「短い一生」を有意義に過ごすための提案書

著者:オリバー・バークマン、高橋 璃子(翻訳)
出版社:かんき出版
出版年月日:2022/6/22

本書のタイトル(邦題)「限りある時間の使い方」を一見すると、いわゆる「タイムマネジメント」の新たな手法を記した本のように思える。ただし、本書の内容は、市場でよく見かけるタイムマネジメントのハウツー本、言い換えれば、限られた時間内で、いかに効率的に多くのタスクをこなすかのハウツーを伝えるような本とは異なるものだ。

本書は、いかなるタイムマネジメントのテクニックを駆使しても、時間を支配して自分の思い描いたとおりの生産性を手にしたり、平穏な人生を送ったりすることはできないとの前提に立つ。

例えば、本書では「やり方さえ工夫すれば、本当に大事なことをしっかりやり遂げて、心に余裕ができる」といったことは現実にはありえないと断言する。そのうえで、短い人生(=限りある時間)を、いかに有意義なものにするかの方策が、以下の章立てを通じて提案されている。

  • PART 1 現実を直視する
    • 第1章 なぜ、いつも時間に追われるのか
    • 第2章 効率化ツールが逆効果になる理由
    • 第3章 「時間がある」という前提を疑う
    • 第4章 可能性を狭めると、自由になれる
    • 第5章 注意力を自分の手に取り戻す
    • 第6章 本当の敵は自分の内側にいる
  • PART 2 幻想を手放す
    • 第7章 時間と戦っても勝ち目はない
    • 第8章 人生には「今」しか存在しない
    • 第9章 失われた余暇を取り戻す
    • 第10章 忙しさへの依存を手放す
    • 第11章 留まることで見えてくるもの
    • 第12章 時間をシェアすると豊かになれる
    • 第13章 ちっぽけな自分を受け入れる
    • 第14章 暗闇のなかで一歩を踏みだす
  • エピローグ 僕たちに

“生産性”追求の失敗が原点

本書が主たるターゲットとしている読者層は、仕事と時間に日々追われ「もっと時間が欲しい」、あるいは「もっと時間を効率的に使って自分の生産性を高めたい」と願っているビジネスパーソンといえる。

また、それほど仕事や時間に追われていなくとも、ビジネスパーソンの中には、時間を無駄に費やすことに相当の罪悪感を抱き、自分のキャパシティを超えるような仕事を抱え込んだ際には、仕事を減らすのではなく「時間の使い方を改善しよう」、ないしは「もっと長い時間働こう」と考えたり、決められた時間内でより多くの仕事をこなす方法を模索しようとしたりする人が大勢いる。そうした人も、本書のターゲットといえるだろう。

本書によれば、著者もかつては、自分の生産性を高めることにすこぶる熱心なビジネスパーソンの一人だったという。

著者は、英国の全国紙「ガーディアン」の記者として活躍し、本書執筆時点もガーディアン紙をはじめ「ニューヨーク・タイムズ」や「ウォール・ストリート・ジャーナル」などに人気のコラムを執筆している人だ。このように商業メディアに記事を寄稿する記者やフリーランスライターは、常に締め切りや取材に追われ、日々時間と格闘している。しかも、記者やフリーランスライターは、決められた時間内により多くの仕事をこなせば、それが業績アップや収入増に直接つながる職業でもある。

そのためか、著者は一時期、典型的な「生産性オタク」で、時間に追い回されることのない充実した毎日と高い生産性を両立させるべく、さまざまなタイムマネジメントのテクニック(あるいはライフハックのテクニック)を試したという。例えば、1日を15分単位に区切って行動したり、25分間仕事をして5分間の休息をはさんだり、To-Doリストのタスクに優先順位をつけて管理したり、さらには、人生の目標を設定して、その達成に向けて日々の行動を決定するといった具合である。

ところが、これらのテクニックをいくら駆使しても、時間、仕事に追い回される毎日に変化はなく、やり残しの仕事がどんどん積み上がっていく状況が続いていたようだ。結果として、著者は以下の気づきを得たという。

どんなに効率を上げて、 どんなに自制心を駆使したところで、ゴールにはたどり着けない。 どんなに時間を管理しても、タスクがゼロになることはない。何も心配事のない平穏な状態なんて、実現できるわけがない。

この気づきが本書執筆のきっかけになったようだが、ユニークなのは、上の気づきから導き出した結論(これが、本書の骨格を成している)である。

生産性追求は現実からの逃避!?

著者は、上記の気づきを得たのちに、なぜ、タイムマネジメントによる生産性追求の試みが失敗に終わるのかを考えたという。結果として導き出した結論は、そうした試みは、ほとんどの場合、「現実逃避」の行動でしかないということだ。

ここで言う「現実」とは、人生は非常に短く、その中で人間ができることは限られているという事実だ。本書では、人生の短さを、80歳まで生きるとして「4,000週間」でしかないと表現し、かつ、一週間、あるいは一日の長さは人には変えられないとする。その限られたタイムフレームの中で人が成しうることはきわめて限定的で、ゆえに本来的は、自分が成し遂げるべきことをシビアに絞り込んでいかなければならないという。そのことを著者は次のように表現している。

あまりにも限られた人生のなかで、 あらゆる要求に対応し、 すべての重要な計画を成しとげるなんて、 どんなに頑張っても絶対に不可能だ。 だから、人生は必然的に、厳しい選択の連続になる。

ところが、大抵の人は、自分の人生は短く、成し遂げられることは非常に限定的であること、言い換えれば、自分の「有限性」をなかなか受け入れようとせず、無意識のうちにその現実から逃れて「やろうと思えば何でもできる」「工夫しだいで何でもできる」といった幻想の中にいようとするらしい。そうした現実逃避の心が、自分の限界を超えた数多くのタスクを抱え込むことにつながり、生産性向上のためのテクニックやツールを駆使しつつも、思いどおりに仕事をこなすことができず、時間に追われる不安な毎日を過ごす結果を招いていきたというわけだ。

そのような事態に陥らないようにするには、自分の有限性や限界と真正面から向き合い、自分にとって本当に大切なことを選り抜き、それに集中して取り組むことが大切であると本書は説いている。

また、自分の有限性、あるいは限界を認めないと、自分の人生にとって本当に大切な事柄に対する着手を、その準備が整っていない、あるいは相応の痛みや犠牲を伴うといった理由から先送りしがちにもなるようだ。結果として、自分にとってそれほど重要ではないことばかりに貴重な時間を費やし、大切なことをせずに日々を過ごすという人生の無駄遣いも多々生じさせてしまうという。この問題も、人生は短く時間的な余裕はないと認めることが、解決に向けた第一歩となりうると本書では指摘している。

主張を受け入れられるかどうかは読み手次第

以上のように、本書における主張の骨子は、自分の可能性は無限に広がっているという幻想の中に生きるよりも、人生の時間、可能性には限りがあるという現実をそのまま受け入れたほうが、自分にとって大切なことをより多く成し遂げることができ、豊かに生きられるというものだ。

この主張を少し乱暴に言い換えると、心穏やかに一生を過ごしたいのであれば、人生に多くを望んだり、期待したりしてはならないということになる。本書を読むと、この主張は理にかなったものであることが理解でき、納得もできる。

もちろん、自分の現実をそのまま受け入れ、自分にとって大切なことだけに集中するというのは簡単ではなく、難度の高い取捨選択を人に強いるものでもある。

ゆえに、本書を読み、その主張・提案に共感したとしても、それをすぐさま取り入れて実践できる人はそう多くはないかもしれない。それでも本書の内容は、自分の生き方を見直すうえでのヒントにはなるはずである。

ちなみに本書では、自己の限界を受け入れて生きることを主張・提案するだけではなく、その提案を実践するための10のテクニックも「付録」として紹介している。仕事・時間に日々追われて疲弊し、自分の生き方を変えてみたいと考えている方は、これらのテクニックも参考になると思われる。

本書でも指摘しているが、人生は短い。かつ年齢を重ねるごとにときは早く過ぎ去っていく。ゆえに、いまの瞬間を、可能な限り、無駄に費やさないようにすることが大切といえる。本書は、そのための術(すべ)を提示・提案した一冊でもあり、半日もあれば全体を一読できる。その時間は、おそらく、人生の無駄遣いにはならないはずである。

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