生成AIが急速に発展・普及し、ビジネスや生活を大きく変えようとしている。デザイン会社として米国と日本で活躍するbtrax(ビートラックス)では、そんな生成AIを使ったワークフローを確立し、顧客に対する新たな価値創造の提案に生かしている。同社の創業者でCEOのBrandon K. Hill氏とアトラシアンのエバンジェリスト、野崎馨一郎氏が生成AIを仕事に生かす意義と可能性について意見を交わす。

Brandon K. Hill:米国サンフランシスコと東京に拠点を持つデザイン会社btraxの創業者兼CEO。北海道生まれで、サンフランシスコ州立大学デザイン科卒。音楽家を目指して同大学に進むも、在学中にインターネットやWebを通じた情報発信に関心が移り、Webページのコーディングとデザインを独学で習得、3学年のときにデザインを専攻。のちにbtraxを立ち上げ、サンフランシスコ市長アドバイザー、経済産業省 始動プログラム公式メンターなどを歴任

生成AIを仕事道具に――クライアント企業はこの新常識を「可」とするのか

※以下、敬称略

野崎:私はデザインの知見を得るためにbtraxのブログ記事や発信を定期的に拝見しているのですが、先日のBrandonさんの記事で貴社が「生成AI」をデザインワークの生産性向上に活用されていることを知りました。そこで本日は、生成AIを実際の仕事にどう活用していくかについて議論できればと思います。

Brandon:分かりました。ちなみに、アトラシアンでは機械学習やAIの技術をプロダクトに取り込まれているのですか。

野崎:はい。アトラシアンでは何年も前から機械学習の技術を使い、ユーザーにパーソナライズした検索機能やコラボレーションに最適な人、チームを提案する機能を提供してきました。最近では、「ChatGPT」の開発元OpenAI社とコラボレーションして「Atlassian Intelligence」というソリューションを発表しました。これは、アジャイル開発のプロジェクト管理ツールである「Jira Software」や、文書作成や情報共有を通じたコラボレーションを促進する「Confluence」をはじめとするアトラシアン製品に蓄積されたデータの文脈から、情報を作成、まとめ、抽出してチームの作業を効率化するためのものです。

Brandon:やはり、ITのグローバルカンパニーは動きが早いんですね。

野崎:私たちはソフトウェアのテクノロジーカンパニーなので、生成AIをプロダクトに取り込もうとするのは自然な流れでした。ただ、btraxのようなITのユーザー企業が生成AIを実務に活用するというのは、かなり先進的ですよね。

Brandon:当社では生成AIを仕事道具の一つと見ていて、使った方が良いと思ったときには当たり前のように使っています。当社のお客さまも、デザインワークに生成AIを用いることを柔軟に受け入れてくださる方が多いように感じます。

画像: 野崎馨一郎:アトラシアン エバンジェリスト

野崎馨一郎:アトラシアン エバンジェリスト

野崎:中には「仕事にAIを使うなんてけしからん」という会社もあるのでは……と想像してしまいますが、それはすばらしいですね。

Brandon:確かにその傾向はありますね。シリコンバレーでは意思決定をする人が一定のリスクをとって新技術の活用をリードするのが当たり前です。かたや日本では、上層部が現場での新技術の使用に歯止めをかけようとしがちです。実際、日本企業の方と話をしていると「個人的にはこの新技術を使いたいが、会社の規定で許可が下りない」といった言葉をよく耳にします。

失敗への罪悪感が生成AIの活用を阻む

野崎:そのような日米の違いは、何によって生まれたと見ていますか。

Brandon:まず日本は会社が潰れにくい。一方で米国は企業間競争が激しく、新技術の活用を躊躇(ちゅうちょ)していたらすぐに市場から淘汰されます。言い換えれば、米国では新技術をいち早く取り込んで、自らを変化させることが市場で生き残る重要な手段になっているということです。

野崎:逆に日本では「変化しないこと」が企業の生存戦略になっているわけですね。

Brandon:そう見ています。また、ミスに過敏な日本人の感覚もデジタル技術の有効活用を妨げているように感じます。デジタルの世界は、チャレンジして失敗しても、すぐに上書き修正――つまり失敗が取り戻せる、または失敗を改善につなげられます。新たなデジタル技術の活用に消極的なままでは、面白いプロダクトは生まれにくいですよね。

野崎:今おっしゃったことは、アジャイル開発というソフトウェア開発手法が日本になかなか受け入れられにくい点に通じるところがありますね。アジャイル開発の考え方は失敗を成功に向けたステップと捉え、リリースした機能の改善をスピーディーに行いながら、プロダクトを完成させていくというものです。この考え方は「リリースするものは常に完璧なモノでなければならない」という、ストイックなハードウェアのモノづくり文化が根づいてきた日本だからこそ、受け入れられにくいのではないかと思うんです。

Brandon:UXデザインにおいても、デザイナーの想定とはまったく異なる使われ方を利用者にされ、不具合を生じさせてしまうというミスが起こります。ただし、そのミスによって新しい気付きが得られ、デザインの改善に生かせます。また、ミスを恐れ過ぎると「この機能を欲しがる利用者がいるかもしれない」といった発想でプロダクトの機能が肥大化していきます。テレビのリモコンのように機能(ボタン)がどんどん増えていき、結果として使いにくいプロダクトになってしまう。その意味で、必要以上にミスを恐れてはいけない。革新的で、真にUXに優れたプロダクトが作れなくなりますから。

AIとの共創には「根気」と「好奇心」が必要

野崎: ミスという意味では生成AIは正解を示してくれませんよね。そうした“相手”と仕事の中でどのように向き合っているのですか。

Brandon:おっしゃる通り、生成AIは正解を示してくれませんし、生成AIがデザインしたモノはお客さまにそのまま提示できるレベルではありません。ただし、「生成AIは仕事が早く、膨大な情報を瞬時に調べ上げ、どんなに働かせても疲れない有能なアシスタント」であると見なせば、これほど便利で使っていて楽しいツールはありません。

野崎:具体的にどのような業務のアシスタントとして使っているのですか。

Brandon:例えば、エンジニアが生成AIのプロンプトをバッチ処理して、寝て起きたらプロトタイプデザインやモックアップが大量に生成されている――そのような使い方です。そうして生成した無数の候補の中から、クリエイティブディレクターがいくつかをより抜き、お客さまに提示できる状態にし、お客さまとデザインの方向性を決めていきます。あとは、決定した方向性に従って人間のデザイナーがデザインを仕上げていきます。

野崎:そのデザインワークの中で、クリエイティブディレクターには何か新しいスキルの獲得が必要とされるものなのでしょうか。

Brandon:特に新しいスキルは必要ではありません。プロトタイプの作成を依頼する対象として、イラストレーターやデザイナーに加えて、生成AIがプラスされただけのことです。

野崎:AIにプロトタイプを作らせる、最大の利点は、やはり生産性の向上でしょうか。

Brandon:生成AIはインターネットの集合知です。将来的にはかなり自分たちの望みに近いデザインのアイデアを得られるようになるはずです。そして「これはAIに作らせたものです」と言うだけで、そのデザインに対するクレームが誰からも出ない平和な世界が訪れるのではないかと期待しています。

画像2: 生成AIとの共創で業務はどう変わる?仕事の今と未来をbtrax社CEO Brandon氏と考える

野崎:それは、お客さまとデザイナー双方にとって良い結果になりますね。

Brandon:そうですね。言い換えれば、生成AIを使った方が、デザイン会社とお客さま双方のストレスがグンと小さくなるということです。例えば、デザイン会社がプロジェクトに費やす時間の大部分はお客さまとの折衝です。最終的なアウトプットを出すまでに幾度もの押し問答があります。そうした押し問答をAIによって削減できるわけです。また、生成AIを使えば、要望に応じて新しいデザインのアイデアをどんどん出していけます。それはお客さまにとっても大きなメリットになるはずです。

野崎:人間相手にデザインを依頼するときと、生成AIにデザインの指示を出すのとでは、言葉の使い方が異なると考えます。どちらの方に、より高いコミュニケーション能力や言語化の能力が必要だと感じますか。

Brandon:生成AI相手の方が指示を出す際のコミュニケーションの難度は低いですね。そもそも、人は幾度もアウトプットの修正を依頼されると疲弊しますが、AIは違います。ただし、AIと仕事をするなら、人には相応の「根気」と「好奇心」が必要です。「もっとこうしたら、より面白いアウトプットが得られるのでは」といった探求心が旺盛でないと、AIとの共創は続けられないと思います。

リベラルアーツが求められるAI時代 多様性に富んだチームが必要なワケ

Brandon:逆にお伺いしたいのですが、ソフトウェアエンジニアの方々は、生成AIによって仕事がどう変化すると見ているのですか。

野崎:生成AIで作業を自動化できるので、人が一から書かなければいけないコードは飛躍的に減るはずです。とはいえ、それでエンジニアが不要になるわけではない。求められるスキルが、AIに優れたコードを効率的に生成させるプロンプトの作成能力などへと変化するだけのように感じています。その点で、BrandonさんはこれからのAI時代に向けて、どのような経験やスキルが必要になると見ていますか。

Brandon:AIを有効活用する上では、非常に幅広い分野の知識や教養、視点が必要なのではないかと。これからは歴史や哲学、道徳、文化などリベラルアーツの知見や雑学、そして広い視野を持つ人が活躍するのではないでしょうか。逆に、そうした広範で多様な知識、視点がないとAIを使って新しいものを生み出すことはできないような気がします。

野崎:なるほど。多様な個性や感性、専門知識、ビジネス経験、文化的な背景を持った人たちで構成される組織やチームが、AI時代に高いパフォーマンスを発揮する可能性が高いということですね。

Brandon:まさしくその通りです。日本の組織は多様性が受け入れられづらい傾向にあるので、人とは異なる経験や視点、意見を持った人たちを敬遠しがちです。ただし、これからのAI時代は、そうした人たちが力を発揮するようになるかと。加えて言えば、私はAIに持ちえない人の力に、創造力とリーダーシップ、アントレプレナーシップの3つがあると思っています。そうした力を持った人材は、これからも生き残っていくはずです。

野崎:今日のソフトウェアプロダクトの開発でも、ビジネス、デザイン、エンジニアリングなど、さまざまなスペシャリティを持った人材による協働が必要とされますよね。しかしAIをチームに加え、その有効活用を図る上では一層、多様性に富んだチームを組織した方が、プロダクトの成功確率は高まるというわけですね。本日は、非常に興味深いお話をいただき、ありがとうございました。

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