アトラシアン本社の情報サイト『Inside Atlassian』より。ワークプレイス部門責任者のジーナ・クリーガン(Gina Creegan)が、AIが実行を圧縮し「人と人の間の調整」こそが新たなボトルネックとなった今、オフィスの役割を根本から問い直し、「発想・調整・整え」の3つのフロー状態を軸にした設計フレームワークを提唱する。
本稿の要約を10秒で
- AIが加速させた実行スピードに、オフィス設計が追いついていない
- 発想・調整・整えの3つの状態に合わせた空間が、チームの判断力を守る
- AIの存在を可視化し、深く考えるための「オフ」の時間を意図的に設けることが大切
- 完璧な設計を目指すより、仮説を持って試し、検証しながら進めていく
職場におけるAI活用には、ほとんど誰も語っていない「物理的な次元」がある。
あらゆる業界で、企業はこの2年間、AIを使って個人の生産性を高めることに注力してきた。文章の下書きは数秒で仕上がり、コードレビューは数分で終わり、以前は数週間かかっていたリサーチが数日で完了するようになった。それでも、チーム全体としてのスピードが上がった実感はない。意思決定は相変わらず滞り、プロジェクトは依然として遅れる。ボトルネックが消えたわけではなく、ただ別の場所に移っただけだ。
1万2,000人のナレッジワーカー(知識労働者)と172人のFortune 1000企業幹部を対象とした私たちの調査*1が、その理由を明らかにしている。AIが「実行」を圧縮するにつれ、制約は「判断」「合意形成」「意思決定」へと移行する。つまり、一人ひとりの業務フローの中ではなく、人と人の間で行われる仕事へと。この制約が積み重なることで、Fortune 500企業全体では年間16億1,000万ドルものコストが生じている。私たちはこれを「分断コスト(fragmentation tax)」と呼ぶ。
調整・連携はオンラインで行われる。しかしアトラシアンは完全な分散型組織でありながら、対面で連携することの価値を信じているため、オフィスへの投資を続けている。ただし、今日のオフィスは「知識労働において最も難しいのは実行だ」という前提のもとで設計されたものだ。AIが驚異的なスピードでその「実行」の多くを担うようになった今、オフィスもまた、連携を同じくらいスムーズにするための場へと役割を転換する必要がある。
「分散型を前提とした働き方から学んだことは、AI時代にも変わらず通用する。オフィスは非常に重要な『解放弁』として機能する。AIにオフィスは必要ないが、AIを使う人間には必要だ。対面でしか生まれないエネルギー、創造性、そして推進力のために」と語るのは、アトラシアンのチームワーク研究所(Teamwork Lab)でシニア・リサーチ・マネージャーを務めるアリサ・ユー(Alisa Yu)博士だ。
調査概要
人間とAIが共存する時代におけるオフィスの役割を理解し、その在り方を考えるために、アトラシアンのワークプレイスチームとチームワーク研究所(Teamwork Lab)は、集中的な数日間のスプリントを共同で実施した。このスプリントでは、AIが知識労働の本質をどう変えつつあるかに関する行動科学的研究と、物理的な環境がチームの行動をどう形成するかに関する職場デザインの専門知識を組み合わせた。調査は、以下の3つの根拠に基づいている。
- 「2026年版チームの現状」レポート:AIが協働のあり方、意思決定、チームのパフォーマンスをどう再編しているかについて、1万2,000人のナレッジワーカーと172人のFortune 1000企業幹部を対象に調査したもの。
- アトラシアン自社のオフィスデータと経験:世界各地のオフィスにおける稼働率調査、行動観察、デザイン研究。重要なのは、私たちはこうした変化をすでに一度経験しているという点だ。分散型勤務への移行は、チームが距離を超えてどう連携するかを根本から見直すことを私たちに迫った。AIは、その同じ変化をさらに加速させたものにすぎない。あのとき学んだことを活かして、今回はより速く前進する。
- アトラシアン幹部へのインタビュー:AIが日常業務に組み込まれていく中で、チームのニーズがどう変化しているかについて、社内の上級幹部たちと行った対話。
このスプリントを通じて生まれたのは、5年前の業務フローではなく、AIによって拡張された現在の業務フローに合わせてオフィスを設計するためのフレームワークだ。このフレームワークは今後、AIを活用したオフィスの実験を進めていく上での指針となる。
行動変容に、フロアプランはまだ追いついていない
AIを使いこなすトップユーザーに関する調査で、私たちは興味深い事実を発見した。最も高い成果を上げているユーザーは、単に速く作業をこなしているわけではない。彼らは多くの時間を「調整モード」に費やしている。AIが生成した複数の選択肢を比較し、同僚と前提を問い直し、何を世に出すかをともに決めているのだ。
しかし、ナレッジワーカーの87%が「連携を取る時間も余裕もない」と答えている。スピードは手に入った。だが、足並みを揃える仕組みはまだ追いついていない。
これを物理的な空間に置き換えて考えてみよう。
今日のオフィスの多くは、依然として2つのモードを中心に設計されている。「自席での集中作業」と「会議室でのミーティング」だ。実行がボトルネックだった時代には、この二択で十分だった。
しかしAIが実行サイクルを圧縮し、より多くの労力が「その間にある空間」へと押し出されている今、この構造はもはや機能しない。「15分の意思決定」がますます進捗の基本単位となりつつある中で、それに最適な空間とはどのようなものか。
私たちの調査に参加したあるFortune 500企業の幹部は、率直にこう言い切った。「私たちは指揮者のいないオーケストラだ。」AIはすべての奏者により速い楽器を与えた。今こそ、コンサートホールを設計し直す必要がある。
AIを活用したオフィスの設計指針:発想し、調整し、整える
従来の職場デザインは、「集中(Focus)」「協働(Collaborate)」「交流(Connect)」という3つの軸を中心に空間を構成してきた。これは便利な整理の仕方だが、AIの存在が人々の環境への要求をどう変えるかまでは考慮されていない。
私たちは、AIの関与によって生まれる3つの「フロー状態」を提唱する。それぞれについて、実際にどのような仕事が行われるのか、そして空間がどう支える必要があるのかを示す。
発想する(何を作るかを決める)
AIがほぼあらゆるものを生み出せる時代において、希少な資源は「何を作る価値があるか」を見極める力だ。発想とは、声に出すことから始まる、素早い生成作業である。AIにプロンプトを入力する前に、人間が着想を生み出す段階だ。AIに意味のある素材を与える、創造の火花そのものといえる。
発想のための空間は、「始めるまでの摩擦」を最小化することで、この段階を支える。書き込める壁、くつろいだ座席、そして「まだ言葉になっていないアイデアを口に出しても安心できる」低プレッシャーな環境 ── プロンプトとして入力できる形に整う前の段階で、アイデアが自由に飛び交える場所だ。目的は、AIには再現できない、雑然とした生成的な思考を守ることにある。
調整する(何を世に出すかを決める)
AIが実行のコストを取り除くと、ボトルネックは「何が正しく、有用で、世に出す準備ができているか」を他者と調整することへと移行する。もはや必要なのは従来型の会議ではない。必要なのは「意思決定の知性」だ。選択肢を並べて比較し、AIが生成したアウトプットに異議を唱え、チームとして一つの方向にコミットすること。
調整のための空間は、この連携作業に物理的な居場所を与える。選択肢を比較するための共有ディスプレイ、素早い意思決定を支える部屋のレイアウト、1時間の進捗報告会議ではなく15分の合意形成セッションのために設計された環境 ── そういった空間だ。
整える(どう継続するかを決める)
AIがあらゆることを加速させる中、明晰に考え、他者とつながるための「守られた時間」は、福利厚生の一環としてではなく、仕事のリズムそのものに組み込まれなければならない。
かつては「あればうれしい」程度だったウェルネス施策が、今や不可欠なものになりつつある。AIへの過度な依存に関する研究では、AIを多用するユーザーに「認知の明け渡し(cognitive surrender)*2」と研究者が呼ぶ兆候が見られることが明らかになっている。自分自身の思考をAIに委ね、判断力の源泉である深く考える力を失っていくのだ。「整え」のための空間は、いわば充電器だ。静かな個室、屋外エリア、画面のない交流の場 ── 常にスピードへと引き寄せられる環境の中で、独創的な思考が生まれる条件を守る空間である。
AIがオフィスデザインに果たす役割とその変遷
フレームワークの第2の軸は、AIの物理的な存在感がどのように変化していくかを示すものだ。
| Now(現在) | Next(近未来) | Later(将来) | |
|---|---|---|---|
| AIの存在感 | 不可視(スクリーン越し) | 音声対応(マイク・スピーカー・ポッド) | 空間的(光・音・適応型環境) |
| コラボレーションの形 | 組み込みアシスタント | 能動的な協働者 | 環境に溶け込むチームメンバー |
| 物理的な表れ方 | 空間的変化なし | 音声優先の環境、調整ルーム | 環境に統合されたAI、応答型スペース |
ほとんどのオフィスは左の列に位置している。AIは不可視でスクリーン越しに存在し、空間的な適応はほぼ必要とされない。しかし、音声を主体とした操作への移行はすでに始まっている。Genslerの2026年版職場調査*3によれば、AIエージェントは「チームに貢献するメンバー」になりつつあり、企業はすでに「AIがオフィスにどう物理的に存在するか」を問い始めている。プロンプトの入力方法がタイピングから会話へと移行するとき、音響設計、個室と開放スペースの比率、そして音響・映像設備(AV)の仕様もそれに合わせて見直す必要がある。
このフレームワークの価値は、「今日下す決断が、明日の選択肢を狭めない」ようにすることにある。「将来」の列に向けて今すぐ作り込む必要はないが、そこへ向かって設計することには意味がある。モジュール式のインフラ、柔軟に対応できるAV設備、AIの能力が成熟するにつれて進化できる空間設計がそれだ。
重要なのは、AIの存在感が高まるにつれ、「信頼の仕組み」への需要も高まるという点だ。従業員は、AIがどこで聞いていて、どこでは聞いていないかを、視覚的に、そして即座に把握できる必要がある。私たちの調査*4では、AIを完全に信頼している人は3人に1人にとどまり、37%はAIのサポートを受けていることを他者に知られたくないと回答している。AIの存在を明示するシグナリング(可視化の仕組み)は、他のすべてを機能させるための「同意の層」だ。
実際の現場ではどう見えるか
このフレームワークが実際にどう機能するか、具体的な例で考えてみよう。
6人編成のプロダクトチームが機能開発のスプリントに取り組んでいるとする。現在の1週間のサイクルはこうだ。自席でのAIを使った個人作業、月曜日の60分の計画会議(会議室)、毎日15分のスタンドアップ(同じ会議室)、そして連携のための非同期Slackスレッド。「この方向性は正しいか?このバージョンを出すべきか、それとも改善を続けるべきか?」こうした調整作業は、断片的な非同期のやり取りの中で行われ、意思決定がたびたび止まってしまう。
これに対し、AIを活用したオフィスには「調整スペース」が設けられているかもしれない。AIの活動状況を把握するための共有ディスプレイウォール、素早い合意形成のための小規模な対話エリア(ハドルスペース)。予約制の会議室はなく、代わりに15分の合意形成セッションのために設計された、常時利用可能な専用の意思決定スペースがある。適切な空間・同僚・データへの近接性が、AIの実行スピードに追いつく意思決定をチームに可能にする。

従来型オフィス

未来の調整空間
AIを活用したオフィスのための6つの設計原則
新たな本社を計画する場合でも、既存のスペースを改修する場合でも、考慮すべき基本原則を以下に示す。
- AIがどこにいて、どこにいないかを明示する。存在を可視化することが信頼を生む。「AIフリーゾーン」は明確に定義すること。
- フローを途切れさせない空間の隣接性を設計する。発想・調整・整えの間の移行はスムーズでなければならない。AIがサイクルタイムを圧縮する時代、移行コストこそが新たな生産性の障壁となる。
- キーボード入力より音声入力を優先する。プロンプトの入力が会話形式へと移行するにつれ、音響設計もそれに追随する必要がある。個室と開放スペースの比率やAV仕様にも、実質的な影響が生じる。
- ウェルビーイング(心身の健康)をパフォーマンスの基盤として扱う。「オフの状態」は、AIが加速させるペースへの対抗軸だ。意図的に組み込まなければ、優秀な人材が燃え尽きるか、さらに悪い場合、批判的に考える力を失っていく。
- 完璧を目指すより、実験を重ねる。明確な仮説と成功指標を持ってパイロット(試験導入)を行うこと。前提を検証する前に、すべてを作り込んだ形で確定させてはならない。
- 柔軟性を前提に計画する。新しい空間設定は既存のオフィス全体と照らし合わせて評価すること。将来の変化に対応できる柔軟な設計、上記の変遷を通じて進化できるモジュール式インフラを目指すこと。
ワークプレイスデザイン責任者のフロリアン・カイザー(Florian Kaiser)はこう語る。「アトラシアンは、変化が訪れるのをただ待つことはしない。自社のオフィスを使って、AIがチームワークをどう変えているかを実験する場としている。グローバルなオフィス全体に展開する前に、明確な仮説を検証する。これほど根本的な変化の波に先んじるには、それしかない。」
この数年で、問いそのものが変わった。「オフィスは必要か?」から「オフィスはどんな力を与えてくれるか?」へ。そしてAIの時代において、存在意義を持つオフィスとは、連携をほぼ摩擦なく実現できる場所だ。

