本稿の要約を10秒で
- 「ゲーミフィケーション」は従業員エンゲージメントと成果にフォーカスした取り組みとして流行している。
- ゲーミフィケーションは単なるリクエーションではなく組織におけるリーダーの育成や目標の達成、働く意欲のアップなどを目的にした取り組みである。
- ゲーミフィケーションは正しく行わないと業務の妨げになったり、従業員の憤懣を募らせたりする。
- 本稿では、アトラシアンにおける実践事例を交えながら、ゲーミフィケーションを適切に行うための方法を示す。
ゲーミフィケーション入門
ギャラップ社の最近(2024年)の調査(参考文書(英語))によると、米国における従業員エンゲージメントは11年ぶりの低水準にあるという。
このような状況を打開する一手として期待できるソリューションが、仕事に遊びの要素を取り入れること、すなわち「ゲーミフィケーション」の実践である。
ゲーミフィケーションは、プロダクトデザインの領域で広まり、いまでは従業員エンゲージメントや働く意欲を高めたり、ビジネス目標の達成を支援したりする取り組みとして流行している。例えば、社内での公的な役割に社内の友人を推薦した人にインセンティブを支給したり、アジャイル開発でのスプリントが成功したときにピザパーティーを催したりといったかたちである。
社内教育設計と組織文化のコンサルティングファームであるヒューマンサイド社(参考文書(英語))の共同創設者ケイティ・グリーマン(Katie Greenman)氏は、ゲーミフィケーションの手法を使って就業者を笑顔にすることの重要性について次のように述べる。
「私たちがデザインする社内教育や組織文化の体験はすべて、就業者を笑顔にしたり、笑いを起こしたりすることから始まります。笑顔や笑いを起こす力は、職場での1日を有意義で快適なものにするスーパーパワーであり、人と人のつながり強める強力な接着剤であるからです」
ゲーミフィケーションは
就業者の生産性と幸福感をともに高める
2019年に実施されたある調査(参考文書(英語))によると、就業者の89%がゲーミフィケーションによって生産性が向上したと答え、88%が職場で幸せを感じられると回答したという。
ゲーミフィケーションの支持層は、こうした結果が出るのは行動科学の観点からいって当然のことと主張する。生活や仕事の一部をゲーム化することは、単に楽しいだけではなく、人間のモチベーションアップ(参考文書(英語))につながる効果があるということだ。以下、そうしたゲーミフィケーションの効果をいくつか示す。
- 仕事のゲーミフィケーションは、目標達成に向けた創造的な問題解決を促す。創造的な問題解決は、従業員の自律の感覚、あるいは「自分の仕事の運命を自らコントロールしている」という感覚を強める。
- ゲームを通じて良いことをすると脳内におけるドーパミンの分泌が促され、良い気分になる。つまり、報酬が神経系のシステムに良い影響を与えということだ。
- チームとして「遊ぶ」こと(これは「アトラシアンの価値観」でもある)は、何かを達成するためにメンバー同士が協力することであり、メンバーによるコミュニティの創出や関係強化を促進する。
前出のヒューマンサイド社におけるサクセスストーリーの1つとして、あるチームに対して「無意識の偏見・思い込み(アンコンシャス バイアス)」に関係する対話を巧みにナビゲートした例がある。
この試みにおいてヒューマンサイド社は、チームのメンバーが(アンコンシャスバイアスという重いテーマについて議論しなければならないことから)憂鬱で暗澹(あんたん)たる気分に陥るのを防ぐためにゲームを活用した。
そのゲームは、2つのチームに分かれて、目隠し方式のライトセーバー(ビニール製)競技を行うというものだ。競技への参加者は各チームの指名によって一人ずつ選ばれ、各人は見方チームの声を頼りに相手と戦う。その戦いの中で、ある競技者は「終始四つん這いで動く」という作戦を遂行し、みんなを笑わせた。
「このゲームを行った日は1日中、メンバー各人の持つ嗜好や本能的な行動が、メンバー全員で安全に共有できるユーモア溢れる比喩的表現へと昇華されました。そしてチームは最終的に、アンコンシャス バイアスを乗り越え、人員の多様性を受け入れるための従業員主導の委員会と新しい戦略を共同で作成し、それを実現させたのです。このように一体感と楽しみから物事を始めれば、それに決着をつけるのが簡単になります。当社は、その事実を幾度も目の当たりにしてきたのです」(グリーマン氏)
ゲーミフィケーションの実践で留意すべきこと
実のところ、仕事のゲーミフィケーションは、楽しいことばかりではない。また、ゲームに興じることがすべてでもない。さらに、従業員に一生懸命働いてもらうことを主眼に「遊び」というインセンティブを与えようとすると逆効果を生むリスクもある。例えば、スケジュールに追われる従業員に対してチームリクエーションのアクティビティを強要すれば、遊びが軽い拷問のようになるリスクがある。また、従業員たちのリクエーションをマイクロマネジメントすることは、エンゲージメントではなく憤懣、あるいは憤(いきどお)りにつながる可能性すらあるのである。
「ゲーミフィケーションのことを考える際、私たちは『自分たちのことは、自分たち抜きには語れない』という言葉にいつも立ち返ります。つまり、チームのメンバーにとっての最高の答えやアイデアは、チームのメンバー各人から生まれるということです。ゆえに、ゲーミフィケーションを実践する際は、常に彼らの目標に沿うようにすることが大切です」(グリーマン氏)
この点に関連してグリーマン氏は、事例を使いながら次のような説明を加える。
「私はかつて、顧客との商談をより効果的にするための社員教育カリキュラムを立ち上げたチームと仕事をしたことがあります。彼らは、カリキュラムの参加者にギフトカードや無料ディナーといったインセンティブを提供しようとしていました。ただし、そのようなインセンティブ設定はカリキュラムの重要性を矮小化し、その教育的価値を低下させてしまうリスクがあります。そこで私たちは、彼らがより強力な戦略を設定できるように支援しました。具体的には、カリキュラムに参加する従業員のマネージャーらに、それぞれがマネージする従業員の仕事上の目標を特定してもらい、その達成をサポートするようにカリキュラムの内容を変更しました。そのうえで、マネージャーと従業員が一緒になって目標の達成度をトレースし、達成した際にお祝いを行うといったパーソナライズされたインセンティブ制度を導入しました。このカリキュラムの運営には、より多くの時間とエネルギーが必要とされましたが、効果は大きくなりました」
ゲーミフィケーションの適切な取り入れ方
ワークライフのゲーミフィケーションはときとして「無意味にハッスルするだけの組織文化」を育んでしまうことがある。このような事態を避けるためには、チームの中にゲーミフィケーションを正しく取り入れる方法を知っておく必要がある。
そのための新しい方法としてお勧めしたい1つは、チームの苦境を長期的な勝利へと変えるための選択肢を検討することだ。その選択肢は以下のようなものである。
創造を妨げる「クリエイティブブロック」を打ち破るための選択肢
- 「ディスラプティブ(破壊的)ブレーンストーミング」を行う:破壊的ブレーンストーミングを実施することで、アイデア出しをゲーム感覚のエネルギッシュなイベントへと変容させることができる。これにより、あなたのチームの発想法が揺り動かされ、数々の新鮮なアイデアが生まれることになる。
- ハッカソンを開催する(参考文書(英語)):規模の大小にかかわらず、ハッカソンは大小の問題に繰り返し取り組むための生産的な方法である。
- 「インデックスカード」を使ったゲームを行う:インデックスカードとは、あなたのチームが提供する「プロダクト」やチームが「解決すべき課題」「ソリューションを提供する対象」を書き出したものだ。ランダムに異なるカードを組み合わせて(例えば、プロダクト+解決すべき課題+ソリューション提供の対象者)を選び、解決策を考え、ゲームの参加者に売り込む方式でゲームを進めると良い。
楽しくない仕事に楽しみを見出すための選択肢
- ポーカーチップをインセンティブとして導入し、楽しくない仕事を乗り切る:アトラシアンのあるチームでは、サポートチケットを完了させるたびに「ポーカーチップ」が獲得できるようにしていた(参考文書(英語))。チームのメンバーは毎週のチップのために「税金」を支払う必要があるが、サービスチケットにどういったタイミングで取り組むかは自由に決めることができた。このようにチップを導入することで、面白味のないバックログ処理の仕事も楽しく乗り切ることが可能になる。
- 時間管理術「ポモドーロメソッド(ポモドーロテクニック)」(参考文書(英語))を使う:例えば、ポモドーロメソッドを使い25分間集中して仕事をした後に5分間、自分の心を明るくする何かを楽しむと良いだろう。ポモドーロメソッドを使って仕事と遊び(息抜き)を適切に組み合わせることで脳への刺激を倍増させることができるとされている(参考文書(英語))。
- チームのメンバーを100日間チャレンジに招待する:仕事でもプライベートでも、1つの大きなタスクでも、あるいは、多数の小さなタスクでも、チームのメンバー各人に100日間で完了させる自らのタスクを選んでもらい「ToDoリスト」に記入してもらってメンバー全員で共有する。そして100日後に発表会を催し、自分の選んだタスクの進捗について説明してもらうようにする。こうすることで、タスクをゲーム感覚でこなせるようになる。
KPI以外の話をするための選択肢
- 「アイスブレイクアクティビティ」(参考文書(英語))を実践する:ミーティング前の5分程度のアイスブレイクアクティビティによって、ミーティング参加者の個人的なつながりを強め、クリエイティブな考え方を刺激することが可能になる。ここで覚えておいていただきたいのは、仕事仲間との良好な関係は、人間の働くパフォーマンスや創造性、意思決定力にプラスの影響を及ぼすことが科学的に証明されている点だ(参考文書(英語))。
- 仕事仲間について学ぶ:心理療法家エスター・ペレル(Esther Perel)氏がデザインした会話カードゲーム「Where Should We Begin」などを使いながら、仕事仲間と楽しくお互いのについて学ぶようにする。この試みを通じて、仕事仲間と「トリビア」でつながることができれば、お互いのことも会社のことも、より深く知ることができる。また仕事仲間との対話に臨む際に「会社の歴史」や「最近最もクリックされた会社絡みの記事」「製品のリリース年表」「同僚と赤ちゃんの写真のマッチング」など、定番のカテゴリーを再検討してみるのも良いかもしれない。
従業員の働く意欲を高める選択肢
- 顧客への理解を深める:顧客の思考や行動を視覚化する「エンパシー(共感)マッピング」や「ロールプレイゲーム」を行い、従業員に顧客への理解を深めてもらう。こうすることで、彼らの働く意欲を高めることが可能となる。
- チームのメンバー各人にクリエイティブな発表の場を与える:この試みは、チームにオリンピックのような1日を運営させることを意味する。この“大会”に参加するチームのメンバーは、10分以内で自分の仕事をテーマにした独自のイベントを催すことができる。
なお、アトラシアンは現在、ゲーミフィケーションを取り入れたコミュニティプログラム「Kudos」(参考文書(英語)) を展開している。これは、アトラシアンコミュニティの活動に参加することでポイントやバッジ など獲得できるリワードシステムである。詳しくは下記を参照されたい。
ゲーミフィケーションの実践:アトラシアン コミュニティ「Kudos」プログラム
アトラシアンのコミュニティである「Bite Sized Learning Series」(参考文書(英語)) は、アトラシアンのデジタルワークスペース「Confluence」に対する理解を楽しく深めるための場だ。Confluenceに関連したトピックス(例えば、キーボードショートカットや AIなど)を扱ったショートムービーやクイズなどを組み合わせ、ユーザーに解答してもらう。このクイズへの挑戦者(=コミュニティへの参加者)は、プログラムの開始から約6カ月間で2,000 人以上に上っている。
本プログラムを推進するアトラシアンのチームは、ユーザーによる貢献を地球環境保護の活動にも結び付けている。具体的には、コミュニティのコンテンツに対するユーザーの「いいね!」があるたびに1本の木が「エデン植林プロジェクト」(参考文書(英語))を通じて植えられるようにしたのである(参考文書(英語))。「Likes for Trees」と命名されたこのキャンペーンによって以下のようなベネフィットが生み出されている。
- ユーザーの勝利:コミュニティに参加したユーザーは新しいコンテンツを発見して樹木のトリビアや動画像を投稿したり「いいね!」を押したりしながら、地球環境保護に貢献できた。
- エンゲージメントの勝利:「Likes for Trees」の活動を視聴したユーザーがコミュニティに参加する確率が通常の2.4倍に高められた。
- 地球環境の勝利:「Likes for Trees」キャンペーンの結果、世界中で7万2,425本が植樹された。
本キャンペーンの成果について、アトラシアンコミュニティのシニア マネージャーであるモニク・バンデンバーグ(Monique van den Berg/参考文書(英語))は次のように述べる。
「Likes for Trees は、アトラシアンによる地球環境保護活動に直接的に参加する機会をユーザーに提供するもので、それによってコミュニティ活動をより魅力的なものにすることができたと自負しています。アトラシアン財団は毎年、植樹に要する費用と同額の寄付を地球環境保護のために行っていますが、今後はLikes for Treesの取り組みをさらに拡大し、コミュニティコンテンツに対する『いいね!』だけではなく、コミュニティイベントへの参加表明やAtlassian Universityでの学習などに対してもユーザーに植樹の報酬を得てもらえるようにする計画です」
ゲーミフィケーションを有意義なものにするために
ここまで本稿を読み進まれた方は、ゲーミフィケーションに取り組む心の準備がすでにできているはずである。ただし、ゲーミフィケーションを実践する際には、以下の事項を心に留めておく必要がある。
- 「管理」を減らし「育む」機会を増やす:特にチームのリーダーは、メンバーが率先して取り組めるような内容のゲームを展開することが重要である。
- 長期的な視野に立つ:新しい仕事のやり方や、スランプを乗り越えるための解決策を見つける。
- 競争よりも協調を優先する:チームのメンバー同士を対立させたり、特定の性格タイプを優遇したりしないようにする。
- 時間を増やすのではなく節約する:特に仕事が滞っているチームの場合、時間の節約につながるゲームを企画・実行することが重要となる。
- 本物を目指す:チームの全員が引いてしまったり、恥ずかしさを感じさせたりするようなゲームは避けなければならない。「ただし、ありがたいことに強引さや不真面目さの反対側には、伝染するような熱意と喜びがあるのです」とグリーマン氏は付け加える。
仕事のゲーミフィケーションで重要なのは勝ち負けではない。より大切なのは、あなたとあなたのチームがいかにして苦難を乗り越え、前進し続けるかだ。その意味で、ゲーミフィケーションにおける真のインセンティブは、チームリーダーの育成であり、チーム目標の達成であり、メンバーの働く意欲のアップであるといえる。そうしたインセンティブが楽しみながら得られる点に、ゲーミフィケーションの真価がある。