1980年代のバブル期を彷彿させる派手なボディコンスーツ姿で、アイドル・荻野目洋子さんのヒット曲「ダンシング・ヒーロー」に合わせてスピード感かつキレのあるダンスを披露する女子高生たち。YouTubeに投稿されたこんな動画が少し前に話題になった。
大阪府立登美丘高校ダンス部による、通称「バブリーダンス」だ。現在までに6800万回以上も再生されているこの大ヒット動画をきっかけに、同校のダンス部は人気に火が付き、テレビ番組やイベントなどに引っ張りだこに。ついには2017年暮れの「NHK紅白歌合戦」で歌手の郷ひろみさんのバックダンサーとして出演した。
さらには、18年に公開された米ハリウッド映画「グレイテスト・ショーマン」とのコラボレーションを果たすなど、その勢いはとどまるどころか、国内外に向けてどんどん活動は広がっているのだ。女子高生のダンスそのものも今やブームになったと言えるほどの盛り上がりである。
そんな同ダンス部躍進の仕掛け人が、振付師のakaneさんだ。
akaneさんは登美丘高校の出身で、当時同好会だったのをダンス部に昇格させた人物である。自身は3歳のころからダンススクールに通い始め、既に幼稚園のころにはダンスの作品制作も手掛けるようになっていたという、筋金入りのダンス人生、振付師人生を歩んでいる。
高校卒業後は大学進学のために上京したが、その間も母校ダンス部の臨時コーチなどをしていた。大学を卒業してからはプロの振付師として、ほかの仕事とともに母校の指導にも携わっているのである。
バブリーダンスは元々、17年の全国大会で披露した作品。ただ単にカッコいい、うまいだけのダンスではなく、常に笑いの要素も取り入れたいというakaneさんの振付師のスタンスとユーモアセンスもあって生まれた作品である。完成度の高いものができたので、「もっと多くの人たちに見てもらいたい」という気持ちからミュージックビデオ(MV)を自ら制作し、大会後にYouTubeに投稿。たちまち世間に知れ渡ることとなったのは冒頭で述べた通りだ。
登美丘高校ダンス部のバブリーダンス
チーム運営は自主性、生徒たちとも対等な関係性を築く
そんなakaneさんは登美丘高校ダンス部をどのように指導しているのだろうか。
「振付師として作品のクオリティを高めるための演技指導は徹底的に行っていますが、チームの運営や、部員の管理などは、顧問の先生だったり、生徒たちの自主性に任せたりしています」と話す。
もちろん、大人として、高校生に対する最低限の教育、例えば、安易なSNS投稿をしない(同ダンス部はSNS禁止がルール)、一挙手一投足が注目されてしまう存在であることを自覚した行動をするなどはakaneさんも生徒たちに伝えるようにしているが、必要以上の細かな管理などはいっさいしていない。
「ダンス部には振付師として入っているので、部活動のことはまったく口を出しません。例えば、挨拶する、時間通りに来て練習するといったことは、生徒本人たちがルールを決めてやっているので、特に何も言いません。高校生といえども、自立した大人だと見ているので、ダンス以外の部分は本人たちがどうしていけばいいかを考えるべきだと思います」
そこはビジネスライクというか、あくまでダンス作品の質を高めるための関係を築いているそうだ。
そして、質を高める上で、お互いの信頼は何よりも重要だという。振付師としての指導レベルの高さは当然のことながら、作品の意外性や新奇性、常に新しい挑戦をしている姿勢などが問われている。
生徒からも「なぜこうなんだ」「もっとこうしたい」などと忌憚なき意見が飛んでくる。それに対して正面から向き合い、本音で議論することで、信頼関係が生まれていく。コーチだから、先輩だからと、一方的な押し付けではない。お互いのコミュニケーションが深くならなければ優れた作品は作れない。
「決して何でもかんでも意見が言いやすい環境を作っているわけではないです。けれど、それでも私にガンガン言ってくる生徒は本気でダンスに臨んでいる表れなので、自分もうそをつかず真剣に、ガチンコで指導します。全力でぶつかることは指導する上で心掛けているかもしれませんね」
コーチと生徒の対等な関係性は指導のスタイルにも示されている。基本的に、「私についてこい!」というアプローチは取らない。登美丘高校ダンス部ではシーズンの初めに生徒たちは自分たちがどうなっていきたいか、最終的な目標をしっかり話し合って決める。例えば、文化祭で楽しく踊れるように頑張りたいという目標ならそれでもいい。ただし、全国大会で優勝したいとか、映画やテレビでパフォーマンスを披露したいとか、より高い目標を持っているのであれば、それに向けてどうすべきかを考え、akaneさんと生徒はお互いの方向性ややりたいことの意識合わせをしていく。「生徒たちが決めた目標に対して私がどうこう言うのはおかしい。あくまで彼女たちが叶えたいゴールをフォローするのが役割です」とakaneさんは話す。
従って、akaneさんが主体的に生徒たちをグイグイ引っ張っていくのは違うという。
「まだ年数は短いけど、登美丘高校ダンス部はそれなりの歴史があります。多くの生徒は先輩たちのいろいろなパフォーマンスを見て、それに憧れて入部してきています。あそこまでのレベルになるにはどれだけの努力が必要かは全員が分かっています。私がどれだけ良い作品を作っても、彼女たちが努力しないと形にならないし、結果は出ません。何よりもまずは彼女たち自身が頑張るべきなのです」
ただし、akaneさんもプロの振付師として、より優れた作品を作り上げるために参加しているので、生徒たちが努力せず、低い意識でダンスをするならば、その時はコーチを続ける意味はなくなるだろうという。「逆に私が切られることもありますからね。もし生徒たちのレベルに応えるような作品が作れなければ」。このお互いの緊張関係も重要なのである。
うまくなるには努力しかない
登美丘高校ダンス部の名が知れ渡ったことで、毎年数多くの生徒が入部してくるようになった。その中にはダンス初心者の部員も少なくない。他のメンバーについていけるのだろうか。「うまくなるには努力しかないし、それを実行する人は必ず成長する」とakaneさんは強調する。実際、毎年のように初心者からレギュラーの座を獲得した生徒はいるという。
「うまくなるためには他人の倍以上に努力しなくてはいけません。これはダンスに限らず、どの世界でも同じですよね。人がやっていないことをやらないと這い上がれません。もちろんダンスには芸術的な感性も必要で、それを磨くには努力ではどうにもならない面もありますが、例えばターンなどの動きの部分は、できるようになるまで努力すれば可能になるのです」
逆に経験者として入部してきても、努力を怠れば、当然のように落ちこぼれてしまう。結局は、自分自身が何を目指し、その目標を達成するためにやるかやらないか、それだけなのだ。
また、ダンスというと、個性がフォーカスされる印象がある。もちろん、そうした側面はあるものの、とりわけ高校ダンスにおいてはそれ以上に協調性が何よりも大切である。ダンスパフォーマンスにおいてもそうだし、日ごろのトレーニングなどもチームワークが随所に求められる。
「集団の競技なので、他人に合わせるといった協調性は大前提。それができなければ駄目でしょう。その上で個性をどう出していくかということになります」
ダンスをもっと身近なものに
今後、akaneさんは2025年の開催に向けて誘致中の「大阪万博」に演出家として携わりたいという夢がある。その最たる理由は、日本においてダンスがより一般的なものになるようにという思いがあるからだ。
「海外ではダンスが日常にあって、レストランなどでも気軽に踊りを見ることができます。一方、日本はまだまだエンターテインメントに対する関心が低く、ダンスについても拒否反応を示す人が多いと感じています。海外のようになってほしいということではないのですが、もう少し『ダンスっていいものだよ』というのを広めたい」
ただ、最近はYouTubeなどでさまざまなダンスを知る機会は広がっているし、実際、登美丘高校ダンス部のバブリーダンスを見て、「こんなダンスもあるんだ」と好きになってくれた人も増えているという。
「日本にも世界で評価されているダンスやミュージカル、舞台はたくさんありますが、足を運ぶ人はまだまだ一握りです。そうした層を少しずつ拡大していって、ダンスを身近に感じてもらえるようにできたらいいなと思っています」
老若男女問わず、誰にとっても身近な存在になれば、ダンスは文化として定着するだろう。そうした日が来ることを目指して、akaneさんの挑戦は今後も続いていくのだ。