星野リゾート躍進の原動力となった一冊の改訂版
「今の星野リゾートは、この本がなければ存在しなかった」──。
星野リゾード代表で本書の監訳も務めた星野佳路氏は、監訳者の「まえがき」の冒頭でこう言い切っている。
同氏のいう「この本」とは、正確には改訂(リニューアル)前の旧版「Empowerment Takes More Than 1 Minute(1分間エンパワーメント)」を指す。今回の新版は、旧版から登場人物を一新するなど、時代に合わせたアレンジが施されている。ただし、本質的な内容には旧版からの変化はなく、それは「社員のエンパワーメント」に取り組むための実践的な手法、あるいはハウツーを伝授するというものである。
星野氏は実家の温泉旅館を継いだ1990年代、社員の低いモチベーションや高い離職率、採用難に苦しめられ、打開の一手を探していた。そんな中で、エンパワーメントの方法論を示した本書(旧版)と巡り合い、そこに記されている内容を信じて実践を重ねた結果、社員が会社の目標に向けて自発的に動くようになったとしている。
ここで、「社員のエンパワーメントとはそもそもどういう意味なのか」といった疑問を抱く人もいるはずである。本書によれば、エンパワーメントとは「自律した社員が自らの力で仕事を進めていける環境をつくろうとする取り組み」を意味し、取り組みが目指すところは「社員のなかで眠っている能力を引き出し、最大限に活用すること」にあるという。そのエンパワーメントの実践手法を、以下の4つの章を貫く12のパートを通じて提供しているのが本書となる。
- どうすれば会社はよくなるのか
- 新社長の悩み
- エンパワーメント・マネジャーとの出合い
- エンパワーメントの国
- エンパワーメントの3つの鍵
- 第1の鍵 すべての社員と情報を共有する
- 第2の鍵 境界線によって自律した働き方を促す
- 第3の鍵 セルフマネジメント・チームを育てる
- 3つの鍵を実践しみよう
- 3つの鍵はダイナミックに関連しあう
- 情報共有がもたらす行動と信頼
- 新しい境界線で社員を成長する
- チームが自ら動きはじめる
- 成功はすぐそこにある
- 信念を貫けばエンパワーメントは実現する
- エンパワーメントのゲームプラン
ストーリー仕立てでエンパワーメントのすべてを学ぶ
本書の大きな特徴は、全編が物語(ストーリー)仕立てになっている点だ。
物語の主人公は(架空の)中堅メーカーの社長兼CEO。人物設定は、振るわない業績の回復を目指して組織階層のフラット化や現場への権限移譲など、社員のエンパワーメントに取り組むものの、一向に成果が上げられずに苦しんでいるというものだ。
その主人公が、エンパワーメントを実現し、業績を伸ばし続けている企業のCEO(=エンパワーメント・マネジャー)のもとに救いを求めて訪れ、エンパワーメント・マネジャーと、エンパワーされた社員たちから、エンパワーメントを実現するための「3つの鍵」をはじめ、エンパワーメントの効果や実践手法、実践の過程で直面するさまざまな困難、さらには、それを乗り越える方法を学んでいくというのが物語の中心を成している。そして主人公は、学びを糧(かて)にしながら、経営の理想郷ともいえる「エンパワーメントの国」、つまりは、すべてのチーム、社員が自己の能力をいかんなく発揮しながら自律して動き、事業を成長・発展させていく環境の実現を目指して旅立つ(=つまり、エンパワーメントの実現へと向けて歩き出す)。結果として、エンパワーメントの実践で成功を収め、自分なりの知見と手法を確立し、自らもエンパワーメント・マネジャーとして他の経営者を支援する立場になり、物語は完結する。
物語はフィクションであるので、話が出来過ぎの感は否めない。ただし、主人公がエンパワーメント・マネジャーとエンパワーされた社員たちから学ぶこと、あるいは、主人公がエンパワーメントに抱く疑問や疑念は、著者らの理論や目の当たりにしてきた実例などにもとづくものであるがゆえに説得力があり、リアリティもある。その記述は、エンパワーメント、ないしは組織の改革に必要性を感じ、その実現手法を知りたいと考える組織やチームのリーダーにとって大いに参考になるはずである。加えて、監訳者の「あとがき」では、星野氏がエンパワーメントの実践によって、どう経営と組織の変革を成し遂げいったのかも語られている。それも、エンパワーメントの実現を目指す組織・チームのリーダーにとって非常に有益な情報となるに違いない。
エンパワーメントは1分にして成らず
本書において、著者らが特に伝えたいと考えた事柄は大きく3つあると思われる。
うち一つは、エンパワーメントを実現するうえでの不可欠な要素(=鍵)として「すべての社員と情報を共有する」「境界線によって自律した働き方を促す」「セルフマネジメント・チームを育てる」という3つがあることであり、2つ目は、これらの鍵を使っていかにしてエンパワーメントを実現していくかだ。さらに3つ目が、“Empowerment Takes More Than 1 Minute”という英文タイトルが示唆するとおり「エンパワーメントは1分にして成らず」ということ、つまりは、エンパワーメントの実現には経営と従業員の双方に相当の努力と訓練の積み重ねが必要であり、かなりのときを要するということだ。
例えば、エンパワーメントを実現するうえでの鍵の一つである「セルフマネジメント・チームを育てる」にしても、それは上意下達式でコントロールされるのに慣れてきたチームとそのメンバー(=従業員)らに、自らの判断で意思決定を下して実行に移し、その結果に対して説明責任を背負わせることを意味している(本書ではこれを、従来のマネジメント層を現場のチームに置き換えることと表現している)。このようなマネジメントスタイルの変革はそう簡単に成しえるものではなく、たとえ本書に記されている手法を駆使したとしても、幾度も試練に遭遇し、挫折も味わうことになるという。実際、本書(旧版)の内容を参考にエンパワーメントの実現に乗り出した星野氏も、成果を手にするまでに組織の混乱や社員たちの不満、抵抗と対峙することになり、かなりの苦労を強いられたようだ。
本書では、そうしたエンパワーメントの実現の難しさを伝えつつ、困難を乗り越えるための手法と心構えについて、かなりのページを割いて説いている。そこに本書を世に出した著者らの主目的があるといえそうである。ちなみに本書の本編の最後は、次のような一文で締めくくられている。
エンパワーメントの国への旅は、困難だが歩き通すことは可能だ。
3つの発展段階(*1)のそれぞれに応じ、3つの鍵を使いわける術(すべ)を知るなら、
その旅は歩みやすくなる。
いかがだろうか。本書では社員のエンパワーメントによって大きな経営効果がもたらされる事実を、物語の中でさまざまに紹介している。また、インターネットを少し探索すれば、星野リゾートのように、社員のエンパワーメントによって組織の強化や業績のアップに成功した企業の例が数多く見つけられるはずである。そうしたエンパワーメントの効果を信じ、その実践によって必ず遭遇するであろう苦難に立ち向かう気概があるのでれば、本書は間違いなく役に立つ一冊といえる。建てページ数も多くなく、読破するのにそれほどの時間はかからない。現状の組織に限界を感じ、是が非でも変革を成し遂げたい組織・チームのリーダーには一読をお勧めしたい。
*1) 3つの発展展開:本書で言及されているエンパワーメントの実現に向けた組織の発展段階のこと。「出発と方向づけの段階」「変化と落胆の段階」「適用と精緻化の段階」を指す(詳しくは本書を参照)。