学生ラクビー界のカリスマ監督が説くZ世代のマネジメント術

著者:岩出雅之
出版社:日経BP
出版年月日:2022/5/20

2022年1月にラグビー大学選手権で優勝し、前人未踏の10度目の大学日本一の座についた帝京大学ラグビー部。本書は、同部の監督として26年間チームを率い、現在(本書執筆時点)、帝京大学のスポーツ関係全般を統括するスポーツ局長(2022年3月に就任)を務め、同大学のスポーツ医療学科で「スポーツ心理学」の授業も担当している岩出雅之氏が、自らの経験をもとにチームのマネジメント術を記した一冊である。「Z世代」(1996年〜2012年生まれ)の若者たちの心をつかみ、モチベーションを高めて逆境をはねのけていくための手法が、以下の章立てを通じて明らかにされている。

  • 第1章 連覇はなぜ途切れたのか
  • 第2章 Z世代とは何者か
  • 第3章 コロナ禍と逆境からの組織再生
  • 第4章 Z世代のモチベーション・マネジメント
  • 第5章 逆境に負けない心のつくり方
  • 第6章 令和のリーダーの要件
  • 第7章 これからの日本を担う若者たちへ
  • 第8章 逆境に勝つ ── 岩出式「心理マネジメント」九つの要諦
  • 第9章 逆境を楽しめるリーダーが最後に笑う

Z世代のパフォーマンスを最大限に引き出すために

帝京大学ラクビー部は2009年度から2017年度までのラクビー大学選手権で9連覇を成し遂げ、文字どおり「無敵のチーム」だった。ところが、2018年度から2020年度までの3年間は優勝から遠ざかり、かつ、チーム再建の重要な時期に新型コロナウイルス感染症の影響から部活動が休止へと追い込まれた。そんな逆境の中で、著者の岩出氏が、どのようにしてチームを立て直し、2021年度の大学選手権(2022年1月の決勝)で王座の奪還に至ったのかが本書のメインストーリーとなる。

このストーリー展開の中で、企業で働くチームリーダーやマネジメント層が注目すべきポイントの一つは、再建対象となったチームのメンバーの世代が、企業における次代の担い手であるZ世代の若者たちである点だ。

本書では、人の性格には個人差があり、Z世代や「ミレニアル世代」(1983年〜1995年生まれ)といった世代ベースのセグメント分けによって、若者たちの性格を決めつけるバイアス(偏見)は基本的に持つべきではないとする。ただし、それでもZ世代はミレニアル世代を含む他の世代とは異なる特性を有しており、その特性を考慮せずにマネジメントを行うのも間違いであるとしている。というのも著者自身、「Z世代とは何者か」の分析が不十分であった2019年において、チームマネジメント上の失敗を重ねからである。

ちなみに、本書が他の文献を参考にしつつZ世代の特性として挙げているポイントは、物事に対する不安や警戒心、および損失回避の傾向が他の世代に比べて強いことや、社会貢献を抵抗なく受け入れられる(ないしは、社会貢献に意欲的)といった点だ。これを少しまとめて言えば、Z世代は何事に対しても慎重であり、理にかなわないことを嫌う一方で、社会貢献など、活動の目的や意味が明確で、人から感謝されるなど、自身の承認欲求が満たされるものには他の世代以上に熱心に取り組む傾向があるというわけである。

著者は2019年の反省を生かしながら、そんなZ世代で構成されたチームのモチベーションとパフォーマンスを最大限に引き出すための指示・指導のあり方やマネジメント手法を確立させた。その結果として、帝京大学ラクビー部を10度目の優勝に導いたのである。

組織の自律性とモチベーションを高めるハウツーを記す

著者がどのようにしてZ世代に適したかたちでチームを組織し、モチベーションを高めたかの詳しくは本書をお読みいただきたい。その内容を一読すれば、Z世代をどのように導くことで成果を手にできるかがつぶさにとらえられるはずである。

また、本書が企業のマネジメント層にとって参考になると思われるのは、マネジメント上の失敗から成功へと至る道筋が具体的に記されていることだ。

帝京大学ラクビー部では、旧態依然とした体育会組織のあり方やマネジメント手法が現代の若者には受け入れられず、それぞれの成長にも寄与しないという判断のもと、2010年ごろから、心理的安全性が担保されたフラットな組織づくりを目指し、部の「逆ピラミッド化」(=上級生が下級生の代わりに雑務を担い、下級生に奉仕するといった「脱・体育会組織化」)を推し進めてきた。結果として、下級生の心理的安全性が担保され、チームは活性化されたものの、部の目標に対する責任感が弱まっていき、2019年ごろには部が「仲良しクラブ化」していたという。

加えて、2019年当時、著者は上級生のパフォーマンスに物足りなさを感じ、学生に「なぜ、そうしなければならないか」の「意味」「目的」を十分に理解させることなく、直接的な指示・指導を行ってしまうことがよくあったとする。

このような指示・指導は、即座に相手の行動を変えられる効果が期待できる反面、学生たちの真の成長につながりにくく、かつ共感も得られず、モチベーションを引き下げてしまうリスクがあるという。とりわけ、警戒心の強いZ世代の場合、外圧的な指示・指導に対して抵抗・反発する可能性も大いにあると著者は指摘する。

また、人・組織に対して成すべきことを上から一方的に指示・指導し続けると、その人・組織の自律性や自律的な判断力が高められず、成すべきことを能動的・自発的に行おうとする「内発的な動機づけ」を醸成することも難しくなる。言い換えれば、上からの一方的な指示・指導を続けることで、自律性とモチベーションという組織・チームの成長やパフォーマンスアップに不可欠な要素が損なわれてしまうリスクが膨らむのである。

そこで著者は、Z世代のモチベーション向上につながるような指示・指導のあり方を模索し、それを実行に移した。また、逆ピラミッド構造にも調整の手を入れた。さらに、失敗を恐れがちなZ世代の学生たちの間に、失敗から学ぶ風土を根づかせる努力も払ったという。

本書では、そうした一連の取り組みが、取り組みのベースとなる理論や効果とともに具体的に記されている。その内容は、Z世代の若手を含むチーム・組織の自律性やモチベーションを向上させようとする企業のリーダーやマネージャーにとって、実効性の高いヒントとなるはずである。

特に今日のように物事の変化が激しく先の読めないVUCA時代では、ビジネスの前線で働く社員が、さまざまな事象に対し、自らの判断で臨機応変に対応していく必要がある。ゆえに、多くの企業にとって、Z世代を含めた若手社員の自律性や自律的な判断力をどう高めるかが課題となっているはずである。その施策を考案するうえで、本書には参考になる記述が多くあるといえるのである。

スポーツ心理学をビジネスに取り込む

もちろん、本書で語られている組織変革の成功は、あくまでも大学のスポーツチームの話であり、記されているマネジメント手法のすべてが企業で有効に機能するとは限らない。ただし、著者が遂行してきた組織改革の施策やマネジメントは、心理学や成長企業の組織論・マネジメント手法を応用したものだ。ゆえに、著者が展開した施策や手法には再現性や普遍性があり、企業での応用も十分に可能と思われるものが多い。

加えて今日では、スポーツ心理学や優秀なアスリートのマインドコントロール法を、一般のビジネス領域でも活用しようとする動きが活発化しつつある。その観点からいえば、本書は、帝京大学ラクビー部という優れたスポーツチームとアスリートたちがどのようにして成功を手にしたかを知り、自身や自分のチームの成功に応用できるいい機会を与えてくるものと見なすこともできる。

実際、「第5章 逆境に負けない心のつくり方」や「第8章 逆境に勝つ ── 岩出式『心理マネジメント』九つの要諦」の内容には、スポーツチームマネジメントの専門家、あるいはスポーツ心理学の専門家としての著者の経験・知見がふんだんに盛り込まれており、どの記述もビジネスパーソン、あるいは企業のマネジメント層が活用するのに値する教えといえる。例えば第5章では、逆境に負けない心のつくり方として、「ピンチの乗り越え方」や「頭の中の非常事態宣言を解除する方法(=「爬虫類脳」と呼ばれる「偏桃体」の発動を制御する方法)」「緊張であがったときへの対処法」「集中力を高める方法」「セルフエフィカシー(自己効力感)を高める方法」などが詳しく紹介されているが、どれもビジネスパーソンが普段の仕事の中で便利に応用できそうなものばかりだ。

本書の建てページは200頁強に及ぶものの、内容は簡潔で、近年の組織論などについて一定の知識があれば、かなりのスピードで読み進めることができるはずである。Z世代をマネージする必要がある企業のマネジメント層に限らず(あるいは、スポーツ/ラクビーに興味があるなしにかかわらず)、あらゆるビジネスパーソン、チームリーダー/マネージャーにお勧めの一冊といえる。

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