環境の変化が激しさを増し、その変化に適応できなければ、企業の存続すら危うくなるのが現実です。多くのお客様が、そうした状況への危機感を募らせ、DXを急ごうとしていますが、一方で、デジタルを駆使した新たなビジネスを独力で構想し、立ち上げるのは容易なことではありません。そこで、当社のようなIT企業の力を活用しながら、DXの取り組みを前に進めようとするお客様が増えているのです」
経営、IT、ビジネスを巻き込んだチームビルディング
以上のように、NRIではすでにDX支援やアジャイル開発支援の案件を数多く手掛けている。その中で、DXに成功する組織と、そうではない組織との違いも明確に見え始めたという。
「DXの試みは、情報システム部門とビジネス部門、そして経営が一体となって推進すべきものです。ですから、それができない組織の場合、DXが失敗に終わる可能性が高くなります」と塩川氏は指摘する。
これを言い換えれば、経営層を含めた組織の全体が、変わること、変わらなければならないことを受け入れ、変革に挑むマインドセットを持つことが大切であるということだ。
「実際、経営層が、DXの取り組みを情報システム部門やビジネス部門に丸投げしてしまうことがありますが、これではDXは成功しません。まずは経営層が自らの姿で変革への取り組みを見せる必要があります。その結果、経営・ビジネス・情報システムの3者が、同じ価値観を共有し、一致協力することで初めてDXの試みは回り始めるのです」と、塩川氏は説明を加える。
また、一口にビジネス部門と言っても、営業・生産・販売・マーケティングなど、さまざまな役割を持った部門が存在する。これらの部門間でも達成するべき目標が異なり、それが、DXの推進を阻害するケースもある。
「ですから、DXに乗り出す際には、最初のチームビルディングが重要になります。具体的には、DXに関係するすべてのステークホルダーを集めてワークショップを行い、目標を共有し、共通のゴールを作ることで一体感を醸成することが必要になります」と、大井氏は語り、次のように続ける。
「その次に開発するデジタルプロダクトの概要を決めていきます。そのプロダクトは前段においてチームで合意した共通のゴールを達成するものである必要があります。プロダクトを利用するユーザーの行動や感情に着目し、初期アイデアを考え、ユーザーインタビューを通じた検証を何度か行うことで初めて、プロダクトの概要が決まります。
ここからはアジャイル開発の手法で進めます。この際、ポイントとなる1つが品質管理の考え方です。旧来の製品/サービス開発における考え方と、アジャイル開発におけるそれとは大きく異なります。ですので、これまでの品質管理/品質保証の考え方に固執しているかぎり、アジャイル開発を受け入れることはできません。DXに向けたアジャイル開発に対しては、より柔軟な発想で臨み、新しいサービスに適応した品質基準をどう定義するか、品質保証にどこまで力を入れ、抜きどころをどうわきまえていくかを考えることが大切です。語弊を恐れずに言えば、決済やセキュリティに関する部分は高い品質で作りこむが、それ以外はスピードを重視し品質を多少は犠牲にするなど濃淡をつけるような考え方が求められるということです」
もちろん、企業やプロジェクトごとに課題はさまざまだ。そのため、NRIでは今後も、顧客企業に寄り添ってリスクや責任を共有しながら、顧客企業との協創を進めていくという。
「新しいサービスや事業で成功を収めるのは簡単ではなく、DXに完成形も存在しません。ゆえに、スピーディに物事を前に進めて、たとえ失敗しても、そこから多くを学び、恒常的に改善を図っていくことが必要ですし、また、一社だけの力で成功をつかむのも困難です。今後も、社外のSIerやデザインファームなどのパートナーシップを強化しながら、リスクをとって新しいチャレンジを続けていきます」(大井氏)。
参考:NRIと顧客企業とのビジネス協創
- JALデジタルエクスペリエンス/日本航空(JAL)
JALデジタルエクスペリエンスは、JALとNRIのジョイントベンチャー。顧客のデジタル体験を向上させる事業会社として2019年10に設立された。AIなどを活用して顧客一人ひとりのニーズを理解し、新しいユーザー体験やライフスタイルをパーソナライズした形で提案。複数のパートナー企業が参加する会員組織「CLASS EXPLORER」も展開。 - NDIAS(エヌディアス)/デンソー
NDIASは、デンソーとNRIセキュアテクノロジーズが2018年12月3日に共同で設立。自動車電子制御ユニットや車両セキュリティ診断、自動車業界向けの各種セキュリティコンサルテーション、セキュリティ運用支援サービスなどを展開。 - KDDIデジタルデザイン
KDDIとNRIが、企業のデジタル変革を支援する企業として2017年12月15日に創設。デジタル戦略の立案から最先端テクノロジーの実装までのサービスを展開している。