“優れたリーダー”とは、どんな人?
優れたリーダーとは、どのような人物か──。この問いかけへの答えとして、よく耳にするのは、「それは、いかなるときも、完璧な意思決定が下せるリーダーである」といった見解である。
結論から先に言えば、この見方は間違っている。というよりも、常に完璧な意思決定が下せるリーダーは、世の中のどこにも存在しない。それは、相手ピッチャーの配球を完璧に予測して、意思決定が下せる野球人がいないのと同じである。
では、優れたリーダーとはどのような人で、どうすればなれるのか。
まず言えるのは、私たちの誰もが“理想的”と思えるようなリーダーは、神話の中でしか存在しえないということだ。いわば、「理想のリーダー」というのは、私たちの想像の産物であって、現実世界でそれを追い求めることに意味はない。
それよりも大切なのは、変化への適応力を身につけることである。
現在、世界中のすべての企業が「未知の大海」を羅針盤も持たずに航海しているような状況にある。AI(人工知能)にギグエコノミー、リモートワーク、 気まぐれで、かつ発言力を強める顧客たち──。ビジネスを取り巻く環境は、10数年前、あるいは数年前とはまったく異なる“ニューワールド”で、しかも刻々と変化している。そうした時代のビジネスリーダーには、変化への適応力、あるいは変化の波を乗りこなす力が求められ、その力の大小によって、“優秀さ”が左右されると言っていい。
IT・法律・金融・医療など、さまざまな業界の組織に対するコーチングで15年以上の経験を持つエグゼクティブコーチのマイケル・クーパー(Michael Cooper)氏は、今日のリーダーの要件について次のように指摘する。
「チームにしても、会社にしても、今日の組織が生き残るためのカギは、変化に即応できるアジリティ(俊敏性)と革新性です。ですから、リーダーの仕事は、俊敏でイノベーティブな組織を築くことにほかならず、それに向けて明確なビジョンを定め、組織内での信頼関係を築き、課題を発見することが、何よりも重要でしょう」
もちろん、組織における相互信頼の文化や変化への適応力をいきなり生む魔法の杖はない。ただし、すべてのリーダーに、それらを生み出すチャンスがある。以下、その可能性を踏まえながら、優れたリーダーの要件について見ていくことにしたい。
優れたリーダーは「アンド(and)」型
「誠実なリーダー」が陥りやすいワナが一つある。それは、あるべきリーダーシップのスタイルは常に一つで、例えば、「自信」と「謙虚さ」、「率直さ」と「駆け引き力」のいずれか一方を志向しなければならないと思い込むことである。
これは、誠実さからくる発想で責めるべきものではない。ただし、部下たちがそれを必要としていないならば、不必要な考え方と言える。
実際、優れたリーダーは、状況に応じて「自信」と「謙虚さ」を巧みに使い分けている。例えば、自律性に欠ける部下に対しては、徹底して、すべきことの方向づけを行い、行動をコントロールする。その一方で、自律性の高い部下に対しては、それぞれが自己裁量で動ける多くの余地を与える、といった具合である。
こうしたリーダーシップのスタイルは、「Aか、Bか」の「オア(or)」型ではなく、「Aも、Bも」の「アンド(and)」型と言え、そのスタイルによって成功を収めるには、部下たちの性格、スキル、能力、価値観に対する深い理解や洞察が必要とされる。
ゆえにまずは、一定の時間をかけて部下の行動を観察することから事を始めなければならない。例えば、問題に直面したときに部下がどんな反応を示し、どのような行動をとったのか注意深く観察する。そのうえで、コーチングが必要かどうか、叱ったほうがいいのか、具体的な指示を与えたほうがいいのか、単に勇気づければいいのか、といったことを都度、判断して実行に移していくのである。
「私は、すべての部下を、同じやり方で扱う」──。その誠実さが機能するのは、ときと場合によりけりと考えたほうが無難である。
優れたリーダーは異論・反論を尊重する
組織のメンバー全員が、組織のゴールや戦略に賛同し、それをどう成し遂げればいいかを理解し、意思統一が完璧なかたちで図られている──。あなたは、そのような組織を作りたいと望んでいるだろうか。
確かに、組織におけるコンセンサスの確立は、相当のスキルを要する取り組みで、それを成し遂げられる能力があることは、良いリーダーの条件とされている。
ただし、いかに優れたリーダーであろうとも、現実の組織で、100%完璧な意思統一を実現することはまず不可能だ。仮に、自分の組織がそう見えているとすれば、それは錯覚にすぎず、リーダーが掲げた目標や考え方に反対意見を持つ人間が、単にそれを口に出していないだけ、あるいは口に出せないだけととらえたほうがいい。そして、そうした状況を看過していると、リーダーとは異なる意見を持つ人間が、陰でリーダーの意向に逆らった行動をとるようになり、組織の健全性が損なわれることになる。
優れたリーダーは、その危険性を理解しており、自分とは異なる意見・見解を歓迎し、また尊重する。それゆえに、意思決定のプロセスが長引くことが間々あるが、結果として導き出された判断は、良い成果につながる場合が多い。加えて、組織内から、異論や反論が多く出され、さまざまな選択肢が提示されればされるほど、リーダーは、最終的に下した自分の判断により大きな自信を持てるようにもなる。
さらに、リーダーが最終的な意思決定を下す前に、反対派の意見に耳を傾けることで、反対派の懐柔もしやすくなる。つまり、意思決定のプロセスに反対派を関与させることで、最終的な意思決定に対する反対派の責任感を強めることができ、アマゾン社のジェフ・ベゾス氏が言う「反対だが、コミットはする」という意識を持たせることが容易になるのである。
自分とは異なる意見・見解に耳を傾け、参考にすること自体は、リーダーにとって決して難しいことではない。ただし、反対意見を持つ部下に、自分の意見を偽りなく語らせるには、相応の努力が必要な場合がある。
その努力とは、リーダーに対して、安心して反対意見が出せる文化・風土を組織に定着させることだ。もし、そうした文化・風土が組織にないのであれば、リーダーは、次に示す7つの取り組みを始める必要がある。
- 職位の上下とは関係なく、組織の全員に対して、常に自分とは異なる意見・見解を能動的に求めるようにする。
- 意見や見解を出してきた部下に対しては、「なぜ、そう思うのか?」を必ず聞くようにして、建設的な意見を闊達に交わす文化を醸成していく。
- 自分のアイデアや見解への建設的な反対意見、あるいは批判は、必ず興味と感心、そして誠意を持って受け止める。
- 自分の立場を守るために反対意見や批判をかわそうとせず、逆に、「あなたの意見は面白い、もっと話が聞きたい」という態度を示し続ける。
- 部下との議論の結果、仮に、自分の考えとは異なる戦略や取り組みを遂行することになっても、その成功に全力を傾ける意志があることを明確に示す。
- 議論のときには、「自分が正しい」という前提で主張し、「自分が間違っている」という前提で相手の意見に耳を傾ける。
- 「自分の率いる組織の中では、自分の経験が最も豊富である」という理由から、「常に自分が正しい」という思い込みは捨てる。
優れたリーダーは権限委譲に心地よさを感じる
優れたリーダーは、部下への権限委譲が巧みで、部下の指示で動くことに心地よさを感じる傾向が強い。こうしたリーダーたちは、ビジネスの現場、あるいは顧客との距離が最も近い部下たちに意思決定の権限を可能なかぎり与えることが、結果的に、ビジネス判断の的確性とスピードの向上につながることを理解していると言える。
多くのリーダーは、意思決定とその責任はすべてリーダーが背負うべきと考えがちである。しかし、それが大きな勘違いであることを、アップルの元CEO、スティーブ・ジョブズ氏も次のように指摘していた。
「(部下に意思決定を任せないなら)優秀な人材を採用する意味はない。私たちが、人材を採用するのは、その人が自分で何をすべきかを判断できる能力があるからだ」
もちろん、自分の部下たちに、「自分は何をしなければならないのか」「なぜそうする必要があるのか」を深く理解してもらうまでには、一定の時間がかかる。ただし、それを行っておけば、部下を統制するハンドルから手を放しても、組織はしっかりと機能するのである。
このように、部下たちが自律的に動く組織を作りたいと考えるのであれば、以下の取り組みを試してみることをおすすめしたい。
- 部下に対して遂行すべきタスクを与える代わりに、解決すべき問題を与える。
- 高次の目標を設定し、それをどう達成するかを部下たちに決めさせる。
- 組織のステークホルダーから何を言われようとも、部下たちの意思決定を必ずバックアップする意志を明確に示す。
- 部下の判断が明らかに間違いで、それを否定しなければならないときも、人格や人間性を尊重する姿勢は崩さず、より優れた結論をともに見つけるようにする。
- 「このプロジェクトに関するメールには、必ず私を“cc”に入れること」といった指示は絶対に出さない。
優れたリーダーは部下にフィードバックを求める
作家であり、エグゼクティブコーチのビル・トレジュラ(Bill Treasurer)氏は、リーダーをダメにする最大の要因は「傲慢(ごうまん)さ」であるという。ゆえに、リーダーには「謙虚さ」が不可欠で、部下に直接指示を出したり、アイデアを出したりする際には、それに対する部下の意見を必ず求めることが大切であるとしている。
自分の指示やアイデアに対して、部下の意見を求めるというのは勇気のいることかもしれない。ただし、それは、仕事に対する部下のパフォーマンスを高める最良の方法でもある。その意味でも、常に謙虚な姿勢を保ち、自分の率いる部下たちに必ず意見を求めることが重要である。
一方で、上司に直接意見を言うことが、部下にとって、あまり心地のよいことではない可能性がある。したがって、組織の上下関係を超えたところで、互いに敬意を払いながら、安心して反対意見が出し合える文化を醸成することも大切である。
例えば、元Google幹部のキム・スコット(Kim Scott)氏は、組織のリーダーに向けた著書『Radical Candor』の中で、「部下に口頭で意見を求めるときには、“キミの意見が聞きたい”と述べたのちに、自分は口を閉じて、心の中で6つカウントする」といったテクニックを伝えている。
こうすることで、大抵の部下たちは、沈黙を埋めようと何かを話し始め、リーダーは、それを起点に自分の仕事を改善する方法を部下とともに考えていくことができるのだという。また、ここで避けるべきは、リーダーの仕事に対する数個の賛辞を述べるだけで、自分の義務が果たせたと部下に思わせないことであるようだ。必要なのは賛辞ではなく、建設的な意見であることを明確に示すべきというわけである。
なお、部下から意見を引き出すためのテクニックは、このほかにもある。そのいくつかを以下に紹介しておきたい。
- 自分の部下の誰かに、自分の状態が最高ではないときに、それを正確に映す“言葉の鏡”を掲げさせる許可を与えておく。
- 部下の意見に耳を傾けるのは、その意見を理解するためであって、反論するためではないという意識を強く持つ。
- 建設的な批判に対しては、それが耳の痛い批判であったとしても(逆に、そうであった場合には特に)敬意を払い、率直な批判に対する感謝の言葉を、自分の率いる組織の全員がわかるように伝える。
- 部下からの意見に対して、「会社での地位が低いキミには、私の仕事のことはわからない。自分の仕事のことは、自分が最もよく理解している。ご意見、ありがとう」といった返答は絶対にしてはならない。
優れたリーダーは“共感獲得”型のコミュニケーションを行う
優れたリーダーは、コミュニケーションによって、部下たちの共感を獲得することを重視する。そのため、自分が何を話したいかではなく、自分の話す相手が誰であり、何を最も聞きたがっているのかを前提にコミュニケーションを組み立てる。もちろん、それには、コミュニケーションをとるべき相手について、その希望や怖れ、日々の課題など、すべてがイメージできていることが条件となる。
このような“共感獲得”型のコミュニケーションは、相手にとって“聞きたくない知らせ”を伝えなければならない場合に、特に有効である。
例えば、アトラシアンでは、ビジネスチャットツール「Stride」の開発を中止し、チャットツール市場から撤退することを決めた。理由は、優れたビジネスチャットツールが数多くある中で、アトラシアンがその開発と普及に力を注ぐ理由も、価値もないと判断したためだ。
この経営判断の一報は、アトラシアンの共同CEOであるマイク・キャノン・ブルックス(Mike Cannon-Brookes)から、当時のStrideチームの全員に真っ先に伝えられた。そのとき、マイクは、チームのこれまでの働きに対する感謝と賛辞を述べるとともに、Strideチームのメンバーのこれからの仕事と配置について具体的に報告していた。というのも、チームのメンバーにとって、それが最も知りたい情報であることを理解していたからである。結果として、Strideの開発中止という、担当チームにとっては決して歓迎できない経営判断に対しても、メンバーの理解と共感を得ることに成功したのである。
なお、この“共感獲得”型コミュニケーションを目指すのであれば、身につけておくべき習慣がある。以下に、その主な習慣を紹介する。
- 相手の話を積極的に聞くようにする。対面での対話のときには、必ず、ラップトップの蓋(ふた)は閉じて、スマートフォンや携帯電話の電源はオフにする。
- 自分の率いる組織のメンバーについては、どのような人物かを可能なかぎり(私的なレベルの情報も含めて)把握しておく。
- 対話のときに受けるであろう質問や反対意見は、あらかじめ予測しておき、答えを準備しておく
優れたリーダーは自分を偽らない
成長途上にあるリーダーは、いかなるときも「楽観的」で「自信」を持つよう指導されることがよくある。これは、悪いアドバイスではないが、不完全な教えだ。優れたリーダーは、常に楽観的で自信に溢れているわけではない。そうする必要があるときに、そうしているだけのことである。
そもそも、自分の能力を疑ったり、失敗を怖れたり、自信が持てなかったりするというのは、人間であれば当然のことである。そうした弱さを含めた等身大の自分を、偽らずに部下に見せることは、部下からの信頼の獲得にもつながる。
例えば、ジョージ・W. ブッシュ元米国大統領は、強気のリーダーを演じる一方で、弱点をさらけ出し、それによって多くの人々の共感を得ていた。彼は、波瀾万丈な過去を持ち、どの辞書にも載っていないような不思議な英単語を平気で使っていた。それが、聖人君主のような「完璧な政治家」に置き去りにされてきたと感じていた、多くの米国民の支持を集める結果になったのである。
もっとも、企業組織のリーダーが、ブッシュ氏のように不思議な英単語を使ったところで、部下からの共感や信頼は得られない。その代りに、以下に示す取り組みを試してみることをおすすめしたい。
- あなたのデスクを部下たちのすぐ横に置いて、毎日、積極的に対話する。
- 自分がミスをしたときには、それを包み隠さず部下に伝え、そのミスから何を学んだかを全員と共有する。
- 自分の私生活が、自分のパフォーマンスと仕事に悪影響を及ぼしたときは、その事実を可能なかぎりオープンに部下全員に伝え、部下たちが同じことをしたときに、どう振る舞うべきかの前例を作る。
- 「何も心配するな、すべて順調だ、私を信じろ」といった強気のリーダーを演じて、自らを追い込まない。
優れたリーダーは道を示す代りにガードレールを用意する
会社組織のリーダーは、目標に対する責任を果たそうと、ビジネスのプロセスを自ら設計しようとしがちだ。とりわけ多く見受けられるのは、“全体最適”と称して、組織横断でのプロセスの最適化と標準化を図ろうとする傾向である。この取り組みは、短期的には効力を発揮する可能性があるが、長期的な効果は期待できず、結局は、コスト高の取り組みで終わる可能性が高い。というのも、プロセスの最適化と標準化は、人がそれぞれ持つ能力を発揮するチャンスを奪い、創造的な思考を阻害するものであるからだ。
例えば、チームパフォーマンスの継続的な改善のために、月次での仕事の“振り返り(レトロスペクティブ)”を決められたフォーマットで行うよう、会社の全チームに指示したとしよう。これによって、組織の中のいくつかのチームのパフォーマンスは改善されるかもしれないが、チームの中には、振り返りの手法がまったく機能しないところも出るはずである。それでも、会社からの指示ということで、決められたプロセスに則った振り返りの作業を形式的に行うとすれば、それは、チームのパフォーマンスを高めるどころか、パフォーマンスに悪影響を及ぼす不毛なプロセスとなる。
ゆえに賢明なのは、組織全体のプロセスを最適化したい、あるいは標準化したいといった望みは捨て去り、それぞれのチームに、自分たちに最もフィットしたプロセスを考えさせ、遂行させることとなる。そしてリーダーは、プロセスという仕事の道筋を示すのではなく、チームが道から外れて崖から転落しないよう、ガードレールを提供することに力を注ぐべきである。このリーダーシップのとり方は、先に触れた権限委譲のやり方と多くの部分で同じだが、基本的には以下の3点を心がければいいと言える。
- マイクロマネージメントに別れを告げる。
- チームの生産物ではなく成果に対する期待を明確に示す。
- 「ネットフリックスは、アジャイルで成果を上げている。我々もそれに習ってすべてのチームのプロセスをアジャイルで標準化する」といった安易な発想は捨てる。
すべては「信頼」に帰着する
組織のリーダーは、それが非公式なリーダーであろうと、インフルエンサーであろうと、企業の幹部であろうと、従業員たちが、それぞれの能力を発揮し、最高の仕事ができる環境を整える責任を背負っている。
そのために必要なことは、人と人とが、強い信頼によって結ばれた組織を築き上げることだ。また、その取り組みに着手するときのカギは、自分の組織、あるいは組織のリーダーたちに対する部下たちの信頼について、真正面から向き合う勇気を持つことである。これによって初めて、信頼を巡る組織の問題が明らかになり、その解決に向けた一歩を踏み出せるようになる。
ちなみに、エグゼクティブコーチのクーパー氏は、自分の顧客企業に対して信頼に関するタフな質問をいつも投じている。それは次のようなものだ。
「あなたの部下たちは、あなたが、彼らにとって最良のことを実現するために行動していると信じているか?」
「部下に対するあなたの言動はいつも一致しているか?」
「あなた、あるいは他のリーダーは、部下を失望させたことがあるか?」
この質問に対して、あなたはどう答えるだろうか。その答えを出すことから、信頼関係の構築に向けたステップが始まるのである。
仕事の未来がどうなるかは、誰にも予測できない。ゆえに大切なことは、自分たちのチームの士気を高め、チームの仕事の効果と変化への適応力を向上させる努力を続けることである。それは長い時間を要する取り組みだが、それに費やした時間と労力をはるかに超えるリターンを得ることができるはずである。