Summary
ビジネスコミュニケーションツールの市場で急速にシェアを伸ばすSlack社。社内Wikiの「Confluence」やプロジェクト管理ツール「Jira Software」で広く知られるアトラシアン。組織のチーム力をITによって強化する立場にある2社の日本法人トップが、日本企業のチーム力強化に“本当に必要なこと”について本音で語り合う。
画像: Slack Japanカントリー・マネジャーの佐々木聖治氏(左)、アトラシアン日本法人社長のスチュアート・ハリントン氏

Slack Japanカントリー・マネジャーの佐々木聖治氏(左)、アトラシアン日本法人社長のスチュアート・ハリントン氏

ITでは生産性は上げられない?

過去20年間、インターネット、電子メール、スマートフォンなどのITが普及し、ビジネスパーソンによるコミュニケーションの在り方は、かなり効率化されたとされている。その一方で、日本のビジネスパーソンの労働生産性は、20年以上の長きにわたり、主要先進7カ国中最下位のレベルをひた走っているとされる。この相関を少し乱暴に解釈すると、インターネットも、電子メールも、スマートフォンも、日本のビジネスパーソン(特に、ホワイトカラー)の生産性を世界上位の水準へと押し上げるほどの効果はもたらしていないことになる。

このように言うと、「インターネットや電子メール、スマートフォンが普及しているのは、先進諸国なら、どの国も一緒。テクノロジーは、日本の組織だけを利するわけではないので、生産性の順位が変わらないのは当たり前」と、思う方がおられるかもしれない。

確かに、それはもっともである。だが、その考え方を別の言い方で表現すると、テクノロジーには、生産性の低いワーカーや組織の生産性を飛躍的に高める力はなく、同様のITツールを使っている限り、生産性が相対的に低いワーカーや組織は生産性が低いまま、高いワーカーや組織は高いままとなり、その順位に変動は起こり得ない、ということになる。

実際、革新的なコミュニケーションツールを導入したからといって、組織のカルチャーがガラリと変容し、上下左右の対話やコラボレーションが活発化して、チーム力が大幅に強化されるわけではないとも言える。

とはいえ、この20年間で急成長を遂げてきた企業を見ると、明らかにITの力を活用することに長けており、テクノロジーによって組織の力を増幅させているように見える。そう考えれば、ITの力を軽視することもできないはずである。

では、どのようなテクノロジーを使っても、組織の力、あるいはチーム力を一向に強化できない企業と、テクノロジーによって、組織力やチーム力を増幅できる企業とでは何がどう異なるのだろうか。また、日本の企業は、チーム力の強化に向けてITツールとどう向き合うべきなのだろうか。

ビジネスチャット、あるいは社内コミュニケーションツールの代表格として、世界10万社以上が使っているとされる「Slack」の日本法人でカントリー・マネジャーを務める佐々木聖治氏と、アジャイル開発の支援ツールやコラボレーションツールを手掛けるアトラシアン日本法人のスチュアート・ハリントン社長に、テクノロジーとチーム力の関係性について語ってもらった。聞き手はITmedia ビジネスオンライン編集部(以下――)。

上司は少し“間抜け”のほうがいい!?

画像: アトラシアン日本法人社長のスチュアート・ハリントン氏

アトラシアン日本法人社長のスチュアート・ハリントン氏

画像: Slack Japan カントリー・マネジャーの佐々木聖治氏

Slack Japan カントリー・マネジャーの佐々木聖治氏

――この対談のテーマは「テクノロジーとチーム力」です。チーム力は「組織のカルチャー」と「優れたテクノロジー」の両輪で強化していくものだと思われますが、まずは「組織のカルチャー」についてお伺いしたいと思います。ハリントンさんは、今日におけるチーム力の源泉をどう捉えていますか。

ハリントン: それは、「オープンさ」ですね。今、世界は猛スピードで変化していて、その変化に追随できない製品、サービス、チーム、そして企業は、まず生き残れないでしょう。それゆえに組織には、個人やチームが「オープン」にコラボレーションできる働き方が必要不可欠です。

――その「オープンさ」について、もう少し具体的にお話いただけますか。

ハリントン: 例えば、チームのメンバーがビジネスの前線で吸い上げてきた情報はもとより、顧客からのクレームも、誰かの失敗も、全てを包み隠さず、オープンに共有するということです。それによって世の中の変化や自分たちの課題に対する気付きをスピーディーに得られるからです。

また、イノベーションは、モノゴトに対する異なる視点・知見を総合し、トライアンドエラーを繰り返すことで生まれます。ですから、組織内の自分の地位とは無関係に、人とは異なる意見を自由に、オープンに言える風土が、組織になくてはなりません。このように自由に意見を言える風土や、失敗を包み隠さずに共有できる風土は、組織における縦横の信頼関係と、それを土台にした従業員の“心理的安全性”が確保されることで醸成されます。

簡単に言えば、失敗しても、異なる意見を言っても、チームや組織から責められたり、排除されたりする心配はないという安心感、あるいはセイフティネットがあるかどうかが、オープンなコラボレーションには必須で、チーム力を大きく左右するというわけです。

佐々木氏(以下、敬称略): 心理的安全性は確かに大切ですね。私たちは、企業という組織で行動するうえでは、「顧客」「サービス」「従業員」「自分自身」という4つの成長に視点を置くべきだと考えています。その中では、従業員たちが協調しながら相互の信頼感を高め、心理的安全性を育んでいくことが非常に重要です。

また、顧客満足度につながる行動をとろうとしたときにも、相手の心理的安全性をどう確保するかという視点が必要になるはずです。加えて、従業員の心理的安全性を高めるには、提供する製品/サービスの品質が、それに資するレベルに達していなければならないでしょう。さらに、従業員が自分なりのキャリアパスを描いて、成長していける環境をしっかりと用意することも、心理的安全性を高めることにつながると考えています。

ところで、組織を率いるリーダーとして、ハリントンさんは、従業員の心理的な安全性が担保された組織を、どのように築くべきだとお考えですか。

ハリントン: そうですね、やり方はいろいろありますが、とにかく、上司は少し“間抜け”のほうがいいと思いますね。その一点に限って言えば、私はリーダーとして適任だという自信もあります(笑)。

佐々木: そんなことはないでしょう(笑)。

ハリントン: いやいや、そうですよ。いつも社員たちから怒られていますから。とにかく、絶対的な上司・部下の関係があると、なかなかオープンな意見は部下から出ません。上司にしても、『部下に対して間抜けな意見は言えない』と、いつも心理的なプレッシャーを感じていなければならない。それでは、自由でイノベーティブな発想は生まれないんです。ですから、大勢の部下がいる中でも、上司もオープンに、たとえそれが見当外れの意見であったとしても、自由に言える“心理的安全性”が必要です。

変化が激しい今日では、上司が部下よりも知識が豊富で、常に正しい判断が下せると思わないほうがいいですし、そんなことはまずありえないと考えるべきです。その意味でも、上司は、少し“間抜け”であるぐらいがちょうどよく、部下のサポートに徹し、何かが起きたら、最終的な責任を持つ覚悟を決めておけばいいわけです。

佐々木: なるほど。言われてみれば、そのほうが上司も楽ですし、部下も意見が言いやすくなりますね。

ハリントン: またもう一つ、クロスファンクショナルなチーム(全社横断的なチーム)を編成することも、視点や発想の固定化を避けるうえでは、有効だと思います。そして先ほども申し上げましたが、失敗を隠蔽(いんぺい)する体質を一掃すること。それには、誰かがチャレンジして失敗したら「よく間違えたな!」と褒めるぐらいでなければなりません。実際、そのミスのおかげで、みんなが学べて、助かるのですから、ミスを隠すのではなく、むしろ社内で共有すべきでしょう。

オープンなコミュニケーションを促す「6つの絵文字」

画像1: オープンなコミュニケーションを促す「6つの絵文字」
画像2: オープンなコミュニケーションを促す「6つの絵文字」

ハリントン: Slackは、チームでのオープンなコミュニケーションを支援する非常に優れたツールですが、その開発・提供元であるSlackの社内では、オープンなコミュニケーションのために何か特別な取り組みを行っているのですか。

佐々木: Slackには6つのコアバリューがあって、それが日々の社員の行動にも浸透しています。具体的には、「Empathy (共感)」「Courtesy (思いやり)」「Thriving (向上心)」「Craftsmanship (匠の精神)」「Playfulness (遊び心)」「Solidarity (チームワーク)」の6つです。それぞれに絵文字が割り当てられていて、言うなれば、オープンなコミュニケーションを促すエッセンスです。

言葉として発すると角が立つ場合がありますよね。そのようなときに、絵文字を使うことで、感情をさりげなく表現することができます。「Empathy(共感)」の絵文字はハートマークですが、共感したときにチームメンバーに送ることで、言葉では伝えきれない感情を伝えることができたりします。

ハリントン: アトラシアンにも、世界中のカルチャーをバックグラウンドとして持った社員がいるので、メールやチャットのテキストメッセージだけでは心意が相手に伝わらないことがあります。テキストだけを見ても、その発言が本気なのか、ジョークなのかが分からない。そこに絵文字を一つ加えるだけで、自分の意図を明確にできることが多くあります。佐々木さんも、絵文字を便利に使っているのではないですか。

佐々木: 多用していますね。絵文字は表現手法として非常にスピーディーなんです。例えば、「見たよ」という確認も、絵文字一つで済みます。コミュニケーションをスピードアップするツールとして意識的によく使っていますね。

ハリントン: 確かに、コミュニケーションのスピードも上がりますね。また、上司が絵文字をうまく使うと、「意外と丸い人だな」とか「フレキシビリティーがある人だな」という印象を部下に与え、部下もコミュニケーションがしやすくなるんですよね。アトラシアンもSlackを使っていますが、オープンなコミュニケーションを活性化するツールとして、とても優秀だといつも感じています。

メールの利用率を見るとコミュニケーションのオープンさが見える

画像: メールの利用率を見るとコミュニケーションのオープンさが見える

ハリントン: Slackのユーザー企業は世界で10万社を超えていると伺っていますが、その中には、Slackをうまく使えているところと、そうではないところがあるのではないかと考えます。両者の違いはどこにあるのですか。

佐々木: 最大の違いの一つは、“トップのスポンサーシップ”があるかどうかですね。

ハリントン: それはトップダウンで、組織にSlackを使わせるということですか。

佐々木: それに似ていますが、トップが現場にSlackの活用を強要するのではなく、その活用を承認して、社内での浸透をサポートするということです。

もう一つ、成功のカギを握っているのが、トップが率先して、オープンでフラットなカルチャーを組織に根づかせようとしているかどうかです。この組織変革のためには、「情報を伝える」という分野においても、上司から部下へ一方的に伝えるのではなく、アメーバのように、組織の縦横に情報が伝わっていく仕組みが必要とされます。そのためのツールを使って社内に存在する情報のサイロを打ち壊しながら、チェンジマネジメントを実行していくことが重要です。

ハリントン: 組織変革やチェンジマネジメントの進捗を計測するうえで、社内でのメール活用の時間がどう変化するかを測定するのが有効かもしれません。メールは基本的に相手が限定されたクローズドなコミュニケーションです。オープンなコミュニケーションが進むと、Slackや社内WikiであるConfluenceのようなツールの利用率が上がり、メールの利用率は下がっていくのではないでしょうか。

それから、佐々木さんは、Slackは埋もれた人材を探すうえでも有効だと、いつもおっしゃられていますね。

佐々木: ええ。実際の会議室では「声の大きい人」がスポットライトをあびがちです。ただし、声には出さなくてもきちんと意見を持っているメンバーもいます。そうしたメンバーがSlack上でしっかり発言すれば、これまでとは違う意見を見つけることができます。また、Slackでの発言を情報として貯(た)めていくことで、社内のどの部署にどんなナレッジがあるかを見える化できるようにもなるんです。

カルチャーを醸成する「4つのアトリビュート」

画像: Slack Japanオフィス

Slack Japanオフィス

画像1: カルチャーを醸成する「4つのアトリビュート」

ハリントン: 貴社では、優れたチームワークを確保するために必要な要点を、どう捉えていますか。

佐々木: 当社の場合、社内のメンバーに対して「Smart(探究心、好奇心、創意工夫)」「Hardworking(自己実現、プロ意識、ハングリー精神)」「Humble(相手への敬意と思いやり、向上心)」「Collaborative(チームワーク、切磋琢磨)」という4つのアトリビュート(性質)を提示しています。それは、社員の評価指標でもあり、社内カルチャーを作っていく柱にもなっています。

実は、これも絵文字になっていて、「これって“Collaborative(コラボレイティブ)”な行動だよね」と感じたときに、その行動を起こした人に対して”Collaborative”な絵文字を送ります。こうした仕組みを取り入れることで、チームワークを向上させたり、従業員同士の信頼関係を強めたりすることができると考えています。

画像2: カルチャーを醸成する「4つのアトリビュート」

ハリントン: 相手の行動への評価を絵文字で表現して送るという取り組みは、相手へのポジティブな気遣いをITツールで効率化している一例ですね。当社でも、「Kudos(クードス)」という社員同士でプレゼントを贈り合う制度があり、チームワークの強化に生かしています。

佐々木: それはどのような制度なのですか。

ハリントン: 例えば、クロスファンクションなチームで仕事を行った場合など、通常業務にプラスアルファーで貢献したメンバーに感謝のプレゼントを送ります。それぞれのスタッフがプレゼントとして希望するものは、イントラネットを見れば分かるようになっています。

佐々木: なるほど、なかなか手の込んだ気遣いの仕組みですね。

佐々木: アイデアですね。

ハリントン: そうですね。貴社もそうですが、組織として、どんなふうにチームワークを強化していくべきかが明確に描けていると、必要なコミュニケーションの仕組みが見えてきます。あとは、それをサポートするツールと、使い方を考えればいいというわけです。

チーム力とITツール

――チームワーク作りでのITツールの使い方についてお話を伺ったところで、最後にチーム力強化に向けてITツールとどう向き合っていくべきかについて、改めてご意見をまとめていただきたいのですが。

ハリントン: いくら良いトンカチを持っていても、使い手がダメだとそのトンカチは生きてきません。ITツールも同様で、あくまでもチームがオープンに働くのを支えるものであって、導入するだけで変わるものではありません。そして、そのオープンな風土を作り上げるのは、テクノロジーの役割ではなく、リーダーの役割であると認識しています。

佐々木: おっしゃる通りだと、私も考えます。従来型のクローズドなコミュニケーションをオープンでパブリックな方向に転換していくことで、人と人との対話はより建設的な意見へと発展していくはずです。当社としても、全ての組織のコミュニケーションを、そうした方向へシフトできるようナビゲーションしていきたいと考えています。

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