本稿の要約を10秒で
- 技術革新により、世界の労働者の多くにスキルの再教育が必要になるとされている
- 企業のリーダー層は「リスキリング」と「アップスキリング」の違いを理解しながら、従業員の能力開発をより適切に、かつ速やかに遂行しなければならない
- アップスキリングやリスキリングは、企業の全員にベネフィットをもたらす取り組みである
技術革新により労働人口の半数にスキルの再教育が急務に
AI(人工知能)やビッグデータなどの技術革新に牽引される第四次産業革命により、いま仕事の世界が大きく変容しようとしている。世界経済フォーラムによると、早ければ2025年には、世界の労働人口の半数が、業務スキルの再教育を必要とするようになるという。
組織・チームのリーダーにとって、この課題の解決は急務であり、それを疎かにすれば組織が時代の潮流に取り残されるリスクがある。ただし、見方を変えれば、AIの急激な進化、発展は、自社の組織・チームの将来を真正面から見つめ直し、従業員に対する能力開発の取り組みを適正化する良い機会であるとも言える。
「リスキリング」と「アップスキリング」の違いとは
従業員の能力を高める取り組みには、「リスキリング」と「アップスキリング」という2つの大きなカテゴリーがある。アップスキリングとリスキリングは、ともに「スキルアップ教育」と見なすこともできる。ただし、それぞれが目指すところは微妙に異なる。
まず、アップスキリングは、従業員が有する既存のスキルセットを強化したり、担当業務の遂行能力を高めるために新しいスキルを教育したりすることを指している。この取り組みの主眼は、従業員が現行の組織・チームにおいて望ましい存在であり続けるようにすることにある。
一方のリスキリングは、組織における特定の職務から別の職務に移行するためのトレーニングを指している。この種のトレーニングは、特定の職務が社内で不要になりそうなとき、あるいは、会社の属す業界の変化によって新しいスキルの獲得が必要になった際の理想的な能力開発のアプローチとなりうる。
この点に関連して、マサチューセッツ工科大学 スローン経営大学院(以下、MITスローン)の研究者らは、ある事実を発見したという(参考文書 (英語))。それは「大量自主退職時代(Great Resignations)」のただなかにある米国では、テクニカルな顧客サービスやITサポートなどの領域で欠員が生じたときに新規の雇用ではなく、既存のスタッフのリスキリングに頼る企業が増えているということだ。
能力開発への投資は報われる
従業員に対するリスキリングは、キャリアを積んだ従業員から疑いの目を向けられることがあると、MITスローンの研究者は指摘している。ただし一般的には、従業員の大多数は会社が自分の能力開発に投資することに良好な反応を示すとされている。
例えば、コンサルティングファームのPwCの2019年におけるグローバルCEO調査では、高度なアップスキリングのプログラムは、従業員のエンゲージメントのレベルやイノベーション力、さらには企業が人材を惹きつける力(ないしは、その力を維持するパワー)と正の相関関係にあることが明らかにされている(参考文書 (英語))。
また、英国のeラーニングソリューションプラットフォームであるimcの最近の調査によれば、調査に協力した労働者の半数以上が「個人的、あるいは専門的な能力開発の機会不足」を自身が離職した理由として挙げているという(参考文書 (英語))。
従業員教育のベストプラクティス
アップスキリングやリスキリングの手法はさまざまであり、組織の規模、業種・業態、あるいは特性によって従業員のスキルを向上させる方法には違いがある。
ただし、あらゆる企業が共通して応用できる実践例(プラクティス)は存在する。以下にそのいくつかを紹介しよう。
1. 従業員のパフォーマンスをモニタリングする
経営層向けのコミュニティサイト、Management.orgの最高人事責任者であるスティーブン・モスティン(Steven Mostyn)氏によれば、同社では従業員のパフォーマンスを常にモニタリングしながら、誰に対してどのような能力アップの教育を施すかを決めているという。
例えば、もし、ある従業員が自分の担当業務において非常に優秀であり、かつ、昇進を予定しているのであれば、その社員のスキルアップと担当業務のアップグレードに対応するためのトレーニングプログラムを選び、教育を受けてもらいます。反対に、パフォーマンスが芳しくない従業員に対しては、より効率的に仕事をこなしてもらうべく、リスキリング(場合によってはアップスキリング)の教育を受けてもらうようにするのが適切と言えます。
2. 運用可能なアップスキリングのプロセスを築く
ボランティアの国際コミュニティを運営する非営利団体ユナイテッドプラネットでグローバル事業とオンライン交流を担当するドナ・ルブラノ(Donna Lubrano)氏は「真の“学習する組織”を目指すのであれば、年1回、ないしは半期ごとの従業員の業績評価に専門的な能力がどの程度アップしたかの評価を組み込むのが理想です」と指摘する。
また、組織のマネジメント層は、自分の役割をうまく遂行できていない従業員について、どのようなスキルが足りていないか、つまりは従業員のスキルギャップを特定する必要がある。というのも、そうすることで、そのスキルギャップに対処するための教育プランを、組織の目標や予算を加味しながら立案することが可能になるからだ。
さらに、教育プランを立てるうえでは、個々の従業員の学習スタイルも考慮する必要があり、アップスキリングのための画一的なアプローチを採用すると、教育の成果にバラつきが出ることになる。
3. 従業員の意見を取り入れる
アップスキリング、ないしはリスキリングの取り組みを成功させるためには、従業員の意見を取り入れることも必要される。
ある調査によれば、従業員は習得するスキルの選択権を持つことで、学習のプロセスに対するオーナーシップマインドを抱くようになるという。そして、マネージャーと従業員が互いに協力しながら、アップスキリングの取り組むことで、個々の従業員の目標と会社の大きなビジョンが合致するようになる。
4. 従業員の将来像を明確にする
組織・チームのリーダーは従業員に対し、どのようなスキルを身につけることで、どういったチャンスが得られるかを明確に示す必要がある。こうすることで、従業員は組織における自分の将来像を具体的に描くことが可能になる。さらに、自分の成長に対して会社が投資を約束してくれている事実を実感できる。
重要なのは、従業員に対し『自分が大切にされている事実』を明示することです。これにより、従業員は自身のミッションの成功により強くコミットするようになります。(ルブラノ氏)
従業員教育でしてはならないこと
デジタルネイティブ世代に類する若手の従業員に技術トレーニングの講師役を務めさせるのは賢明ではない。そうすることで技術トレーニングを受ける上の世代の従業員(ITが苦手な従業員)と、講師役を担う若い世代の従業員の双方に相当のフラストレーションがたまるからである(参考文書 (英語))。
同様に従業員の教育や教育セミナーの担当者を組織のマネジメント層に限定してしまうのも適切ではないと、モスティン氏はアドバイスする。
マネジメント層だからといって全員が自分の知識、スキルを正しく人に伝えることに長けているわけではありません。逆に、マネージャーの多くが、自分の学んだこと、習得したスキルを人に教えるのを苦手としています。したがって、トレーニングが必要な従業員を特定したら、その人たちに直接投資し、スキル獲得の方法を自由に選ばせたほうが良いと言えます。
いずれにせよ、アップスキリングやリスキリングは、従業がそれぞれの専門領域で適切な地位を確保し、働くことへの満足度を高めるうえで必須の取り組みである。しかも、その取り組みは、従業員に「自分は評価されている」「大切にされている」と感じさせ、自身のキャリアを形成しようとする意欲と、所属する組織・チームへのエンゲージメントを高める効果がある。すなわち、従業員の成長への投資は、組織の全員にベネフィットをもたらすものなのである。