『FACTFULNESS(ファクトフルネス)10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』

画像: 【BOOKレビュー】チームの強化に役立ちそうな本──勝手にレビュー #014『FACTFULNESS(ファクトフルネス)10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』

著者   :ハンス・ロスリング[著]、オーラ・ロスリング[著]、アンナ・ロスリング・ロンランド[著]、上杉 周作[訳]、関 美和[訳]
出版社  :日経BP社
出版年月日:2019/1/11

サルにも劣る「事実」の正答率

本書は、1948年にスェーデンで生まれた医師、公衆衛生学者であり、同国における国境なき医師団の立ち上げを主導するとともに、WHO、UNICEFなどの国際援助機関でアドバイザーを努めたハンス・ロスリングによるものだが、彼は本書を未完のままこの世を去ってしまった。それを完成させたのが息子のオーラとその妻のアンナである。

冒頭、著者は統計を基にしたいくつかの「クイズ」を読者に提示する。そしてその正解=事実を示しながら、我々の理解がいかに偏向しているかを明らかにする。その正答率は軒並み悲惨で、サルが偶然に正解するであろう1/3を大きく下回るばかりでなく、「賢人会議」とも言われるダボス会議に参加するような学者、専門家、企業のVIP、メディアや議員においても、いや、そういう人たちにおいてこそ、事実誤認が蔓延していることを指摘している。

著者は、そういった事実と認識のギャップを正すために、10年以上にわたり啓発活動を続けてきた。本書はその集大成として、世界の見方を歪める「10の本能」を、正しいデータとともに紹介している。

社会やプロジェクトを見る目が変わる

本書に記載されている「10の本能」を身近な現実に当てはめてみると、その惨たんたる有様に絶望的な気分にすらなる。

例えば、【分断本能】で説明されている「我々と彼ら」という「二項対立」の本能が引き起こす論調は、現実の政治や国際社会でますますひどくなっているように思える。「彼ら」と「我々」という互いに認め合わない者同士が争う世界は不毛である。対比する二つのグループに分けるとドラマチックになり、わかりやすく、人を惹きつけるが、有益な学びを得ることはあまりない。

また、そういった“ドラマチックな”暗い現実ばかり見せられると、「世界はどんどん悪くなっている」という【ネガティブ本能】が刺激され、事実を見誤ることにもなる。この中でおもしろいのは、日本の悪しき組織風土“物言えぬ空気”にも通じる「事実を言いづらい雰囲気」とその対処法についても触れられている点である。

さらに、「いつやるか? 今でしょ!」とばかり、焦りに任せて物事を進めてしまう【焦り本能】もまた、特に注意すべき本能だと本書は警告する。不確かな未来のリスクにフォーカスさせられたトップの号令の下、「分析は後回し、行動あるのみ」と突っ走ってはいないだろうか。

そして、【犯人捜し本能】で述べられる、ヒステリックな“だれそれが悪い”論などは、昔からの悪しき風習だ。わかりやすい「犯人」を見つけるとそこで思考が停止してしまいがちだ が、往々にしてより複雑な真実が背景にはあるものである。また、この章では「メディアは中立的ではないし、中立的でありえない。中立性を期待すべきではない」と、耳の痛い指摘もされている。そして“友達の撮った写真をGPS代わりに外国を観光するような”メディアに依存した事実認識にも警鐘を鳴らしている。

他責にするな、謙虚に考えよ!

本能の感じるままに行動する人たちに日々悩まされている方にとって、本書は留飲の下がる一冊だろう。正しい事実に基づいて主張し行動しているように見えない方々には本書を必読にして欲しい、という人もいるだろう。しかし、著者はここにも釘を刺す。「自分以外はアホだと決めつけ」て他責にすることを厳に戒め、「根拠のない希望も不安も持たず、『ドラマチックすぎる世界の見方』を持たない『可能主義者』であれ」と説く。さらに、そのような“いばらの道”を歩んで行くために、以下のようないくつかの指針も示している。

  • 感じるな、考えよ。
  • 「悪い」と「良くなっている」は両立する。
  • 数字を見ないと、世界のことはわからない。しかし、数字だけを見ても、世界のことはわからない。

また、翻訳にも一言触れたい。正確な訳と練りに練られた平易な日本語が大変素晴らしく、一気に読み進むことができる。原著と併せて読むと、ビジネス英語のスキル向上にも役立ちそうだ。

事実に基づく思考法は「デジタル時代」に必須

本書は、成功のための“たった一つの真実!”みたいな、刹那的で速習的な内容を期待している人にはまったく向かない。また、著者の説く「感情的な考え方をやめ、論理的な考え方を身に付けたいと思う人」とは正反対の、主義主張やイデオロギーに凝り固まった人が読むと、あらぬ反感のみが残ることだろう。

幸いなことに、事実を示すデータの入手はますます容易になっている。本書を読まれた方は、今そこにあるデジタルトランスフォーメーションを泳いでいくのに必要な、事実に基づく思考法を学ぶことができるだろう。そしてそのスキルは、近い将来、敵対的生成ネットワーク(GAN)を使ったAIが大量の“フェイクニュース”や“フェイク画像”をまき散らす時代になっても、活かせることだろう。

本書は、データサイエンティストやディープラーニングのニューラルネットワーク設計者といったITエンジニアばかりでなく、「身近なプロジェクト・生活・社会・世界を少しでも良くしていきたい」との志を持つ、老若男女すべての皆様にお奨めしたい良書である。

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