変化の激しいこれからの時代に、柔軟に対応できる社会人をいかに育成すればよいのか――。これを実現するために、ユニークな取り組みをしている公立中学校がある。千代田区立麹町中学校の工藤勇一校長に話を聞いた。

ここ数年、メディアや教育関係者、保護者などから注目されている公立中学校が東京都にある。千代田区立麹町中学校(以下、麹町中学)だ。校訓である「進取の気性」は、変化に柔軟に対応し、常に新たなことに進んで挑戦していくという精神に基づいている。言葉で表すのは簡単だが、これを実践するのは容易なことではない。

 麹町中学も、現在の校長である工藤勇一氏が赴任する5年前までは、多くの公立中学がそうであるように変化への対応は容易ではなかった。工藤校長は、「どんな組織も必ずさまざまな課題を持っています。赴任した当初は、生徒・保護者・教員それぞれが持っている不満を可能な限りたくさん聞きとっていきました」と当時を振り返る。

画像: 麹町中学校の工藤勇一校長

麹町中学校の工藤勇一校長

 「赴任4カ月目に、全教員に現在抱えている不満や課題をすべて書き出すように話しました。すると40~50の不満が集まったのです。そこに、私自身が4カ月間で感じた約150の不満を加え、合わせて200程度の不満をExcelで一覧に示し、これらを改善することを全教員に伝えました。そしてまずは複雑だった組織体系をシンプルな組織に改善したのです」(工藤校長)

 複雑だった組織は、経営支援部、教務部、進路指導部、生徒指導部の4つに統廃合され、各教員はどれか1つの部に専念する体制になっている。この4つの組織それぞれがブレーンストーミングにより現状の課題を整理する。それらを各部長4人と校長、副校長の6人で大まかな解決の方向性を定めた後、各部に戻し、具体的な解決策・方法を検討し決定・実行する。これによって毎年50~60の改善が行われるようになっている。

 改善の一例として挙げられるのが、学級担任制を廃止したことだ。これにより、「あの先生のクラスは……」という問題は発生しないようになった。工藤校長は、「『担任が悪いから』と非難ばかりするクラスは、問題を解決できるようにはなりません。そこで、問題が起きたときに誰に相談するかを、生徒も、保護者も自由に選ぶことができるようにしたのです。学校側は常に全員で問題解決できるようにしたのです。医療の世界における『チーム医療』と同じ考えです」と話す。

 変化の激しい現在の社会では、自分のできないことを人のせいにしていては、生き抜いていくことは困難だ。目の前の課題を自分自身で解決できる能力を経験により身に付け、その経験を次の課題解決に繰り返し実践することが必要になる。麹町中学では、そのための8つのスキルを「目指す生徒像」として定義している。

画像: 麹町中学校が目指す生徒像(出典:麹町中学校「進取の気性」) www.fureai-cloud.jp

麹町中学校が目指す生徒像(出典:麹町中学校「進取の気性」)

www.fureai-cloud.jp

全員が納得できる上位目的を設定する

 「改善のポイントは、上位目的がブレないことです」と工藤校長は語る。例えば、クラス対抗の合唱コンクールを実施するとき、リーダーが「一致団結して優勝する」という目標を立てたとする。しかしクラスには、歌が好きな生徒もいれば、嫌いな生徒、音痴の生徒もいる。そのため、当然だが、クラス内で対立が起きることになる。

 このときリーダーの中には、「一生懸命やっているのに、なぜ協力してくれないのか」とイライラしてしまうものもいるだろう。工藤校長は、「人それぞれ考えが違うのだから、対立が起きるのは当然であり、イライラしないように感情をコントロールすることが大切だ。その上で、建設的に対話を重ねていくことで、対立を解消し、合意形成することができるのです」と語る。

 「4クラスが対抗する合唱コンクールであれば、優勝できるのは1クラスだけ。3クラスは目標を達成できないことになる。優れたリーダーであれば、このことに気が付き、皆で話し合い、合唱は戦いではないので“来場者を感動させる”という目標に変更することもできるでしょう。そうすれば、歌が好きな子もそうでない子も同じ目標を持つことができるのです。目標の合意形成とはこういうことです」と工藤校長は説明する。

 「企業内の組織でも同じです。過去の成功体験にこだわってしまうと、議論がかみ合わなくなり、目標を見失います。合意形成をするためには、対話をして、お互いの違いを知り、さらに対話を続け、全員が納得できる上位目的を見つけることです。そのためのリーダーを育成することが、今の学校に求められているのではないでしょうか」(工藤校長)

学習時間を減らして学力を上げるにはどうすべきか

 現在、多くの中学では、1人の教員が大勢の生徒に対して授業を行う「一斉授業」が行われている。この一斉授業が、日本に広まったのは明治時代以降だ。先生に教えられた通りに学ぶ一斉授業は、上司の言う通りに働くことで年功序列、終身雇用が保証される高度経済成長期の企業にとって有効な教育だった。

 しかし、年功序列、終身雇用という制度が崩壊し、グローバル市場での競争が余儀なくされた現在の企業では、今何が必要かを自分自身で考えて行動できるリーダーが必要で、その育成が学校に求められている。そのためには、人が人とつながり、人が社会とつながるための双方向のカリキュラムが必要になる。

 工藤校長は、「一斉授業での学び方は、世の中での生き方・働き方に反しています。学び方が世の中のスタイルになっていないのです」と強調する。そこで有効になるのが、主体的な学び方を提供する「アクティブラーニング」や、生徒一人一人に最適化された学び方を提供する「アダプティブラーニング」のようなカリキュラムである。

 工藤校長は、「読解力を深めるためには、もっと本や新聞を読めと言う学者もいますが、真に読解力を深めるためには、対話することこそが必要だと考えます。自分で物事を考え、ディスカッションして、意思決定できる人材を育成することが必要です」と語る。

 また現在、学力は一般にテストの結果を中心に測られている。文部科学省は、毎年「全国学力・学習状況調査」を実施し、学力と意識調査の相関を調査しているが、「家庭学習の習慣がある生徒は学力が高い」という調査結果を公表した途端、全国の教育委員会や学校はすぐに次のような反応を示した。「学習時間を増やして学力を向上させるように」と。

 「勉強時間が長いと学力が上がるのは当たり前ですが、これは労働時間を減らして生産性を上げる“働き方改革”とは真逆の方針です。学習時間を減らして、学力を上げるにはどうすべきかを考えるのが本質でしょう。学力を上げるための手段にこだわりすぎて、“自分で考えて自分で行動できる人を育てる”という本来の目的を忘れているのです」(工藤校長)

 工藤校長は、「一斉授業による一方向の学びしか知らないので、社会に出たときに双方向のコミュニケーションを求められると戸惑うのです。これが日本の教育の現状です。企業も同じで、手段と目的の逆転現象を起こさせないような組織の改革が必要です」と語る。

服装や髪型、学校の問題は大人が作っているだけ

 「学校の役割は、大別すると2つあると思っています」と工藤校長。1つは「社会に出たときの生き方を教える」こと。もう1つは「多様性を認めることを教える」ことだ。

「違った考え方があっていい。多様な人がいると対立も生まれますが、対立を受け止めることができるようになることも必要です」(工藤校長)

 「お互いのことを知り、全員が納得できる上位目標を探し出すためには対話しかありません。これを繰り返し経験する中で、民主性が高まっていくのだと考えます。『違いを認め、対話することによって合意形成を図る』こうした経験が必要であり、学校にはそのためのカリキュラムが必要です」と工藤校長は言及する。

 「麹町中学では、髪型や服装の注意は、基本的にしません。茶髪の生徒がいたとしても、誰も何も言いません。そもそも、問題だという概念がないのです。問題は、大人が作っているだけです。大人が問題だと言わなければ、問題にはなりません」(工藤校長)

 現在はそんな価値観の学校だが、5年前は180度違う学校だったという。校則に少しでも違反していれば、教員が厳しく指導していた。工藤校長は、「私が校長に就任して、“注意しなくていいよ”と言ったことに対して、教員たちはとまどったと思います。金髪の生徒が転校してきたときにも、“責任は私がとるので注意しなくていい”と言いました」と振り返る。

 工藤校長は、「1年生の春に転校してきた金髪の生徒も、2年生の中ごろにはいつの間にか金髪から黒髪になっていました。注意されると反発心も起きますが、無意味な対立軸を作ることなく誠実な教育をしていれば、生徒は何をすべきかを自ら考えて行動するようになっていきます」と語る。

 「生徒たちに、“世の中まんざらでもない! 大人って結構素敵だ!”ということを学べるような学校にしたいです。学校に来たら世の中が嫌いになって、大人になりたくないと思われる学校にはしたくありません。学校は社会人になるための準備期間なのですから」と熱く語る工藤校長。麹町中学の今後の取り組みには、まだしばらく注目が集まりそうだ。

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