自分は“コミュニケーション上手”という勘違い
私はかつて自分のことをコミュニケーション上手だと思い込んでいた。
「私が話せば、すべてがクリアーになる。人に物事を伝え、理解してもらうのなんてとても簡単」。
そんなふうに考えていたのである。
もし、あなたもそうだとしたら、断言したい。それは完全な勘違いである。
私たちの生活の中で、コミュニケーションほど大切なものはない。そして悲しいぐらいに難しい。人から人へとモノゴトを伝えることは、その手段や経路が何であれ、困難で危険を伴うものなのである。それゆえに、人は大抵、コミュニケーションが億劫になり、避けたくなり、嫌うようになる。
ただし、私たちは、それを乗り越えることができる。早速、そのための戦術をお話ししたいところだが、その前に、どうして人はコミュニケーションに“うんざり”してしまうかの要因について述べておきたい。
「コミュニケーション嫌い」になる3つの要因
人がコミュニケーション嫌いになる第一の要因は、「自分はコミュニケーションを機能させる方法を知っている」という勘違いにある。これは大変な勘違いで、「自分はコミュニケーションを機能させる方法をまったく理解していない」と考えるべきである。
例えば、私たちはついつい、こんなふうに考えがちだ。
「自分が“三角形”と言えば、相手は自分と同じ、“三角形”を頭の中で簡単にイメージできるはずだ。また、それができて当然である」
これが大きな誤りで、人の脳内のイメージはそれほど簡単には一致させられない。
また、第2の要因は、コミュニケーションに失敗したときに、自分ではなく、相手を責めたくなる人の特性である。
皆さんもそうだと思うが、私たちは、自分のメッセージの受け手が、メッセージの内容をなかなか理解してくれないと、すぐにイライラして相手を攻めたくなる。例えば、こんなふうに。
「どうして、私の話をきちんと聞いてくれないの?」
「メールをちゃんと読んだ?」
「もっと注意深く人の話を聞いてよ!」
「どうして、私の言うことが理解できないの? 簡単なことじゃない!」
そして、コミュニケーションが破たんした責任をすべて相手に押し付けて、自分では何も修復の一手を打とうとせず、それが必要だとも感じない。それが人という生き物の特性であり、人がコミュニケーション嫌いになる要因の一つでもある。
残る3つ目の要因は、コミュニケーションそのものの複雑さにある。
私は以前、「プロジェクト コミュニケーション マネジメント」と呼ばれるコミュニケーション手法の講習を受講したことがある。そのとき、ある“コミュニケーションモデル”を紹介され、それが、人と対話するときの自分のやり方を一変させる大きなきっかけとなった。それほど、そのコミュニケーションモデルは、すばらしいものだったのである。
こんなふうに言うと、誇張のように聞こえるかもしれないが、決してそうではない。そのモデルは、コミュニケーションに対する見方を改めるうえでとても有効である。以下は、そのモデルを簡素化した図である。
この図に示すとおり、人と人との“通信”のステップは、以下の7つに分かれる。
- 「思考」
- 「エンコード」
- 「送信」
- 「受信」
- 「デコード」
- 「解釈」
- 「理解」
この各ステップについて細かく説明しているとコラムが長大になるので、以下にそれぞれの例を簡単に示してみたい:
- 思考:「おなかがすいた。何か美味しいものが食べたい」と、私は考えている。
- エンコード:グループチャットに「おなかがすいた!」というメッセージを書く。そのとき、「クッキーモンスター」(米国の教育番組セサミストリートのキャラクター)の画像を貼り付ける。
- 送信:そのメッセージを投稿する(時間は午前11時30分)。
- 受信:チームの同僚たちがメッセージを受け取る。
- デコード:同僚たちは、私のメッセージを読む。
- 解釈:同僚Aは、私がクッキーを食べたがっていると解釈する。また、同僚Bは、時計で今の時刻(午前11:30分)を確認し、「ああそうか、アリスは昼食の時間が待ち切れないと伝えたいのか」と解釈する。さらに同僚Cは、私がクッキーモンスターの画像を見せたいだけであると思う(理由は、私によるクッキーモンスター画像の投稿が、午前中だけで3回もあったからである)。
- 理解:同僚Aは、私が甘党であると理解する。また、別の同僚Bは、私が朝食をきちんととっていないと理解する。そして、同僚Cは、「彼女はどこで、これだけたくさんのクッキーモンスター画像を集めているんだろうか」と疑問に感じている。
いかがだろうか。「おなかがすいた」という、きわめて単純なメッセージを伝えるだけで、人によってこれだけ多くの解釈・理解の違いが起こりえるのである。
こうしたことが起きてしまうのは、メッセージが人から人へ伝えられるステップごとに、内容が変容していくためである。そして、こうした変容が起きてしまう大きな要因の一つが、「ノイズ」である。
実際、職場でのコミュニケーションは、さまざまな種類のノイズによって台無しにされることが往々にしてある。以下は、そのノイズの例だ。
例1: 人の感情的な状態:怒り、幸福、悲しみ、など
例2: 人と人との関係:兄弟、夫婦、旧友、など
例3: 人による期待:悪い知らせを待っている、前向きな言葉を期待している、など
例4: 人のコンテキスト:多忙、注意力散漫、せっかち、準備不足、偏見、など
例5: コミュニケーション参加者の言語能力:話し手の使う言語が理解できない
例6: 媒体の品質の悪さ:例えば、読み取り不能な手書き文字、ビデオ通話の不良Wi-Fi、など
例7: 騒音:対話しているカフェが混み合っていて騒がしい、など
例7のノイズは、対話の場所を移すだけでいいので、解決は簡単そうに思える。とはいえ、「ここは騒がしいね、アリス。皆で森のキャビンにいって話の続きをしよう」などといった行動を、米国のすべての企業人がとり始めると、それこそ全米のビジネスが止まり、経済が破綻してしまうだろう。現実は、そう甘くはないのである。
そこで以下では、もっと現実的な手段によって、職場でのコミュニケーションのあり方を改善する方法をご紹介したい。
コミュニケーションを機能させる10の戦術
ここでは、職場でのコミュニケーションを機能させるうえで役に立つ10の戦術を紹介する。このすべてを実行する必要はなく、ケースバイケースで適切な戦術を選択し、コミュニケーションの失敗から自分や同僚たちを救う、あるいは守るためにご活用いただきたい。ちなみに、私は、これらすべての戦術を常に実行するよう心がけている。
戦術1: コミュニケーションの崩壊をメッセージ改善の機会ととらえる
先に触れたとおり、自分の言いたいことが人に伝わらないと、とてもイライラする。それが人の自然な感情だが、それを抑えなければ、コミュニケーションの改善は望めない。
そこで、コミュニケーションの失敗を、自己改革の機会、あるいは自分のコミュニケーションスキルを磨くチャンスととらえ、失敗を待ち望むようにする。そうすることで、失敗によるイラつきが喜びへと変わるはずである。要するに、「何度、同じことを言えば理解してくれるんだ!」という意識から、「なるほど、これでもダメか。じゃあ次はこう説明してみよう!」という前向きな発想に切り替えることが大切であるということだ。
戦術2: コミュニケーションの成功に責任を持つ
これは当たり前のことだが、コミュニケーションが崩壊したときに、その失敗の責任を相手に押しつけて、何もしないのと、失敗の収拾に責任を持って取り組むのとでは雲泥の差がある。
例えば、あなたの自宅の玄関に、赤ちゃんが置き去りにされていたとしよう。そのようなとき、おそらくあなたは、赤ちゃんを置き去りにした人間を探して責め立てることよりも、まずは、赤ちゃんの身を守ることのほうを優先させるだろう。なぜ、そうした行動をとるのかと言えば、赤ちゃんの命を守るという究極的な目標に向けて、赤ちゃんを見つけた自分の責任を果たそうとするからである。
これは、コミュニケーションの失敗についても同様に当てはまる。自分の伝えたいことが意図したとおりに理解されず、その責任が相手にあったとしても、それを責めてもことは前に進まない。理解のギャップを埋める責任は自分にあると認識し、ギャップを埋める努力を即座に払うべきなのである。
戦術3: 相手に合わせて言葉と媒体をカスタマイズする
先に触れたとおり、人によってコンテキストや取り巻くノイズは異なる。そうした人による違いを理解したうえで、メッセージを伝えるときに使う言葉や媒体(メールやチャット、ミーティング、など)を選り抜く必要がある。このとき、相手の立場・状況などに対する少しの共感があると、言葉選び・媒体選びにおいて大いに役に立つ。
戦術4: ストーリーを伝える
仮に、あなたがチームリーダーであるとして、何らかのプロジェクトのキックオフミーティングに出席し、集まったメンバーにいきなりタスクを割り当て、その場からさっさと立ち去ったとすればどうだろうか。間違いなく、メンバーたちは大いに困惑するはずだ。
言うまでもなく、プロジェクトを成功させるには、全員がプロジェクトのストーリーを理解していなければならない。プロジェクトの「タイムライン」や「タスクの分解方法」「タスク間の依存関係」「リーダー」「メンバー間でのコミュニケーション方法」、そして「目標」など、プロジェクトにかかわるすべてをメンバーが理解して初めてプロジェクトは動き出す。
これは、他のコミュニケーションにも共通して言えることである。
私たちはロボットではなく、人間である。指令だけを受け取って、指令どおりに動くようにはできていない。何らかの指示や要求を伝えられた際には、その背後にあるストーリーを知りたいと思うのが人間なのである。
したがって、同僚たちに対してコミュニケーションをとる際には、彼らに対するメッセージ、あるいは指示に関係するあらゆる情報を集め、ストーリーとして説明しなければならない。この作業は、会議の議題を確認するのと同じくらい簡単な場合もあれば、3カ年の製品戦略を説明する30分間のプレゼンテーションを展開しなければならないときもある。
戦術5: フォローアップを要求する
何らかのメッセージを伝えたのちには、相手がそれを理解し、行動に移したかどうかをきちんと確認することが大切だ。これを言い換えれば、「メッセージを受け取っただけで、すぐにそれをフェンスの向こうに投げ捨て、走り去る」というような行為を防ぐための手だてでもある。職場の中で、「そう言えば、あの件はどうなったたんだろう」といった声をよく耳にするが、“その件”は、高い確率で「フェンスの向こう側に投げ捨てられている」と言ってよい。
このような事態を回避するための有効な戦術は、チームの誰か、あるいは全員にメッセージを送る際に、マーケティング手法で言うところの「CTA(Call to Action:アクション要求)」のフレーズを必ず入れ込むようにすることである。CTAフレーズとは、例えば、以下のような文言である。
「あなたの意見を聞かせてください」
「火曜日までに答えがない場合には、再度連絡します」
「金曜日までに、答えをもらえないと、チームが締め切りを守れなくなります」
こうしたCTAフレーズは、メッセージに対するアクションを促すうえでとても有効だ。また、メッセージを受け取る側は、そのメッセージに対して、どのようなフォローアップを行うのが適切かで迷うことがある。CTAフレーズは、そうした迷いを減らせるという点で、メッセージを受け取る側にとってもメリットがあると言える。
もちろん、それでも一部の同僚は、メッセージに反応してこないかもしれない。そのようなときも、諦めず、アクションを求め続けることがメッセージを送った側の責任と言える。
戦術6: フィードバックを要求する
メッセージに対するアクションを求めるのと同様に、フィードバックを求めるのも、コミュニケーションを有効に機能させる戦術の一つだ。
この戦術を展開するうえで大切なのは、メッセージがしっかりと相手に伝わったかどうかを確認することだ。このとき、「(私のメッセージの内容は)理解できましたか?」と単純に尋ねて、「はい」というフィードバックを得たところで、相手が本当に理解できたかどうかは分からない。そこで、以下のようなメッセージを送るようにする。
「私の伝えた内容を、あなたならどう表現します? ぜひ、教えてほしい」
「私の伝えたことが、あなたにとってどんな意味があるのかを、ぜひ、教えてほしい」
これらの質問に対するフィードバックによって、メッセージに対する相手の理解度を確認できるのである。
戦術7: 質問を投じる
互いの意思疎通に齟齬が出始めたと感じたら、同じメッセージを繰り返し相手に送っても無駄である。このような場合に必要とされるのは、メッセージではなく「質問」だ。質問というのは、自分が学ぶための手法としても、人が学ぶのを手助けするツールとしても、とても有効である。ちなみに、私のお気に入りの質問は以下のとおりである。
「それについて、もっと教えほしい」
「ほかに考慮すべき選択肢はありますか?」
「あなたを理解する手助けをしてくれますか?」
「私の意見のどの部分に賛成できますか?」
「私の意見のどの部分に反対ですか?」
「私たちに必要な情報は、すべてそろっていると思いますか?」
戦術8: 相手の意見を聴く
相手の意見に集中して耳を傾けるというのは、他者とのコミュニケーションを成立させるうえできわめて重要な要素である。相手からのメールの文面についても、“読む”のでは“聴く”という意識で臨む。チャットのメッセージに対しても、すぐに返信しようしないで、とにかく“耳を傾ける”。もちろん、時折、相手の顔をフォークで突き刺したくなるようなメッセージを受け取ることがある。そのようなときも、とにかくメッセージに耳を傾けることに集中し、相手への反論を準備するようなことはしてはならない。このように、聴くことに必死にならなければ、相手が何を考えているかは理解できないのである。
戦術9: 相手の話を遮(さえぎ)らない
たとえ、相手の言いたいことが分かっているとしても、相手の話を途中で遮ってはならない。必ず、相手が話を終えるまで、黙って耳を傾けることが大切である。
あるモノゴトに関しては、自分のほうが正しいかもしれないが、他のことに関しては、相手のほうが正しいかもしれない。にもかかわらず、相手の話を遮って、自分の意見を述べたとしても、相手はそれに耳をかさず、自分の意見を言い終えるチャンスをひたすらうかがうことになる。
しかも、話を遮られると、その瞬間、人の思考は停止してしまう。ゆえに、人の話を遮っても時間の節約にはなりえず、その逆に、コミュニケーションをいたずらに引き延ばすだけで終わるのである。
戦術10: 忍耐強く粘る
コミュニケーションのモットーは、「途中でやめない、やめさせない」であるべきである。職場でのコミュニケーションにおいては、こうしたモットーを掲げながらも、コミュニケーションを成立させることを諦めてしまいがちになる。
私の仕事のほとんどはコミュニケーションで占められているので、コミュニケーションがどれほど大変でフラストレーションのたまる仕事かは痛いほど理解している。特に、自分の言うことがなかなか理解してもらえないと、イライラしてすべてを投げ出したくなる。だが、決して諦めてはならないのである。
その意味で、コミュニケーションにおいては、まさに「忍耐は美徳」である。そもそも、ノイズを突き張りながら、相手にメッセージを正しく伝えようとするのは、猛烈な吹雪の中でメールを出すのと同じような行為である。ゆえに、“妥当”と思える線から大きく逸脱するような努力が必要なときがある。しかし、だからといって、コミュニケーションを途中で投げ出してしまうと、それまでのすべての努力が無駄になるのである。
*****
以上、コミュニケーションを機能させるための戦術について述べてきた。
繰り返すようだが、人というのはコミュニケーションが苦手な生きものである(職場でのコミュニケーションは特に)。したがって、コミュニケーションを機能させるには、上述したような戦術が必要とされる。本稿の記述が、コミュニケーションという、恒久的で、世界的な問題と日々格闘する皆さんの一助になれば幸いである。