アトラシアン本社の情報サイト『WORK LIFE』より。ライターのカット・ブーガード(Kat Boogaard)が、優秀なチームリーダーがかかりがちな「オレ様化」してしまう心の病であり、「傲慢症候群」とも呼ばれる「ヒュブリス症候群(Hubris Syndrome)」について説く。

本稿の要約を10秒で

  • 「ヒュブリス症候群(Hubris Syndrome)」は、権力の座にある人が「オレ様化」してしまい、自分自身や自分の能力を拡大解釈して過度の自信を抱いたり、自己のイメージに執着したり、自己への批判を蔑(さげす)むようになることを指す。この心の病は「傲慢症候群」とも呼ばれる。
  • ヒュブリス症候群にかかり、オレ様化したチームリーダーは、チームからの信頼を失い、チームのメンバーとの人間関係の希薄化、非効率的なチームワークなどに悩まされる。
  • ヒュブリス症候群と「自己愛性パーソナリティ障害」とを混同してはならない。前者は社会的な自分の地位が引き起こす一時的な心理状態を指し、後者は性格に起因した人格障害である。

優秀なリーダーを「傲慢」な「オレ様」に変える「ヒュブリス症候群」とは

大抵の場合、組織やチームを率いるリーダーは優秀であり、担当するビジネス、業務に関して豊富な経験や専門的な知識、高いスキルを有している。そうしたスキルや経験は、リーダーに必要とされる健全な自我や自己肯定感を形成する。ゆえに、苦労して現在の地位を築いたリーダーには、それを高く評価する価値がある。

ただし、組織・チームのリーダーは、ときとして自信が極端、かつ不合理に、そして根拠のないレベルにまで膨れ上がってしまうことがある。その場合に陥りやすい心の病(やまい)が、思い上がって「オレ様化」してしまう「ヒュブリス症候群(Hubris syndrome)」だ。

別名で「傲慢症候群」とも呼ばれるヒュブリス症候群は、その別名が示すとおり、権力のある立場の人が、自分自身や自分の能力を拡大解釈し、自己のイメージを過度に膨らませ、いわゆる「傲慢(=過大な自尊心や自信を持つこと)」になることを意味している。ヒュブリス症候群にかかった人は、以下のような症状を共通して示すようになる。

  • 過度な自信
  • 自己イメージへの執着
  • 自己を批判する人への蔑視
  • 現実からの逃避

このような心の病気にかかった人は、自分が他の誰よりも優れているだけでなく、自分は果然に無謬(むびゅう)であると思い込む。ゆえに、自分のミスや欠点に気づくことができなくなり、自分は常に正しいと本気で信じるようになるのだ。

ヒュブリス症候群にかかる主因

言うまでもなく、優秀で経験豊富なリーダーの全員がヒュブリス症候群にかかり、傲慢になったり、オレ様化したりするわけではない。

まず、人の「傲慢さ」は「権力」を持つことによって引き起こされる。そして大抵の場合、権力を握る期間が長くなればなるほど、傲慢さは悪化する。加えて、自分の意思決定や指示が成功に結びついた経験を持つことで「自己肯定感」が強まり、自信をさらに膨らませることになる。

こうしたことから、ヒュブリス症候群は従来、大統領や首相、あるいは自治体の首長など、政治的指導者と結びつけて語られることが多かった。ただし、この症候群は、政治的指導者だけではなく、企業のCEOからチームリーダーに至るまで、一定の権力を持つ人であれば誰にでもかかりうるものと言える。

実際、精神科医のスティーブン・バーグラス(Steven Berglas)博士は『ハーバード・ビジネス・レビュー』の記事において「多くの善良な人々が、上司たちのヒュブリス症候群に悩まされている」としている(参考文書(英語))。

また、コンサルティングファームのデロイトとワークプレースインテリジェンス社の調査によれば、企業経営者の88%が新型コロナウイルス感染症の流行に際して「自分はすばらしい決断をしたと思う」と答えているのに対して、経営者がすばらしい決断としたと評価している従業員は全体の53%に過ぎなかったという(参考文書(英語))。加えて、アトラシアンの調査でもチームのマネージャーは部下たちよりも、自分のチーム文化に対する評価が高いとの結果が出ている(参考文書(英語))。

これらのデータは、人は権力の座につくことで、自分自身に対する認識のみならず、自分のチームや組織全体に対する認識をも歪めてしまうことを示している。

ヒュブリス症候群と「自己愛性パーソナリティ障害」は似て非なるもの

ところで、ヒュブリス症候群にかかっている人と行動特性が似ていることから、ヒュブリス症候群と「ナルシシズム」によって引き起こされる「自己愛性パーソナリティ障害(Narcissistic personality disorder)」(参考文書(英語))が混同されることがよくある。

確かに、自己愛性パーソナリティ障害とヒュブリス症候群は、目に見える症状に重なる部分がある。そのため、心理学の研究者の中には、デイビッド・オーウェン(David Owen)氏(参考文書(英語))のように、自己愛性パーソナリティ障害とヒュブリス症候群は連続する一つの病気であり、2つが異なる病気に見えるのは、それぞれが症状の連鎖の異なるポイントを指しているからであると主張する向きもいる(参考文書(英語))。

とはいえ、臨床的には「傲慢さ」と「ナルシスト」との間につながるがあることは実証されていない。ゆえに、ヒュブリス症候群と自己愛性パーソナリティ障害は異なる病気としてとらえるのが一般的で無難だ。ちなみに、自己愛性パーソナリティ障害とヒュブリス症候群のそれぞれの違いをまとめると以下のようになる。

  • 自己愛性パーソナリティ障害:これは「自己愛」の強さ(=ナルシストである)という性格特性に起因した人格障害だ。障害は、他者からの注目や賞賛を過度に求めたり、思いやりのない言動をとったりするという症状になって現れる。診察によって、この障害があるかどうかが判断でき、通常、小児期の後半から青年期前半にかけて障害が出る。
  • ヒュブリス症候群: ナルシストなどの特定の性格ではなく、自分の置かれた環境によって発症する心の病気である。権力を手に入れたときにかかり、権力を失うと症状が収まるのが一般的である。

ヒュブリス症候群がもたらす弊害

ヒュブリス症候群は、それにかかっている組織・チームのリーダーにさまざまな弊害をもたらす。その弊害をまとめると以下のようになる。

  • 信頼の喪失:ヒュブリス症候群のリーダーは常に自分は正しいと思い込む。ところが、チームのメンバーはリーダーが正しいと考えていないことが十分にありえる。仮に、そうである場合、リーダーはいわゆる「裸の王様」と化し、自分の欠点や無能さに気づかず、自分のしたことに対する反省も、責任感もない人のように周囲には映る。結果として、部下や同僚からの信頼を失うことになる。逆に「謙虚さ」は、信頼されるリーダーの重要な特性であることが研究により明らかになっている(参考文書(英語))。
  • 人間関係の希薄化:対人関係は、個人的な関係であれ、仕事上の関係であれ、信頼のうえに成り立つものだ。ゆえに、ヒュブリス症候群にかかり、チームからの信頼を失ったリーダーは、チームのメンバーとの強固な人間関係を築くことはできない
  • 不合理な意思決定:ヒュブリス症候群にかかると、自分の行動や考えに対する批判を受け入れようとしなくなり、周囲からの貴重な意見や洞察を参考にしようとも考えなくなる。結果として、非合理的な意思決定や衝動的、あるいは無謀な意思決定を下してしまうリスクが高まる。
  • チームパフォーマンスの低下:リーダーとチームのメンバーとの間に信頼関係がなく、かつ、リーダーが多様な意見、アイデアを取り入れようとしなければ、メンバーは自身の能力を最大限に発揮し、チームのために貢献しようと考えなくなる。結果として、チームのパフォーマンスは低下し、また、イノベーションも引き起こしにくくなる。
    ちなみに、ある研究によると、チームのパフォーマンスを向上させるうえで最も重要で、効果的なのは、リーダーが自らの間違いを認め、他者から学ぼうとすることであるという(参考文書(英語))。その逆に、リーダーが自身の間違いを認めたり、他者から学ぼうとしたりせず、他者の貴重な意見を蔑(ないがし)ろにしている場合、チームのパフォーマンスは低下してしまうのが通常であるようだ。

ヒュブリス症候群への対処法

ヒュブリス症候群が厄介なのは、それがオレ様化の病気であり、いわゆる「裸の王様」状態になることが症状の1つであることだ。要するに、ヒュブリス症候群にかかっている人は、自分が常に正しいと思い込み、他人の意見を受け入れようとせず、自分がこの病気にかかっていることに気づけないのである。

ゆえに、ヒュブリス症候群に対処するうえで最善の、そして唯一の方法と言えるのは、ヒュブリス症候群にかからないようにすることとなる。具体的には、リーダーの立場になったときに以下のような予防策を講じることが必要とされるのである。

①定期的にフィードバックを求める

組織・チームのリーダーになった際に、部下との1 on 1ミーティングの場で自分に対するフィードバックを定期的に求めたり、自分のマネジメントに対するアンケート調査を定期的に実施したり、何らかの意思決定を下した際に、それに対する周囲からのフィードバックを必ず収集するようにする。そのうえで、フィードバックをもとに、何らかのアクションをとることを自らに課せば、ヒュブリス症候群にかかるリスクを低減することが可能になる。この施策展開で大切なのは、周囲からのフィードバックを単なる意見の相違としてとらえたり、あるいは「全体が見えていない人間の根拠のない批判」として受け止めたりしないことである。フィードバックを得た際には、個々の内容を掘り下げて、自分の行動や判断の間違い、あるいは自身の欠点を認識することが不可欠となる。

②自分に対する理解を深める

自分自身に対する理解を深めること、言い換えれば「自己認識」(参考文書(英語))は簡単ではない。周囲からのフィードバックを定期的に求めることは、そのための有効な手段の一つと言えるが、自己認識のためのアセスメント手法や訓練手法を活用することで、リーダーとしての自分をより深く理解することができる。最も一般的なアセスメント手法(参考文書(英語))やフレームワークには、以下のようなものがある。

いずれにせよ、ヒュブリス症候群にかかっている人は、客観的な視点で自己を認識しようとはしなくなる。ゆえに、この心の病気にかかる前に、自分の長所と短所をデータによって把握するように心がけることは大切である。ともあれ、権力を得たからといって、それによって自分が自動的に成長するわけではない点は、忘れないでいただきたい。

③自らの手をよごす

チームを率いるリーダーとして、ときには謙虚な姿勢で現場仕事に携わり、現場における自分の実力を再度確認することも、ヒュブリス症候群にかからないため有効な一手と言える。

したがって、もしチームのメンバーが何かに悩んでいたら、メンバーと一緒になってその仕事に挑戦することをお勧めしたい。また、チームが恐れている仕事があるのなら、それを自分でやってみるのも良いかもしれない。

チームのリーダーがメンバーの部下のように働き、その成功を後押しする「サーバントリーダーシップ」の姿勢や取り組みは、リーダーに対するメンバーの信頼を育み、好感度を高める。結果としてリーダーは、チームの課題と真正面から向き合い、地に足のついたマネジメントを遂行することが可能になる。よりシンプルに言えば、チームのメンバーから愛されるリーダーは、自分のやりたくなり仕事の遂行をチームに求めず、自ら行うのである。

謙虚さの威力

英国の小説家ジョージ・オーウェル(George Orwell)は、ディストピアSF小説の「1984」の中でこう記している。

Always there will be the intoxication of power, constantly increasing and constantly growing subtler.(常に権力者の陶酔があり、それは絶えず少しずつ増大し、成長していく)

この一文は、ヒュブリス症候群の現実を的確に描写していると言えるだろう。そして、この厄介な症候群は、企業のCEOやチームリーダーから政治家に至るまで、きわめて多くのリーダーに影響を与えてきたのである。

権力を持つことは爽快だ。ただし、権力を握った際には爽快さと同じレベルの謙虚さや現実主義、自己認識が必要とされ、力を持った自分に陶酔することを可能な限り抑制することが求められる。そうすることで仮に権力の頂点に立ったとしても、地に足をつけた行動をとることが可能になるのである。

This article is a sponsored article by
''.