ウォーターフォールモデルからの脱却
パナソニックグループは、持株会社であるパナソニックホールディングスと8つの事業会社、そして国内外の関係会社から成る。パナソニックコネクトは事業会社の1つで、サプライチェーン、公共サービス、生活インフラ、エンターテインメントなどに向けたハードウェアとソフトウェアの開発、製造、販売、システムインテグレーション、施工、保守・メンテナンス、サービスなどを提供している。ハードウェアベースの事業で得た収益を、将来的に成長が期待されるソフトウェアベースの事業に集中的に投資するという事業戦略をとっている。
パナソニックコネクトにおけるソフトウェア開発における課題は、かねてより採用してきたウォーターフォール型の開発スタイルが時代に合わなくなってきたことだ。その点についてパナソニックコネクトの相原氏は次のような説明を加える。
「当社の主力は長くハードウェア製品で、かつてのソフトウェアはハードウェア製品を動かすための仕組み、あるいはハードウェア製品を売るための販促目的・保守目的の仕組みに過ぎませんでした。ゆえにソフトウェアの開発は、ハードウェア開発と同様のウォーターフォール型のスタイルをとっていました。また2010年以降、製品におけるソフトウェアの重要性はどんどん増していましたが、『開発はウォーターフォール型で行う』というルールが固定化されていて、そのルールから抜けられずにいました。結果として2010年以降も、機能の変更や改善が柔軟に行えるソフトウェアの開発にハードウェアの開発と同じアプローチを採用し、時代の変化に対応するのが難しくなっていました」
また、このほかにも、部署ごとに情報や開発環境がサイロ化していて横展開が図りにくかったことや新しいツールの導入に多大な労力、時間がかかるといった課題もあったという。
こうした開発のあり方に変化が起きたのは2021年のことだ。その当時、CTOに就任した榊原彰氏のもとソフトウェア開発の新組織を立ち上げるという方針が打ち出され、それに向けて「開発ケイパビリティの向上」「開発プロセスの変革」「モダンな社内セキュリティ環境の実現」という3つの目標が掲げられた。相原氏は今回、この中の「開発ケイパビリティの向上」に焦点を絞り、その取り組みにおいてどのようにアトラシアン製品を使っているについて語ってくれた。
開発ケイパビリティ向上に向けた4つの施策
パナソニック コネクトでは、開発ケイパビリティの向上に向けて2021年9月にアトラシアンのプロジェクト管理ツール「Jira」とデジタルワークスペース「Confluence」を特定の部署で50ライセンス購入。翌年度には技術部門の400人に対して展開し、2023年度には全社展開をしている。また、2023年にはITサービス管理ツールの「Jira Service Management(以下、JSM)」を導入した。さらに最近ではプロダクトマネジメントを支援する「Jira Product Discovery」の導入も検討しているという。
相原氏は、こうしたアトラシアン製品を普及させるための取り組みを「①安全・安心」「②利活用」「③効率化」「④インナーソース活用」の4つに分類して説明した。
①安心・安全
アトラシアン製品を使えるようにするため、パナソニックコネクトが最初に取り組んだのが運用ルールの設定だった。初期設定では誰にでもアクセスできるようになっていたために制限をかけ、全員参加のグループを作成した。グループ内では全員に公開することを原則とし、小さなグループの作成を禁止。当初はチーム管理プロジェクトの利用も禁止していた。
「必要最低限のルールだけを決めて、動き出してからアジャイル的、スクラム的に変更をかけるようにしています」(相原氏)
利用者が増えると、ユーザー認証の問題が浮上した。相原氏が「当社にとっては、これが最も大変な問題でした」と語るように、ユーザー認証には多くの課題があった。
まず、1ドメイン1組織の制限があるため、パナソニックホールディングス全体で使用しているpanasonic.comのドメインをパナソニックコネクトが使用するための承諾を得た。さらに、デフォルトの設定ではパナソニックホールディングスの全員がアクセスできてしまうため、一人一人手動で設定することに決めた。このように問題を1つずつ解決することで、最終的にアトラシアンのアイデンティティ&アクセス管理サービス「Atlassian Access」(現AtlassianGuardスタンダード版)による2要素認証の導入に至り、安心・安全をより徹底できるようになったという。
②利活用
「JiraやConfluenceは初めて使う人にはわかりにくく、英語のマニュアルは日本人にはハードルが高いという課題もありました」と相原氏は振り返る。
この課題はリックソフトのeラーニングサービスと日本語マニュアルの導入で解決できた。相原氏によれば、これらの利用によって各々3時間ほどでJiraやConfluenceの基本的な操作ができるようになるという。
また、管理者へのプロジェクト作成依頼が殺到し業務に支障が出るのを防ぐため、「企業管理プロジェクト作成」の自動化と「チーム管理プロジェクト作成」の解禁を行った。さらに、自動監視の仕組みを作り、プロジェクトが公開設定のままになっている場合にアラートを通知するようにした。
パナソニックコネクトでは、Confluenceだけでは実現できない機能を補うアドオンツールの導入も検討した。ただし、そこには大きな壁があったという。
「アドオンツールの導入は、実際にそれを使用する人だけでなく、Confluenceを使う全員分の費用がかかります。Confluenceの利用者が数十人程度なら、そのコスト負担はそれほど大きくなりません。ただし、Confluenceの利用者が1,000人を超える規模になると、アドオンツールのためのコスト増はかなりの負担になります」(相原氏)
そこで相原氏が注目したのが、アトラシアン製品のアドオンを開発するためのクラウドサービス「Forge」(参考文書(英語))だ。
「今日では、自分で何かを作るのが好きな人がForgeを使ってさまざまなアドオンアプリを作るなど、活用が進んでいます」(相原氏)
③効率化
Jira、Confluenceの利用者が増えると、管理者への問い合わせが増大しがちになる。
「そうした問い合わせに個別に対応していると『ナレッジが溜まらない』『ナレッジの有効活用ができない』『同じ質問が幾度も届く』『問い合わせの見逃しや対応漏れが発生する』といった問題が起こりがちになります。こうした問題を解決するために、JSMを導入し、サービスデスクを構築することにしました」(相原氏)
JSMを使ったパナソニックコネクトのサービスデスクでは、従業員からの問い合わせに対して自動的におすすめ記事を表示し、それで解決しないものはサポートチケットとして管理されてエージェントが順次回答する仕組みになっている。また、質問内容とそれへの回答をナレッジに登録することで、おすすめ記事として表示されるようにしている。
このサービスデスクの構築は、大きな成果につながっている。
「サービスデスクのチケットについて、2023年上期では非自動(人の手で行った対応)が290件で自動(自動で対応できた件数)が102件でした。それが2023年下期になると非自動が274件と少し減り、一方で、自動が1,019件と10倍以上に増えました。つまり、サービスデスクの構築により、エージェント側の工数を抑えながら、問い合わせに対応できた数を大幅に増やすことに成功したわけです」(相原氏)
④インナーソース活動
利用者と常にコミュニケーションを取りながら改善していかなければ、安心・安全、利活用、効率化は実現できない。直感的にそう考えた相原氏は、最初に技術コミュニティを立ち上げ、アーリーアダプター、イノベーター、利用者が一緒になってJiraやConfluence等の開発ツールをどのように使うのかを検討した。そして、インナーソース活動を開始する。
インナーソース活動は、情報をオープンにする(共有)、オープンにした情報を活用する(活用)、お互いに情報を更新して進化させる(共創)をキーワードに展開している。扱う情報はソースコードだけでなく、技術情報や社内情報もソースと考えて更新していく。ソースコードだと敷居が高いため、コンテンツでもよいとして、さまざまな情報をConfluenceを使う全員で更新していく文化づくりを始めた。さらにライトニングトークの会を定期的に開催し、インナーソース活動を発表・共有する機会も設けている。
さらなる利用拡大とハードウェア事業部への展開を目指す
パナソニックコネクトの一連の取り組みは順調に進み、「Jira、Confluenceの導入によって開発のケイパビリティがかなり向上していると実感できるレベルにあります」と相原氏は言う。
またそれだけでなく、インナーソースの文化が社内に徐々に広がっている。相原氏は、今後もソフトウェアベース事業部でのアトラシアン製品の利用拡大と効果的な活用を推し進めていくとともに、ハードウェアベース事業部でのアトラシアン製品の活用も促進していく構えだ。
さらに相原氏は、以下のような展望を示し、話を締めくくる。
「アトラシアン製品を使いながら、DevSecOps環境の整備を加速させてITソリューションプロバイダーとしての能力をさらに高めていきたいと考えています。当社のポリシーは『Think big, act first and fail fast Repeat above till success.(大きく考え、まず行動し、すぐに失敗しよう。そして、成功するまでこれを繰り返そう)』。このポリシーに則りながら、アトラシアン製品とともにビジネス変革に挑み続けたいと願っています」